〇八六 壊すひと
音楽クラブが活動している教室に行くには、あの廊下を通る必要がある。
早いところユウヅツを連れて帰りたいのだが。
トカクは適当なところで立ち止まると、ミキヱとネッコに「状況を確認してきてくれ」と頼んだ。
二人は拝命し、喧騒の中に消える。
「……あまり雰囲気が良くないな。べつに野次馬をする気もないし、ユウヅツさえ見つかったらお暇しよう」
「そうですわね。怪我人でも出たのでしょうか」
待っていると、ミキヱが一人で戻ってきた。そして。
「報告いたします。どうも、喧嘩だそうです」
「けんか?」
「取っ組み合いの大喧嘩がはじまって、それで騒ぎになっているそうで……」
「……貴族の学院でも取っ組み合いとか起きるんだな」
「それが、音楽クラブで起きているような感じで……」
詳細は分からないのですが、とりあえず連絡にと私だけ戻りました。とミキヱは説明した。
「……ユウヅツがいるであろう音楽クラブで取っ組み合いの大喧嘩??」
「まあ怖い」
「ユウヅツさんが巻き込まれていないか心配ですわね」
「巻き込まれ、というか……」
モロに当事者になってないだろうな?
「え? ユウヅツさんが喧嘩を? まさかぁ。あの人に限って……」
「いや、ワタクシだってアイツが自分から喧嘩を吹っかけるとは思っていないが……。男の目線で見ると、アレは多少ぶん殴りたくなるところがあるから」
「? まあ、そうなんですの?」
側近達は誰一人いまいちピンと来ていないが、トカクはユウヅツがいじめられている気がしてならなかった。
トカクの知る限り、暴力沙汰なんか誇り高き帝立学院でそうそう起こるものじゃない。
これまで起きなかったのに急に起きたのだとするなら、これまでいなかった人間が起こしている確率が高く……。それは新入部員であるユウヅツなのでは?と疑ってしまう。
「……近くまで行ってみるか。ユウヅツと合流できるかもしれんし」
「ええっ。喧嘩しているところに近づくなど、危険ですわ」
「少しだ。頼む」
「もお、姫様ぁ……」
ハナが折れたので、トカク達は音楽クラブの部室へと向かった。
何人もの生徒達が野次馬として陣取っている中を進む。
途中で、偵察に行かせていたネッコを拾った。
「報告いたします。どうも、女子生徒同士でいさかいがあったようで」
「女子生徒同士か。なんだ」
ユウヅツは当事者でないということだ。それは何より。
とトカクは安堵したが、ハナ達はざわついた。
「ええっ!? 女性同士で取っ組み合いをしていますの?」
「野蛮ですわね……」
「なんだおまえ達、男同士の取っ組み合いなら野蛮じゃないとでも?」
「殿方は喧嘩していなくても野蛮ではありませんか」
「こら」
などと喋りながら歩みを進める。
音楽クラブに近づくにつれ、騒ぎがどんどん大きくなってきた。部室前に人だかりができている。
「……姫様、さすがにこれ以上は。危険ですからお下がりください」
「はあ、分かった。……ユウヅツは中か? もう置いて帰るか」
「そうですわねぇ……」
と会議していると、音楽クラブの部室のドアがダン!!と大きく鳴った。
何事かと視線を向けると、ドアの隙間から少女が押し出されて、床に倒れ込んでいた。連盟学院の制服——ちなみに本生徒のもの——である。
取っ組み合いをしているという噂の少女らしい。
彼女を突き飛ばしたのは準生徒の少女だった。
それでは溜飲が下がらなかったようで、座り込んだ少女の襟首を掴んで引っ立たせようとする。開口。
「ッだいたいアンタ、やることが汚いのよ! 卑しい女! アンタから友達扱いされるたびに反吐が出そうだったわ!」
床に倒れている少女を口汚く罵る彼女。
トカクは面食らった。ものすごい剣幕だ。思った以上に激しい喧嘩である。
しかし、もう片方も負けじと言い返した。
「なんのことよ、私が何をしたって? 言われたくないことなら、しなければよかったんじゃない! だいたい、嫌だと思っていたなら口で言えばよかったわ!」
「そう言い訳ができるようにしてるところが卑しいっていうのよ、卑怯者! 性悪女ッ」
「きゃあ! やめなさいよっ」
取っ組み合いになった。
「いやだ、姫様、もう行きましょ! ユウヅツさんなら一人で帰ってこられますわよ」
「ああ……そう、だな」
大瞬帝国の姫君が野次馬しにきたと思われるのも、体裁が悪いし。
もう帰ろう。とトカクは決めた。その時だった。
「———俺は何もしてませんよ!」
ものすごく聞き覚えのある男の声が、音楽クラブの部室の中から聞こえてきた。
悲鳴じみた声だ。詰問から逃れようとするような。
どうも声の主はドアの近くへ向かわされていたようで、それで声がここまで通ったらしい。次いでわちゃわちゃと、部室内で何やら言い争っている気配がする。
ややあって、すべてをぶん投げたような叫び声がした。
「わかりました! ともかく俺が止めたらいいんですね? わかりましたからっ」
ばっ! と、これまたものすごく見覚えのある男が部室から出てきた。
男は——ユウヅツは、床を転がっている女子生徒ふたりのもとへ向かう。
そして悲壮な声をかけた。
「二人とも、お願いします! 俺のために争わないでください!」
……何やってんのアイツ??
しばしユウヅツは取っ組み合いをする二人を止めようとあたふたしていたが、トカクの存在に気づくとヒュッと息を呑んで青ざめたのだった。
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