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〇八四 交換日記

 



 トカクが学院を闊歩していると、チュリー・ヴィルガの従者から声をかけられた。


「あ、チュリー様の……。どういったご用件でしょうか」


 なんか政治の話かな?とトカクは身構えていたのだが、まったく違った。それはとても個人的な話だった。

 要約すると、チュリー様と友達になってくださりありがとうございます、ということだ。


「チュリー姫様は気位の高い方で、せっかく友人になれそうな方がいても、自分にはふさわしくないと切り捨ててしまうことが多々ありました」

「そうなんですか?」

「そのせいで、これまで友人のいなかったチュリー姫様は、人付き合いが分かっていらっしゃいません。チュリー姫様の自分勝手な振る舞いに、不愉快な思いもされているでしょうに、仲良くしてくださり……感謝に堪えません」

「そんな、チュリー様にはとても良くしてもらっております」


 というか自分の主人に対してひどい言いようだな。


「それで、チュリー姫様からこれを」

「? これは……」


 ハナが代わりに受け取り、トカクにそれを渡した。……高級な、装丁の美しいノートに見える。

 何かの本かと思ったのだが、ぱらぱらと中身を見てみると白紙なので、ノートに違いないだろう。


「チュリー姫様が、ウハク様と交換日記をしたいと」

「こうかんにっき」


 ……とは?

 トカクは首をかしげた。


 というトカクの反応を、大陸共通語が分からなかったのだろうと思ったらしいハナが、「姫様、『交換日記』のことですわ」をまたたき語で解説を入れてきた。ので、トカクは『交換日記』なるものが一般常識であるらしいと察した。


 もしかすると「女子なら知ってて当然」みたいなやつかと思ったトカクは、あわてて取り繕って知ったかぶった。


「ああ、『交換日記』のことか。……ええと、チュリー様が、ワタクシと交換日記をしたいと? それは……」


 光栄、で合ってるかな? ちょっと濁しとくか。


「……思ってもみなかったことです。……ハナ、どう思う?」

「ライラヴィルゴ王女殿下との交流を深められそうで素晴らしいと存じます。姫様さえ良ければ、始めてみてはいかがでしょう?」

「……ワタクシも是非始めたいです、こうかんにっき。チュリー様に、そう伝えていただけますか?」


 チュリーの従者は拝命し、「チュリー様の日記はもう書いてある」とトカクにノートを持たせたまま帰っていった。


 ……日記は書いてある? ここに? なんでそれをボクに?


 トカクは疑問符を飛ばしていたが、ここで無知を晒すのは良くないと思い、近場の教室へ入った。人のいない空き教室だ。


 そして己の側近達に問いかける。


「……皆、たわむれに聞くんだが……。交換日記とは何かを、口頭で簡潔に説明できるか?」

「…………?」


 側近達はとても不思議そうにした。なぜそのようなことを?の顔だ。


 しかし、分からないなりにキノミが手を上げ、交換日記の説明をはじめた。


「交換日記とは一般的に、一冊の日記帳を仲の良い方と共有しあって、代わる代わる書いていくことですわ」

「……なるほど?」


 トカクはうなずいた。そして。


「……日記帳を共有? 日記とは人に見せるものではなくないか?」

「????」


 キノミがあからさまに困惑した。トカクはあわてて制する。


「いや! 分かってる、分かった上で聞いてるんだ。ただ言葉にして説明してくれ」

「……交換日記には、日々の出来事やお互いへのメッセージなど、相手に読ませて良いことだけを書くのです」

「あー! なるほどな、文通を日記形式で、ひとつのノートでやるってことだな!?」

「姫様、私達も幼い頃やっていたでしょう。ほら、私とコノハが一時的に宮廷に住んでいた頃」


 何それ〜〜〜知らん〜〜〜。

 トカクは天を仰ぎかけた。トカクが知らないということは、完全に女児の文化に違いなかった。


 というかウハク、ボクの知らないところでそんなことをしていたとは、意外とキノミやコノハと仲良くやっていたんだな……。


 で。


「えーと、それでは……ライラヴィルゴと大瞬帝国で、特にやることに違いはないんだろうか?」

「ああ、それはたしかに心配ですわね。文化の違いで相手に不快な思いをさせたらイヤですもの」

「調べてみますわね」


 なんとなく話がまとまった。


 ともかく、トカクは『交換日記』のなんたるかを知ることができた。となると、次にトカクの思考を占めたのはこれだ。


「……このノートには、既にチュリー様の日記が書いていると?」

「ああ、そう言っていましたわね」

「お手本があってやりやすくて良かったですわね」

「…………」


 おもむろにノートの一ページ目をひらいたトカクに、ハナは「ん?」と片眉をひそめた。


「姫様、今ここで読みますの?」

「え? あ」


 ……通常のトカク、あるいはウハクなら、帰ってから自室で読む。少なくとも座って読む。

 こんな場所で、おもむろに立ったまま読み始めるのは、らしくない。


(……ボクはチュリーの日記を読むのが待ちきれなくなってる!?!?)


 自分の行動の理由を悟ってトカクは総毛立った。

 感情を制御できないことに戦慄するし、単純に自分で自分が気色悪いし。


「……すまない。どのくらい字数を書けばいいかだけでも見ておきたくて……!」

「べ、べつに責めたつもりではありませんわ。椅子でも用意しようかと思いましたの」

「……そうだな」


 とりあえずトカク達は座った。


「……そういえば、外国の王女とやり取りをするなら検閲が必要かしら?」

「そのあたりは確認しないとですわね」

「…………」


 トカクはあらためてチュリーの従者から渡された日記帳をひらいた。


 いったい何が書かれているんだろう?




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