〇八三 好みのタイプ
「うぐ」
トカクはべちっと己の鼻っ面を叩いた。
そりゃそうだ、今の発言はトカクらしくなさすぎる。
トカクは机に顔を伏せた。
「ああ〜〜ッ助けてくれ……もう自分では制御できない……」
「え!? 何がですか」
「殺せぇぇ……」
「よく分からないですけど、恋バナがしたいんですか?」
「したくねーよ!」
したくないのに頭が勝手にその話ばっかするんだよ!
というトカクの心中の叫びを知らず、ユウヅツは「好きなタイプかぁ」と首をかしげた。
「……黒髪ショートで背が高い女性?」
ウハク全否定じゃねーか。
「性格は、細かいことを気にしない人?」
マジでウハク全否定じゃねーか。
容赦がなさすぎてトカクは閉口した。適当に言ってそうなのがなお腹立たしい。
「……黒髪ショートで背が高くて細かいことを気にしない奴ねぇ……。『攻略対象』には、そういうキャラいたのか?」
少なくとも、トカクは聞いたことがない。
「あー、いなかったですね。黒髪のキャラクターはいましたけど、ロングヘアでしたし」
「ふーん。……じゃあ、ゲームではおまえ、誰が好きだったんだ」
「…………」
ユウヅツは無言になった。話途中の笑顔のまま、あいまいに視線を揺らす。ものすごく困っている感じだった。
「……え〜〜〜〜?」
「……なんか言いにくいこと聞いたか?」
「……いや……考えたことがなかったんで……。…………」
ユウヅツは口に手を当てる。
「……キャラクターはみんな好きでした」
「そうか。…………」
トカクは、前々から思っていたことを口に出した。
「おまえが、たくさんの女性と恋愛するのが主題のゲームを遊んでいるイメージが、湧かないんだが」
「……そうですか?」
「どういうモチベーションでプレイしていたんだ?」
「…………」
ユウヅツは非常にしんどそうな顔をした。難問を突きつけられた表情だ。勉強を見てやった時にさんざん見た。
「…………。キャラクターと会話していくと、どんどん、この人ってこんな人だったんだってのが分かってきて……それがおもしろくてプレイしてました」
「……恋愛エンドより友情エンドの方が好きとか言っていたが、それもあまり王道的な楽しみ方ではなさそうだと思っていた。友情エンドって、惜しくもゲームクリアならずみたいな扱いなんじゃないか?」
「いやスタ☆プリは友情エンドのシナリオも良くてファンが多かったんですよ」
へー、そうなんだ。相槌。
「でもたしかに俺、前世でゲームあまりしなかったんですよね」
「? そうなのか」
「はい」
初耳なのでトカクは掘り下げた。
「物語はけっこう好きで、漫画とか小説とか、よく読んでました。でもゲームはあまりしたことがなく……」
「それはどうして?」
「ゲームの『主人公』を操作する手間で、物語への没入感が削がれる感じがして……。操作することでむしろ感情移入しやすくなる人もいるでしょうから、俺には合わなかったというだけの話なんですけど」
「あー……」
なんとなく言わんとすることは分かる気がする。
「じゃあ、何故スタ☆プリはプレイする気になったんだ?」
「人気で、タイムラインによく流れてきたし、無料だったし……あと……」
ユウヅツの表情が笑顔のまま翳った。
「……友達が、やってたからです」
「…………。そうか」
あまり触れてほしくなさそう。そう判断したトカクは、話を変えようと思った。
「ああ、そうそう、チュリーが、」
「はい」
「うわああ!」
「はい!?」
トカクは適当に話を変えようとしただけなのに、思いがけずチュリー・ヴィルガの名前を出してしまって頭を変えた。
いよいよマズイ。色恋沙汰が、ここまでおつむの具合を悪くするとは。
脈絡なく転倒して膝をついたトカクに、ユウヅツが目を白黒させている。
「ど、どうされました? チュリー様に何かありました?」
ねえよ。なんなら名前が口を突いて出ただけで、適切な話題が思い付かなくて困っている。…………。
「……チュリーが、夜更かしは美容の大敵と言っていたので、もう寝る」
「そ、そうですか」
トカクは立ち上がり、すたすたと研究室を出ていった。
ユウヅツは取り残される。………。
「殿下……なんか今日はおかしかったな……右目が疼くみたいなこと言ってたし中二病かな……?」
トカクは右目が疼くなんて一言も言っていないのだが、「もう自分では制御できない」発言がユウヅツの中で湾曲して記憶されていた。
「年頃だもんな……」
年頃なせい、という真実に限りなく近い着地をして、ユウヅツは納得した。
「リゥリゥさん、机と椅子をお借りしました。ありがとうございました」
「おあー」
いつものごとく、集中しているらしく空返事だ。
「…………」
トカクと話したことで、ユウヅツはひさしぶりに前世のことを思い出していた。
自分を殺した前世の友人のことを、思い出していた。
「……俺、どうして刺されたんだろう」