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〇八二 スーパー恋愛体質

 



 下校。

 自室に帰ってきたトカクは、まず鏡に頭を打ち付けた。


「あ〜〜すまないウハク、さんざんおまえの惚れた腫れたにバカバカ言っておいて、この体たらくだよお兄様は〜〜」


 鏡の中にはウハクそっくりの自分がいる。その自分に向けてトカクは愚痴った。


「そして女の趣味も悪い……あんな傲慢不遜で気まぐれな……あ〜〜」

『お兄様、ライラヴィルゴの王女に対してそんな悪様な言いようはどうなのだ。それに、誰が誰を好きになろうと自由ではないか』

「自由じゃねえよ! 自由じゃねえからこんなことになってんだろ!」


 トカクは鏡を叩いた。脳内ウハクはムッとしている。


 落ち着け。

 トカクは深呼吸した。脳内ウハクの言うことは間違っていない。トカクが胸の内で誰を贔屓しても、それ自体は問題ではない。問題になるのは表出した時だ。


 つまりバレなければいい。


「……よし」


 トカクは冷静さを取り戻した。




 言うまでもないことだが、トカクは大陸で、ほとんどの人間の前でウハクのふりをして過ごしている。

 なので、男子であるユウヅツと二人きりになるのはなかなか難しい。


 そのため、込み入った話をする時はトカクとウハクの入れ替わりを知っている者に立ち会いをさせることが多かった。

 今のように、リゥリゥの研究室の隅を借りることもある。


「ユウヅツ、おまえ音楽クラブの調子はどうだ?」

「おかげさまで楽しく過ごせています。けっこう男女の分け隔てのない雰囲気ですね。分野が音楽だからでしょうか? これが乗馬などスポーツのクラブだったら、また違った雰囲気かもしれません」

「そうか」

「大瞬帝国については、やはりあまり知られていないというのが現実のようです。良くも悪くも歯牙にかけられておりません。俺のことは、「どっかの小国の姫の付き人」と理解されている感じで」


 などというユウヅツの報告を聞く。そこまで目新しい情報もない。


「そういえば、シギナスアクイラのとあるご令嬢が、大瞬帝国の服飾文化に興味がおありだとかで、よく話を振られます。ですが、俺だとファッションについて分からないことが多く不足なようで、もっと詳しい女性と話せればと……」

「それは良い。コノハでも紹介してやれ、あれは着道楽だ。もしもそれで不満そうなら、皇太女とのつながりを所望の人間だろうからボクに伝えろ」

「承知いたしました」

「シギナスアクイラか。たしかに、あそこは着物生地の輸出が多いんだよな」


 大瞬帝国で作られる反物。

 輸出したものは大陸で洋服として仕立てられる。


「服飾文化に興味を持たれるのはありがたい……。何かの間違いで大陸でうちの着物が流行ってほしい……」

「流行ってほしいですねぇ。大瞬帝国ここにありって見せたいですねぇ」


 雑談の空気になる。


「……令嬢の話が出たついでに聞くが。ユウヅツ、最近どうだ、気になる子とかできたか?」

「……父親みたいな質問ですね!」


 そんなことを聞かれるとは。みたいな顔をされる。


「え、一応の確認なんですけど、殿下は恋バナがしたいんですか? 恋って、あの、人間がそれのために生きたり死んだりするやつ……」


 と聞かれて、トカクはたった今の質問がとても自分らしくなかったことに思い至った。……チュリー・ヴィルガを好きかもしれないと考えていたことが尾を引いている。


「ち、がう違う。おまえ、女関係はどうなんだって話。何かやらかしてないかって」

「ああ、そういう」

「音楽クラブに顔を出すようになって、ボクの目が届かないところで、問題を起こしていないか?」

「はい、大丈夫です。音楽クラブには『攻略対象』の女性もいませんから、気が楽です。平和そのものですよ」

「ならいいが」


 本当だろうな?

 トカクは疑念が消えない。


「……たしかにおまえは『主人公』だが、『攻略対象』でない普通の女子とトラブルになる可能性だってあるだろ?」

「……はい、まあ、ゼロではないですよね。何が起こるか分からないのが人生なので」

「人生を持ち出すほど低い確率じゃないと思うぜ。気をつけるように」


 何故ならユウヅツは女に好かれるから。


 トカクは、帝国で己の母親から言われたことを思い返していた。


 ——『トカク。たとえば、おまえとユウヅツ卿が並んで売られているとするであろう?』

『売られているとする……』

『まず間違いなく、おまえの方が高値がつく』

『はい』

『しかし、先に買われてゆくのはユウヅツ卿じゃ。こと恋愛においては、そういうことがある』

『どういうことでしょう』

『道に迷って誰かを頼りたい時、右におまえがいて、左にユウヅツがいたとする』

『はい』

『どちらが賢そうかと言えば、間違いなくおまえじゃろう。だが、大抵の者はユウヅツを頼る。そういうことじゃ』

『どういうことでしょう』

『何故ここだけ物分かりが悪くなる!?』——。


 ムカつくので分からないふりをしていたが、トカクも一応は分かる。

 人は『安心』に逆らえない。そして価格が安く品質はそこそこ、それに勝る魅力はないということだ。たぶん。


 ……安価に見えたとしても、欲しがる人間が多くいれば、当然ながら価格は釣り上がる。


(……ウハクは、そのあたり目ざとかったなぁ……。ユウヅツが異様なモテ方するの気付いて、牽制すべくあの熱烈なアプローチしてたんだもんなぁ……さすがだぜ……生涯支える……)

「殿下、なんか上の空になってます?」

「ん? ああ、失敬」


 トカクは顔を上げた。


「それでユウヅツ、おまえって好きなタイプとかある?」

「? 何のタイプですか? 女性のタイプですか? ……何故そのようなことを?」


 ユウヅツは更に怪訝そうにする。


 トカク自身も自覚のなかった恋愛体質が猛威を振るっていた。




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