〇七七 ヒロイン同士
ユウヅツは、トカクの肯定をかなり意外に思った。
「そういうの気にせず、イヤならイヤだと断るタイプだと思っていました」
「本当にな……」
トカクは頭を抱える。
なんだかチュリー・ヴィルガ相手には普段のようにバッサリ行けないのだった。
「自覚がなかったが、ボクは人付き合いが苦手かもしれん。自国では、周囲にいるのは身分が下の者ばかりで、上の者といえば家族だけだったから」
「皇子の上にいるの、皇帝のお母君と皇太女の妹君くらいでしたもんね」
「チュリーのような他人との関係の仕方が分からん……ので、うまい断り方も分からん」
「本当にお友達いなかったんですねぇ」
オメーもだろタコ。とトカクは反射で思ったが、それはトカクの『お気持ち』のせいだし、ユウヅツは前世では友達がいたらしいと話の節々で分かっていたので、茶を飲んで黙った。
「……ところで。ゲームでは、チュリーは『ウハク』と友達になったりしなかったんだよな?」
「……ゲームだと、……ヒロイン同士の絡みって、あまり描写されなかったんですよ。恋愛エンドだと、最終的に本妻と側室みたいな立ち位置に収まるわけですし……あまり触れないようにされていたというか……」
ユウヅツは『スタ☆プリ』の記憶を思い返す。……ゲームだからと言ったらそれまでだが、現実的に考えると穴があるよなぁ……。
「……なので、描写されていない以上、仲良しだった可能性もありますよ」
「…………」
トカクは思考する。
「……薄々勘づいていたが、……ボクじゃない『ウハク』だったら、あまり仲良くなっていなかったか……?」
その問いかけに、ユウヅツは目を閉じた。そして。
「……その可能性はありますね」
「……っ、だよなぁ〜! ……ウハクが目覚めて、連盟学院に通うようになった後、……ウハクはチュリーとやっていけるかな……」
「……いや、殿下、そんなのは目覚めさせた後に考えたらいいことですよ。気にしても仕方ありません」
問題の先延ばしだが、間違ってはいない。トカク達がその問題に直面するまでに、越えなければいけない壁が山ほどある。
「というか今更ですけど、チュリー様との上下関係ってどうなってるんですか?」
「普通に考えりゃ一国の次期皇帝と第十二王女なんだから、ボクのが上。だが、大瞬帝国は極小の島国でライラヴィルゴは超大国、かつ学校の先輩後輩という立場もあり、『チュリー・ヴィルガの厚意で対等に扱ってもらっている』が実情だ」
「つまり殿下のが立場が弱いのですね」
「不服だよな〜」
トカク——『ウハク』留学の目的は、国際社会に自分達の居場所を作るためなので、どんな形にしろ承認はありがたいが。
……万能解毒薬の入手までは遠いが、トカクの学院生活自体は、恐ろしいほど順調だった。
件の夜会で、『ウハク』にチュリー・ヴィルガという後ろ盾がいること、そして『ウハク』が次期皇帝でありながら寛大な人格者であることを印象付けられたのが良かった。
あの直後は、ハナなどから「姫様の心優しさは美徳と思いますが、あそこまで無礼な振る舞いをされて怒らないのは、むしろ悪手です」「我々またたきの民はあんな扱いをされるいわれはないと主張しなければなりません」と怒られたりしたが……。
その寛大な姫君という第一印象を持たれた状態で、トカクは講義や筆記試験で周囲へ優秀さを見せつけることに成功した。
忘れがちだが、この留学の本来の目的は『国力の誇示』。国際社会における大瞬帝国の立場の確保である。
チュリー・ヴィルガも友達として鼻が高いとかなんとか言っていたり、トカクは大瞬帝国のイメージガールとしての役割を、かなり順調に果たしていた。
トカク単体で見れば順調だ。だが……。
「……ところでユウヅツ。おまえ今日、音楽クラブに行ってきたのか?」
「あ! はい、お時間をいただきました」
「どんな感じだった? クラブ活動、有用そうか知っておきたい」
『トカク』はクラブ活動に参加する気はないが、『ウハク』が学院に通うようになったら参加するかもしれない。雰囲気を知っておいて損はないだろう。
というトカクの問いに、ユウヅツは。
「楽しかったですよ〜! 皆さん良い人ばかりで!」
にこ!とアッパラパーの返事をした。
「…………」
楽しかったのなら何より。
だが、トカクはその何も考えてなさそうな顔に、一抹の不安をおぼえた。
……コイツが、「なんか良い感じ!」と思っている時、その裏でロクでもないことが起こっていることが多い。『なんかよく分かんないけどトカク皇子に斬り殺されずに済んだ! バッドエンドは回避できたみたいで良かった〜』と思っていた時に、ウハクが毒を盛られたような。
「……まあ、楽しかったのなら何よりだ。まだ初日だし。これからだな」
「人がたくさんいておもしろかったです」
「そうか。……『ワタクシ』は側近を引き連れてじゃないと動けないから、あまり学院の空気が分からない。国同士のしがらみとか、貴族間の対立とか、分かったことがあったら教えてくれ」
「! 承知しました」
「あと、他国から大瞬帝国がどう思われているかも重要なところだ。ボクのところまで本音が届くことってまず無いから、おまえが現場で聞き耳を立ててこい」
「承知しました」
言わないとやらなそうだから言った。
トカクは皇子という身分ゆえ、周囲に優秀な者を揃えられており、とりわけ功名心や忠誠心が高く、手柄を立てようと必死な人間ばかりが出張ってきていた。ので、ユウヅツのような者の扱いがまだ不慣れだった。
なるほど、してもらったら助かることをあらかじめ言っておく必要があるんだな、と認識を改める。
「なんか殿下が俺のことをアンポンタンだと思ってる気配がするんですけど」
「……思ってないぜ?」
「思ってないんですか。良かった〜」
そんな感じで、トカクとチュリー・ヴィルガが一緒に社交ダンスの授業を受ける初日がやってきた。