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〇七五 ダンスは得意って

 



「…………」


 クラリネッタもまた、そういう些細なズレの積み重ねで、ああいう行動になった、と。


「俺のいた世界では、そういう『小さな出来事から大きな変化が起こること』を、バタフライ効果と呼んでいたんですよ」

「ばたふらい……」

「こっちの言葉だと蝶々のことです」


 ユウヅツは日本語と大陸共通語を入れ替えて覚えていたが、当然ながら入れ替えきらなかった言葉もある。英語など特に。『バタフライ』はその一つだ。


「蝶がはばたいた時に起こった小さな風をキッカケに、遠い地で竜巻が起きることがあるか? という問いかけが元です」

「蝶の羽ばたき程度で竜巻が起きるなら、皇太女の安否が違えば、そりゃこれくらいの変化はあるか……」


 ……あるのかぁ?


「そういえば、殿下。ぜんぜん違う話をするんですが」


 トカクはもう少し考えたかったが、ユウヅツは、もう話が終わったと思ったようだった。

 トカクも急ぎではないので、思考を切り上げてユウヅツに先をうながす。


「チュリー・ヴィルガ様から誘われたという、社交ダンスの授業。あれ、参加できるのは女子生徒のみですよね?」

「ああ。短期の講習で、受講は女子限定だ」

「ということは、俺は同席できませんよね?」


 ユウヅツは準生徒という立場で、トカクの側近として通学している。そのため、トカクが取っている大抵の授業を共に受けていたのだが。


「その間、俺はどこにいたらいいのでしょう。練習室の前で待機でしょうか」

「あー、そうだな。その時間は暇をくれてやる。好きにしろ」

「! ありがとう存じます」


 ユウヅツは拝命した。


「……では、その時間は学生達が組合している音楽クラブに参加してもよろしいでしょうか?」

「え。……かまわんが」


 意外だったので、トカクは弓矢を置いてユウヅツに向き直った。


「意外だな」

「そうでしょうか? 殿下が俺に琵琶を下賜してくださったのではないですか」

「それはおまえが皇室の琵琶をブッ壊して他にやりようがなかったからだろ」


 ……ユウヅツは前世の知識から、演奏や歌を得意としている。

 が、それはトカクなど現地の人間から見ての話だ。


 ユウヅツ本人にとっては、異世界の文化を横流しに——しかも、だいぶ簡略化して拙くなったものを披露しているだけ。

 価値をあまり分かっておらず、『音楽』への興味関心自体は薄い。


 言ってしまえば、ユウヅツ自身はべつに音楽にこだわりがないのだ。


「おまえ、音楽のクラブ活動とか興味あるのか。そういや、琵琶を練習するとか言っていたが……。楽師の役割を与えたのは、留学の大義名分が必要だったからだし、べつに休んでもいいんだぞ」

「はい、ありがとうございます。ですが、もっと自分でも弾けるようになりたいと思うようになりました」


 ユウヅツは目を伏せる。


「俺が前世で音楽をたしなまなかったのは、それがありふれていたからです。俺が何かするまでもなく、一生かけても聴ききれないほど量の、すばらしい音楽が、どこからでも流れてくる世界でしたから」

「うん」

「ですが、この世界だとそうもいかないと、最近やっと分かってきました」


 当然の話ながら、この世界ではモーツァルトもクイーンも聴けないのだ。ユウヅツが持ち込まない限り。


「この世界で、聴きたい音楽を聴きたい時に聴けるように、俺なりに動こうと思います」

「そうか。考えがあってのことなら良い」


 トカクのご機嫌取りとか、そういうのでないのなら。


「……殿下のおかげです」

「? 何が」

「最初に楽器を貸してくださったので」

「ああ?」


 トカクは仰け反りそうになる。


「気まぐれに弾かせただけだぜ」

「ですが、あれが無ければ俺が自分から人前で披露することは一生なかったと思います」

「それは本当に損失だが」


 ユウヅツは笑った。


「それに、あの時は他ならぬ殿下に褒めていただいて、自信が持てました。殿下がおべんちゃらで俺を褒めることはありえないので」

「おまえ相手におべんちゃらを使っても何にもならんからな」

「元の世界の音楽を披露して、殿下のように楽しんでくださる方がいるのが、嬉しいなと思いました。喜んで、元の世界の文化を輸入する伝書鳩をやりたいと思います」


 トカクは「わかった」と言い。


「音楽クラブに入りたいなら、べつにボクのダンスの授業の開始を待たなくていい。ハナとも相談して、交替で付き人をしない日を……」


 とまで喋ってから、トカクは静止した。ぴたっ、と身体が固まる。


「? 殿下?」


 ユウヅツは、唐突に動がなくなってしまったトカクに不思議そうにした。


「…………!」


 トカクは血相を変えると、何やらわたわたと両手を動かした。


「……殿下、どうしました?」

「……ユウヅツ! ちょっと……ちょっとホールド組んでくれないか!?」


 それで、ユウヅツはトカクの奇妙な動きが『社交ダンスの基本姿勢を取った』ものだったと理解した。


「ダンスの練習ですか? 俺はあまり得意では……」

「いいから!」

「では……」


 ユウヅツは両腕をひろげた。

 さん、に、いちっ。


 と掛け声して踏み出し、トカクの手を握り、ダンスのいちばん初めのポーズを取る。


 急だったし久しぶりだしで、最初のポジション取りから微妙だった。ユウヅツはどこか体勢がしっくりこない。

 そこから調整して、どうにか踊りやすそうな体勢になる。


「……どうでしょうか?」

「…………」


 トカクは何やら難しい顔で黙ってしまった。

 それから、「ちょっと踊ってみていいか」と聞いてくる。


「いいですけど、できるかな……」

「赤のワルツでいい」

「それなら」


 赤のワルツとは、帝国におけるスタンダードの円舞曲だ。初心者の練習にも使われる。


「じゃあ、拍は俺が取るので」

「ああ」

「いきますよ? さん、にー、いちっ、チャ……」


 チャン、チャン、チャン♪と口ずさもうとしたユウヅツの声は、出した瞬間にすぐに墜落した。

 足を引くべきところで何故か踏み出してきたトカクと、激突したのである。


 互いに真正面から体当たりする形になり、ユウヅツはむせた。トカクも「ぎゃっ」と悲鳴を上げて離れていく。


「!? ちょ……あれっ、逆でしたっけ!?」


 ユウヅツは、自分がステップを間違えたものと思いあわてた。


 しかしトカクは、それを否定し。


「ちがう……まずい……ボクが間違えた……」

「え?」

「女側のダンス、やったことねえ!」


 本当なら編入前におぼえておくべきだったこと。

 完全に意識から抜けていた。


 トカクは、「チュリーに、ダンスは得意って言っちまったんだが!?」と頭を抱えた。




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