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〇七二 ラスボスと接触

 


 ユウヅツは、夜会の会場から出て行ったクラリネッタを追いかけていた。

 これから、「皇太女殿下は本当に寛大なお方ですから、どうか気にしないでください」と伝えに行く。


 ……正直、先程のクラリネッタのようすを見るに、彼女がそんなことを気にするように思えないが。シナリオを守らなければ。


(……それに、外から見て分かりにくいだけで、本当は反省していて、傷付いているのかもしれない……!)


 自分の感じている『申し訳なさ』を表出するのが苦手な人だっているだろう。クラリネッタはそれなのかもしれない。ゲームでは、デフォルメされた立ち絵や説明的なモノローグのせいで分からなかっただけで。


 ユウヅツは人間の善性を素朴に信じていた。


 だからユウヅツは、大勢から糾弾されていたクラリネッタをなかば本気で心配しながら、廊下を早足で歩く。


 気を病まないよう、お声がけして差し上げなければ。


 そのうち、ユウヅツはクラリネッタの後ろ姿を発見した。ホッとして近寄る。


「————、——……、…………」


 彼女は廊下の突き当たりで立ち止まって、何かを片手に持って、ぶつぶつと何やらつぶやいていた。


「…………?」


 ユウヅツはそれなりに足音を立てながら近づいているのに、クラリネッタは見向きもせず、一心不乱に何か——手帳だった——を片手にめくりながら、何事かひとりごちている。


「◯△、□▽◁□◯▷△□□。◯◯▽……」

「?」


 それは、ユウヅツには聞き取れない言語だった。

 ……クラリネッタはライラヴィルゴ王国の令嬢なので、たぶんライラヴィルゴ語だろう。とユウヅツは当たりをつける。


「▷◯……! えぇ〜〜!?」


 クラリネッタはおもむろに不機嫌そうなうめきを上げると、がりがりと己の頭皮を引っ掻く。

 言葉が分からないというのを差し引いても、薄暗い廊下の突き当たりで何かを唱えている彼女の姿は不気味だった。


 ユウヅツは若干および腰になりながらも、みずからの使命を果たすべくクラリネッタに声をかける。


「く、クラリネッタ嬢」

「!」


 ぴく、とクラリネッタの肩が揺れ、苔色の頭が振り返った。


 近くで改めて見れば、クラリネッタはさすがは攻略対象と言うしかない、魅力的な容姿をしている。透き通るような白い肌に浮いた桃色のそばかすが、彼女の飾らない美貌を引き立てていた。


 ユウヅツは警戒されないよう、礼の形をとって極めて紳士的に言葉を続けた、


「ごきげんよう。俺は、ウハク・ムツラボシ皇太女殿下の側近のひとりです。……先程のことは本当に、どうかお気になさらず。殿下は寛大な方で……」

「——◯▷□◯△▽?」

「!? す、みません、俺はライラヴィルゴ語は分からなくて……」

「…………」


 それからクラリネッタは、くしゃり、と顔を歪めた。顔の前に両手を握り、ブルブルとふるえだす。


「ごめんなさい……」


 大陸共通語で、クラリネッタは謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ウハク様に謝っておいてください。ごめんなさい、あたし、あんな、失礼なこと……っ」

「え……」

「あ、焦っちゃって……あたし……。緊張したせいで、変になっちゃって……。悪気はなかったんですっ。ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」


 そう悲痛な声を絞り出すと、クラリネッタはユウヅツの横をさっと通り抜け、建物の出口へ向かってしまった。


 それ以上追うことはできず、ユウヅツはぼうぜんと立ち尽くした。




 冷や汗をかきながらユウヅツは夜会の会場へ戻る。


(……俺達の知らないところで、ゲームシナリオがズレまくっている)


 早く殿下に報告しなければ。……いや、こんなところで話すわけにはいかないか。離宮へ戻ってから……。


 と夜会の会場に帰り着き、ユウヅツがトカクの姿を探そうとすると、探すより先に目に入ってきた。


 チュリー・ヴィルガの三年前のドレスを着せられたトカクが、「チュリー様が幼かった頃を思い出す」「本物の姉妹のようで愛らしい」と会場の話題をさらっており、そこに人が集まっていたからだ。


 トカクは内心で「チュリーの幼かった頃って、ボクとチュリーは一歳しか違わないんだが、バカにしてんのか?」と憤りながらも「うれしいです」なんて楚々と微笑んでいる。ユウヅツはだんだん、トカクの仮面が見破れるようになっていた。


(……というか、着替えは結局どうやったんだ……)


 ユウヅツは思い出して不安になった。トカクが着ているドレスは、どう見ても一人で着られるデザインではない。


 ユウヅツの帰還に気が付いて、ハナが手招きをしてきた。


「ユウヅツさん。先程の令嬢……クラリネッタ様はどうなりました?」

「皇太女殿下に謝っておいてください、と」

「そう」


 嘘ではない。

 それ以上ハナヘ報告できることがない。ユウヅツは押し黙った。




 ややあって、夜会がおひらきになった。


 トカクとユウヅツにとって長い一日となった。


「……それで、殿下。着替えはどうやったんです」

「なんにも」

「?」

「なんにもしてない」


 ユウヅツは首をかしげる。


 トカクは憮然としたまま答えた。


「特に何もしてないが、誰もボクが男だと気づかなかった」

「え! よかったですね〜」

「よかねえよっ!」


 トカクは椅子の手すりを叩いた。


「ふつー分かるだろ……!」


 そう、トカクは『これは完全にバレるな』と覚悟して着付けに及んだ。


 なのに、まったくバレなかった。

 たしかにドレスの交換で全裸になることはないが、かなり薄着になったのに。あちこち触られたのに。

 ハナもキノミもコノハもミキヱもネッコも、誰ひとり『ウハク』の正体が女装したトカクだと気づかなかったのだ。


「あいつらの目は節穴か!?」

「ええ……バレなかったなら、良かったじゃないですか?」

「……良かったっちゃ良かったが……」


 トカクにもプライドというものがある。


 それを聞いて、ユウヅツは「えっ?」と目をむいた。まさか。


「もしかして殿下、……女装が似合うことが、イヤなんですか?」

「イヤに決まってんだろ、ボクは男だぞ!」

「えーっ」


 ユウヅツは素直に驚いた。


「殿下は、女装をある程度、趣味として楽しんでいらっしゃるのかと」

「んなわけあるか、好きでやってるワケじゃないんだ」

「……そうなんですか」


 じゃあこの人、妹のために恥辱に耐えて女装していたのか。


「すみません、気にしてないと思っていました。今後は留意します」

「そうしろ」


 トカクは己の頭に付いていた髪飾りを取っ払う。

 そのかんざしのきらめく意匠を見ながら、ため息。


「……まあ実際に、女の格好している間は気にならないんだ。自分の姿は自分の目に映らないからな……」

「…………」

「……で、ユウヅツ。おまえ、クラリネッタと話したんだろ。どうだった?」

「はい、それが……」


 ユウヅツは話した。

 これまでのあらすじを。



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