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〇七〇 私のお友達に、

 


「あら、あらあら……っ! そんな……!」


 チュリー・ヴィルガは、一目でだいたいの状況を察したらしい。クラリネッタ……つまり自国の貴族が、トカクのドレスを汚したと。


 事態に憤り、クラリネッタを睨みつけながらチュリー・ヴィルガは側近を引き連れてツカツカと近づいてきた。学院の女王の登場に、周囲の人間が道を開けていく。


 それを見て。

 クラリネッタは、小さく「え? なんでチュリーが……」とつぶやいた。

 『学院の女王』——どころではない、自国の王女を呼び捨てたことに、ユウヅツは我が耳を疑う。


(……クラリネッタ・アンダーハートはこんなキャラクターだったか?)


 ゲームではクラリネッタとチュリー・ヴィルガは、同国の同級生ながら接触がなかったので、関係性は分からない。

 だが、仮にものすごく親しかったとしても、伯爵家の令嬢が王女を呼び捨てるなどあり得るのか?


 チュリー・ヴィルガはクラリネッタの横を通り過ぎると、血相を変えてウハクの両肩を抱いた。


「ウハクさんっ! だいじょうぶ!? 火傷していない? この方にスープをぶつけられたの!?」

「だ、大丈夫ですよチュリー様。それに、彼女は転んでしまっただけですから」

「……どうせクラリネッタさんがぼんやり歩いていたんでしょう? あなた、なんてことするのよ!」


 キッ!とチュリー・ヴィルガはクラリネッタを睨みつけた。

 それにクラリネッタはびく!と肩を跳ねさせる。そして、……ここで初めて、彼女は頭を下げた。


「す、すみません! すみません! わざとではないんです! お許しくださいチュリー・ヴィルガ王女殿下!」


「…………!」


 その行動は……『大瞬帝国の皇太女を害しておいて謝罪のひとつもしなかったのに、自国の王女に責められた途端に手のひらを返した』ようにしか見えない。


 つまり、大瞬帝国への侮辱と取れる。


 トカクの側近達——だけでなく、騒動を見守っていた大陸民でさえ、あまりのことに顔色が変わった。


 チュリー・ヴィルガの登場で、それまで黙っていた野次馬達も声を上げはじめる。告げ口だ。


「チュリー王女! その人は、あなた様が来るまで帝国の皇太女様に対し、謝りもしていませんでした!」


 事実の陳列に、チュリー・ヴィルガは眉をひそめる。


「……ウハクさん、彼らの言っていることは本当?」

「え、あ……」


 どうしよう、とトカクが逡巡した一瞬をチュリー・ヴィルガは見逃さなかった。

 今度はクラリネッタに声をかける。


「クラリネッタさん。あなた、本当にウハクさんにまだ謝っていないの?」

「え? …………」


 クラリネッタはぽかんとした。そういえば……?というように、視線を右上へ向ける。

 ……自国の王女に対峙しているとは思えない、舐めきった仕草だった。


「謝っていなかったかもしれません。すみません」


 ぺこっ。とクラリネッタは首を軽く曲げるお辞儀をした。

 ……それだけだった。


 あまりのことに、トカクも今度は絶句した。


(く、……クラリネッタ・アンダーハートって、こんなキャラクターだったのか!?)


 人付き合いが得意ではないとか変わり者とか、……令嬢としての教育が不充分とかユウヅツから聞かされてはいたが、常軌を逸している。


 トカクはちらりとユウヅツの顔色をうかがう。ユウヅツもまた狼狽していた。……少なくとも、こいつの説明が下手とかではなかったらしい。


 何か予想外の事態が起きている。


 チュリー・ヴィルガはクラリネッタの振る舞いに対し、こめかみに青筋を立てた。

「同盟国の皇太女殿下に対してあまりに無礼よっ!」と叫ぶ。


「私のお友達に、ライラヴィルゴの貴族として恥ずかしい真似をしないで!」

「えっ。…………」


 クラリネッタは、うろたえた。そして。


「お友達……?」と、とても怪訝そうにつぶやく。


「チュリーとウハクが、ともだち……? なんで……?」


 またも貴人を呼び捨てたことに、ユウヅツは今度こそ顔色が青くなる。

 医務室に連れて行くためクラリネッタに近付いていたユウヅツにしか聞こえていないであろうことは幸いだが……、逆に言えば、彼女は、ユウヅツには聞こえるくらいの声量でひとりごちていた。ありえなさすぎる。


 一方トカクは、場の空気がだんだんと過激になっていることに焦りを感じていた。


 会場には、無礼を繰り返すクラリネッタへの強い憤怒と侮蔑が渦を巻いている。今すぐにでも私刑が始まってもおかしくないくらいだ。


(……ゲームじゃ、ここまで大ごとになんて、なっていなかったはずなのに……!)


 チュリー・ヴィルガの介入で、トカクの手に余るほどの事態になりかけていた。


 いや、クラリネッタが今からでも深々とトカクに謝罪してくれたら、それでまるく収められるかもしれない。

 なのにクラリネッタは、何事か考え込むようにむっつり黙ってうつむくばかりで、やはりトカクへの誠意のかけらも見せてくれないのだった。


(まずいまずい、ボクとクラリネッタが敵対するのはマズイ!! ボクの側近であるユウヅツとクラリネッタの、これからの友情に響くっ……)


 つまり万能解毒薬が遠のく。

 だからトカクは、一刻も早くこの場を取りなしたかった。もはやボクのドレスの汚れなんかどうでもいい。そんなに怒らないでやってくれ。


 トカクは焦っていたが顔には出さず、助け舟を出すべくやわらかな声を上げた。


「クラリネッタ嬢」


 視線が集まる。


「あなたは先ほど、強く頭をぶつけたように見えました。意識がボンヤリしているのではありませんか? どうか医務室へ……」

「えっ? いや、平気です。ていうか、ぶつけてませんし」


 なんで断る!?


 トカクはキレそうになっていた。しかも断り方も最悪だ。もっと言うことあるだろ。


 しかも最悪なことに、これでいよいよチュリー・ヴィルガの堪忍袋の尾が切れてしまった。

 かああっ、と激情に頬を染めて、チュリー・ヴィルガは真っ赤な紅をひいた口を開けた。


「不愉快だわ! ライラヴィルゴ王国第十二王女として命じます。クラリネッタ・アンダーハート! 即刻ここから出てお行きなさ……」

「待っっっ……てくださいチュリー様ッ!」


 がっし! トカクはチュリー・ヴィルガの腕をつかむ。


 クラリネッタと『ウハク』の敵対が決定的になることは避けたかった。それに、ライラヴィルゴおよび学院内でのクラリネッタの立場が悪くなるのも。


 だって、図書館での親密度上げに影響がありそうだ!


 トカクは考えた。この場を収めるには。うまくやるには。

 ……だけど、うまくなんかやりようがなかった。こんなのクラリネッタ側の問題だ。トカクがどうこうできる話ではない。


 しかし、ボクがやらねば。


 考えろ。もはやボクの体裁はどうでもいい。ただクラリネッタを庇うだけ。どうする。どうする。

 ウハクならどう庇う!?


「言うのが遅くなってごめんなさい、ぶつかったのはワタクシの方です!」


 その叫びに、大衆が沈黙した。



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