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〇六五 姉妹のように

 


 トカクは優美にティーカップを置くと、この刹那で思考をめぐらせていたことなどおくびにも出さずにやわらかく話し出した。


「……もしもチュリー様がワタクシの義姉になったら、それはすばらしいと思います。チュリー様さえお受けしていただけるのなら、皇帝陛下に話を通して、ライラヴィルゴ王国へ対し正式に縁談を申し込めればと思います」

「あらあら! 本当?」

「ですが、問題がいくつかあります。チュリー様が単刀直入におっしゃってくださったから、ワタクシも単刀直入に説明いたしますね」


 トカクは「実は」と切り出す。


「大瞬帝国は、単一民族。しかも三十年前までは鎖国政策を取っていました。そのせいで……国民感情として、皇室に他国の人間の血が混ざることに強い忌避感があります」

「!」

「……実は二十年前、現皇帝である母の妹に、シギナスアクイラの貴族との縁談が持ち上がったのですが……華族を含む国民からの強い抵抗があり、取りやめになりました。二十年経ち、民の心境も変わっているとは思いますが……。特に兄は、次期皇帝であるワタクシとは双子。……強行すれば、民の人心が離れかねません」


 その点で、皇配の側妃となってもらい『皇帝の血を引かない親戚』だけを増やせるゲームの流れは、たしかに都合がよかった。だが……。


(……ここでチュリー・ヴィルガに直接、『ワタクシの夫の愛人にしてやろうか?』なんて言ったらとんでもない侮辱! 国際問題! だから……)


「ワタクシ個人としては、」


 トカクは物憂げな溜息をもらす。


「チュリー・ヴィルガ様のような聡明でうつくしい女性が、兄の伴侶となり、ワタクシの義姉になって国を支えてくれたら……と思います。婚姻によって、ライラヴィルゴとの国交をより深くしたいとも。それに、国民の中にある排他意識を取り払いたい。……そのためには、多少は強硬な手段を取るべきです。しかし……」


 くっ、とトカクは申し訳なさそうな顔を作る。


「……帝国でチュリー・ヴィルガ様に、イヤな思いをさせてしまったらと考えると……!」

「そうなのね……。よくってよ、ウハクさん。民の感情を無碍にはできませんもの」

「それでもよろしければ」


 とウハクは顔を上げる。


「ワタクシの方から、帝国の皇帝に話をしてみましょうか?」

「いいえ。民衆からの不満を一身に受けるなんて、私には務まりそうもありませんわ」


 乗り切った!


 トカクは机の下でこぶしを握った。


 もともと、ゲームでは「彼氏持ちの子に男を紹介してなんてお願いするのはイヤッ」で断念していた程度の願いごとだ。チュリー・ヴィルガの諦めが良くて何より、とトカクは胸を撫でおろす。


(……つーか、トカクとウハクの一人二役をやってる時に、縁談なんか進めようがねえ。てんやわんやだぞ……。『トカク』は国で執務しているって設定だし、もし縁談がまとまれば、早ければチュリー・ヴィルガの卒業を待たずにすぐ結婚って流れになる……でなくとも、近いうちにトカクとして顔合わせをさせられる。身体がいくつあっても足りねえし、婚約者ともなるとさすがに入れ替わりがバレかねん)


 トカクは「残念です」とチュリー・ヴィルガを兄の嫁にすることを諦めきれないような声を出してみせる。


「ですけど、チュリー様。恐れ多いことですが、チュリー様は帝国に輿入れしてもよろしいと、本当にお考えだったのでしょうか? お恥ずかしながら、ライラヴィルゴ王国に比べれば、まだまだ発展途上の国です」

「謙遜しないでちょうだい。ウハクさんに比べれば、勉強と言うのはおこがましいのですけど、私も大瞬帝国のことは学んでいましたのよ。文化の豊潤な国と思いますわ。それに開国後、あっという間に力を付けて諸外国を追い上げてきたって。まさに、またたく間に、ってね」

「…………」


 トカクは本当におどろいた。ライラヴィルゴの姫君から、大瞬帝国を認める発言を聞けるとは。


「ありがとう、ございます」

「……ねえウハクさん、私達、これからもっと仲良くなれると思いますの。互いに互いを尊重し、尊敬しあう同士として……。どう思います?」

「え……、…………」


 トカクは「わあ、光栄です!」と言うように口元を押さえてみる。


「ワタクシとしても、チュリー様とはもっと親しくなりたいと思っておりました。なので、チュリー様の方からそう言っていただけてうれしいです」

「ええ、でも……あなたは次期皇帝となる立場ですから、いずれは王女の立場を失う私では、お友達として不足しているかしら……」

「何をおっしゃいます。チュリー様の高潔さと聡明さは、今日だけでも知るところです。ワタクシの方が、チュリー様のお友達にふさわしいか不安です」

「ありがとう。本当の姉妹になることはできないけど、きっと本当の姉妹のようにやれますわ。学院でもよろしくね」


 チュリー・ヴィルガがそっとトカクの両手をつつむ。トカクもそれを握り返した。

 うつくしい友情の一幕だった。


(……ボクが女装した男で、チュリーのことを騙していなければ!)


 そのせいでトカクはいまいち乗り切れないが、ともかく学院の女王チュリー・ヴィルガとの親睦は深まった。


「…………」


 トカクは考える。


(……ゲームの知識とか現実の噂とかで、どんなワガママ娘かと思っていたが、心優しい普通のお姫様じゃないか)


 と、トカクは素直に思った。


 ……それは、トカクが『チュリー・ヴィルガのテスト』に合格したから彼女の態度が甘いのであって、もしも途中で失点していればイビられていたのだが……。

 一度もつまづかず問題なくテストを合格してしまったトカクは、知る由もなかった。


「……さて、と。お友達になれそうな方が学院にいらしてくれて嬉しいわ」

「ワタクシも編入前にお友達ができて嬉しいです」

「……ねえウハクさん、失礼かもしれませんが、あなた、ライラヴィルゴ語が本当にお上手ですのね。私、最初びっくりしてしまいましたの。だんだんと王国民とお話しているような気分になっていましたわ」

「ありがとうございます。母語がライラヴィルゴ語である方にそう言っていただけると、自信がつきます。たくさんお話ができればと思って、たくさん勉強してまいりました」

「ああ、本当に感心しちゃうわ、ウハクさん。私もお友達として見習わなければ。……おまえ達もよ」


 チュリー・ヴィルゴの声が、みずからの側近達へと向けられた。その声だけ低くトゲがある。

 ん?とトカクは片眉をひそめた。学院の女王の片鱗が出たか……?


「ねえウハクさん。私、あなたの力になりたいわ。あなたはこの留学で、まずいちばんは何をしたいと思っていらっしゃるの? 学院の教師に口添えしてあげてもよろしくてよ」

「ありがとう存じます。ですが、チュリー様にそこまで面倒を見てもらうわけには……。学びたい分野も多岐に渡ってしまいますし……。ああ、でも」


 トカクは強調する。


「薬学。……と、医療に興味があります。臣民の命をつなぐ学問ですから」

「分かりましたわ、お医者さん関係ということですわね。私に任せてくださいまし」


 というような感じで、お茶会は無事におひらきとなった。


 トカクは『学院の女王』からの好感度を手に入れたのだ。



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