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〇六三 ミルクティーはお好き?

 


「ああ、どうしましょう。ドキドキしますわ」

「姫様の側近として恥ずかしくない振る舞いをいたしませんと」


 使用人の装い——メイド服に身を包んだ令嬢達は、そわそわとウハクの準備が整うのを待っていた。


「無理に良いところを見せようとしてはいけませんよ、皆さん。私達は、姫様が困った時に助け船を出すだけでよいのです。お茶会が終わるまで、一声も発さずに済めば成功なんですのよ」

「そうですわね。……姫様が、チュリー・ヴィルガ王女とうまくやれたらよいのですけど」

「ライラヴィルゴ王国の大使とは、帝国にいた時にお会いしたことがありますけど、人を見下してイヤな感じの方でしたわ。王室の程度も知れます。ヴィルガ王女が、姫様に対して失礼なことをされなければいいのですけど」


「皆の衆。支度ができた。行こうか」

「!」


 階段の上から降りてきたトカクの姿を見て、まずハナが感嘆の溜息をついた。


「まあ~! 姫様、ステキですわ!」

「そうであろう、そうであろう」


 なんせ今日は気合の入れ方から違う。トカクは謙遜もせずうなずいた。


 ドレス、ヘアスタイル、メイク、その他もろもろ。

 トカクの、男らしさこそ無いが女らしさも欠片もない、まごうことない少年の造形をどうにか少女らしく見せるようにと、ミリ単位の調整を繰り返して完成した逸品だ。

 完成品だけ見るとそこまで手が込んでいるようには見えないだろうが、ここに到達するまでが長い。


 いつもは「なくてもいける」で省いていた胸や尻のパッドも盛って、腰もぎりぎりまで締め上げている。


「さすがは姫様。愛らしい妖精のようですわ。これでは庭園の花もかすんでしまうことでしょう」

「そうであろう、そうであろう」


 ウハクに似せるため、たっぷりと乗せた頬紅が、あどけなさと血色を演出する。


 令嬢達は主人の見目良さを自分事のように喜んだ。高貴でうつくしい者に仕えることは、高貴な彼女達にとって誇りなのだ。従者の格は主人の格で決まるので。


「楽しみですわね」


 令嬢達は外へと向かう。


 それに付いていこうとしたトカクは、玄関ホールにある姿見の前で立ち止まると、ぐっと鏡面に顔を近づけた。


「…………」

「……殿下、心配なさらずとも完璧ですよ」


 男かもしれないなんて誰も思わないだろう、とユウヅツは声をかけたが、トカクは鏡に見入るのをやめなかった。あごに手を置いて、己の顔をいろんな角度でながめている。


「……殿下?」

「やっぱりウハクはうつくしいな……。目なんか、宝石より輝いているせいでネックレスが陳腐に見える……今度もっと良いネックレスを用意してやらないと……」

「ご自分の顔でしょう。頭だいじょうぶですか?」


 お友達の座を得たので、ユウヅツも遠慮がなくなってきた。


 『姫様』が外に出てこないのを不思議に思ったらしく、ハナとミキヱが玄関に戻ってきた。自分の顔に見とれているトカクに、不思議そうにしている。


「殿下、行きましょう」

「ああ」


 まだ鏡に未練がありそうなトカクの背中をユウヅツは押してやった。




 トカク達が呼ばれたのは、学院近くのライラヴィルゴ離宮だ。


「……王都の本城というわけでもないのに、でかい。空間の使い方が、帝国とは方式からして違うって感じがする。国土が広いせいか」


 尖塔のとんがりを見上げると、首が痛くなりそうなほど背の高い建物だ。


(くやしいが、こんな資源の豊かな国と戦争して勝てるわけがない……。文字通り土壌から違うんだもんな……、庭師達が、種を置いておいたら勝手に芽が出たとか言っていた……。帝国では、五つ植えてひとつでも芽が出れば上等と言われていた植物なのに……)


 帝国との国力差を感じながらも、トカク達は衛兵によって門の中へと通された。


(まず、男だと思われてはいけない。……だが……)


 なめられてもいけない。

 トカクは背すじを伸ばす。


 側近達も、馬車の中にいた時の観光客気分を鎮めて、まるで空気、あるいはトカクの『付属品』であるかのように振る舞う。普段は気配すら感じさせず、必要な時にだけ役立つのが、大陸で求められる使用人像だ。


 お茶会をするための応接室へと案内される。

 トカク達が中に入ると、すでに主人が待っていた。


「ようこそいらっしゃいました」


 主人——である少女が腰を上げる。


「私、ライラヴィルゴが第十二王女、チュリー・ヴィルガ・ライラと申します。今日は有意義な一日にしましょうね。私のことは、どうぞチュリーと呼んでくださいまし」

「——チュリー様。こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。大瞬帝国が第一皇女にして皇太女、ウハク・ムツラボシと申します。どうかウハクとお呼びください」


 ライラヴィルゴ王国、第十二王女チュリー・ヴィルガ・ライラ。


 明るいレモンイエローの髪に、紅玉色の大きな瞳。すらっと長身ながらメリハリのついた体型は、同性からも憧れの的だろう。

 なるほど『ヒロイン』の名にふさわしい、人目を惹きつける容姿をしている。


 そんなチュリー・ヴィルガは、トカクの返事にニッコリ微笑んだ。

 真っ赤な口紅をひいた唇がひらく。


「私、ウハクさんの編入の日を、本当に楽しみにしていましたのよ。国は違えど同じ姫、歳の近いもの同士、仲良くしたいと思っていましたの」

「光栄です。ワタクシも、ライラヴィルゴ王国の王女であり学院の先輩でもあるチュリー様から、お話をうかがえればと思っていました。けれど、入学前にこのような場を設けてもらえるなんて思ってもいませんでした」


 一通りのあいさつを済ませる。

「さあ、どうぞお掛けになって」と言われたのでトカクは椅子に腰かけた。


 チュリー・ヴィルガの侍女達が、さっそく紅茶の準備をはじめる。


「ウハクさん、ミルクティーはお好き?」

「はい。ライラヴィルゴ王国に来てからというもの、紅茶もミルクもおいしくて、おどろきました」

「あら、大瞬帝国でも、茶葉は同じじゃなくて? 淹れ方が違うのかしら」

「そうなのですが、帝国は水質が違うらしく、紅茶の味わいを充分に引き立たせることができないようなのです。紅茶をおいしく飲むことができるライラヴィルゴ王国の風土を、うらやましく思います」

「まあ、ありがとう。けれど、大瞬帝国では緑色のお茶を飲んでいると聞きましたわ。きっと、緑色のお茶をおいしく淹れるのに合った水なのでしょう? それに、その水はお肌にすごく良いと聞いたのだけど、本当かしら?」


 まずは食事や美容の話から。

 当たり障りないように見えるが、重要な情報交換である。


 ……かつ、男があまり好まない話題ではあるので、トカクとしては「女子らしさ」のアピールを兼ねていた。チュリー・ヴィルガが最近こっているという美容法へ目を輝かせるのも忘れない。


「はちみつ入りのパックを? それがチュリー様の珠のお肌の秘訣なのですね。お顔にはちみつを塗っているから、お髪もはちみつのように輝いていらっしゃるのでしょうか?」

「うふふ! よろしければ分けてさしあげましょうか! ウハクさんもきっと気に入りますわ」


 チュリー・ヴィルガの機嫌はこの短時間でかなり上昇していた。トカクはニコニコしながら、「だいぶ打ち解けてきたな」と冷静に分析する。

 トカクとしても、チュリー・ヴィルガは王女だが十二番目という末端めいた立場なのでそこまで期待していなかったが、有意義な会話ができてうれしい誤算だった。


 それに心配していたが、トカクが男か探りを入れるような動きもない。杞憂だったのかもしれない。

 トカクは一息つく。


 と、ここでチュリー・ヴィルガは不意に「話は変わりますけど」と真面目な顔をした。

 今までの会話が前座であったことをトカクは察知する。


「はい、なんでしょうか」

「ええと……」


 チュリーは言いよどみ。


「ウハクさんの双子のお兄様の件で、すこしよろしいかしら?」



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