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〇六二 学院の女王

 


 連盟学院は、三つの国境をまたぐように設立された教育機関である。


 ライラヴィルゴ。シギナスアクイラ。カリーナサギタリウス。いずれも列強諸国の中で群を抜く大国だ。

 十数年前その三国の間で、「世界平和の構築」という協定が結ばれた。……世界平和と言えば聞こえはいいが、「この三国で仲良く世界を支配しましょうね」ということだ。ケーキを三等分、などと揶揄される。


 ともかく、その際に「大陸連盟」なる連盟が設立され、三国の叡智を集約する場として連盟学院が設立された。

 連盟学院に入学できるのは、大陸連盟の加盟国に住む十代の少年少女のみ。設立当初は三国のみだった加盟国は今や三十か国におよぶ。大瞬帝国も開国を機に加盟した。


「で、その三国にとって、対等な国家とは三国のみ。大瞬帝国を含む『三国以外の国家』は属州のようなものだ」

「なるほどある」

「特に大瞬帝国はながらく鎖国していた関係もあり、三国どころか大陸全土にとって未開の蛮族も同然。この二十年ほどは、そんなマイナスイメージの払拭のために動いていた」


 ふむふむ、とリゥリゥはトカクの説明に聞き入る。


「この留学は、未来の大陸を担う若者世代に、大瞬帝国に対して好意的な印象を持ってもらう目的がある。いわばウハク——『ワタクシ』は親善大使、イメージガールみたいなもんだ」

「なるほどね、完全に理解したある」


 政治にまったく興味がなかったリゥリゥは、この留学の表向きの目的をあまり理解していなかった。(裏の目的とは言うまでもなく万能解毒薬の入手、ツムギイバラの解毒剤の研究開発、および『ウハク』の生存証明である)。

 そのため、今更このような説明を受けている。


「もちろん、外国で学びを深めて良いところを帝国に取り入れたい目的もある。薬学だけじゃない学問に、建築や食文化、政策なんかもな」

「ふーん。……にしても、国境をまたぐ学園か。隣国と戦争になればそこが戦場になるのに、そんなところに学校なんか作るものあるかね」

「絶対に三国間で戦争を起こさないという表明だよ。ハッタリは大事だぜ」


 トカクはそう締めくくり立ち上がる。宮廷薬剤師達へのちょっとした慰問のつもりが、思いのほか長居してしまっていた。


 とはいえ、トカクは連盟学院に編入するその日まで、たいした予定もないのでべつにいいのだが。




 長い船路も終わり、トカク達一行は大陸ライラヴィルゴ王国の一端、大瞬帝国公館——大使館に到着していた。学院在学中を、その敷地内にある建物「皇女離宮」で暮らすことになる。


 皇女離宮の外観はカラフルで、まるで積み木で作ったお城のようだ。ライラヴィルゴと大瞬帝国の建築文化が混じった結果である。

 無意味だけど「かわいいから」で付けた回らない風車が堂々とそびえる。どっち付かずでおもしろい建物になったと、現地での評判は良かった。


『なんだよ、あのゴチャゴチャした建物は!?』

『わあ、原作ゲームと同じです』

『ウハクなら喜んだかもしれんがボクの趣味じゃねえ~』

『ゲームの第二部が始まってこの建物が出てくるの、世界観が広がったって感じがしてすごく良かったんですよね』


 と、互いに互いの思ったことを言うだけの会話を経て。


 トカクは最初しぶってみたが、どうにもならないのでおとなしく生活をはじめた。

 本当ならウハクが暮らす場所だったのだから、ウハクの趣味に合わせてあるのは正しい。


「……調度品も少女趣味すぎる。ウハクのためだから仕方ないが……」


 ……トカクは、自分が女物の服を着て過ごす覚悟はできていたが、レースの天蓋付きの寝台で眠ったり、桃の花柄のノートに書きものをすることまで考えていなかった。

 トカクは与えられた自室が居心地悪い。ウハクの私室に勝手に侵入した気分だ。(事実そんなようなものなのだが)。


 ……トカクがそんな「どうでもいいこと」を嘆ける程度に、皇女離宮での生活はヒマで落ち着いていた。ここでなら船酔いや沈没の恐れもないし。何より庭が広い。

 とはいえウハクの姿では、庭が広かろうと乗馬や剣技はできないのだが。


 そんなわけでトカクが弓の鍛錬をしていると、あわてたようすのユウヅツが道場へやってきた。


「殿下! すぐに本館へお戻りください。お茶会への招待状が届きましたっ」

「騒々しいな。茶会に行く用意ぐらいあるはずだが、何の問題が? 開催が今日の午後からとか?」


 違います、とユウヅツが首を振る。


「これはライラヴィルゴ王国、第十二王女チュリー・ヴィルガ・ライラ様からのお誘いにございます!」


 ライラヴィルゴ王国。

 先述の通りの大国であり、列強諸国の筆頭と言ってもいい国だ。


 そして大瞬帝国にとっては思うところのある存在でもある。


 そもそも二百年鎖国していた帝国が、どうして開国したかと言えばライラヴィルゴからの圧力があったからだ。帝国東部に寄港地を置くためである。開国当初に舐めさせられた不平等条約の辛酸の記憶は新しい。


 面識はないが、王族からの呼びかけ。断る選択肢はありえない。

 しかし……。


「……攻略対象じゃねえか!」


 そう、チュリー・ヴィルガ・ライラは『スターダスト☆プリンセス』第二部のヒロインの一人だった。

 慣れない土地にやってきた『主人公』を教え導く一方で、「こんなことも知らないのかしら」と嘲笑う、美貌の高飛車王女チュリー・ヴィルガ。


 という情報をユウヅツから既に得ていたトカクは、どうしてチュリー・ヴィルガから招待状が?と困惑した。


「招待されているのは皇太女殿下と、その側近——俺達、準生徒となる六人です」

「……なるほど。入学前の面接みたいなもん……と考えるのが自然だが」


 連盟学院の一学年上の先輩であるチュリー・ヴィルガは、ゲームにおいては学院の女王だった。

 彼女がカラスを白いと言えば、本当に白いことになってしまうような。それでいて好きキライが激しく、傲慢不遜でワガママ。学院のすべてを自分で掌握したがる、支配欲の権化。


 そんな彼女が、編入生達が自分の城にふさわしいかテストしてやろうと思い立つ。

 ない話ではない。ないが……。


「……おまえから聞いていない。ゲームでそういう展開があったのか?」

「ありません」


 だから動揺しているのです。とユウヅツは続けた。


「……チュリー・ヴィルガ王女との初対面は、ゲーム通りに行けば編入直後に呼ばれる学院での夜会です。……なのに、ゲームに無かった行動を起こし、初対面が早まった。ということは」


 ユウヅツは息継ぎし。


「向こうに、なんらかの思惑があるのではないかと……」

「…………」


 トカクは黙る。


「チュリー・ヴィルガが、ゲームには無かった行動を起こした。それは、ゲームには無かった事象があったから。……と推定できる。そういうことだな」

「さようです」

「最悪の可能性として」


 ……『皇太女ウハク』が倒れ、その替え玉として兄を留学に出した——という情報が、漏れたのでは?


「と警戒せざるを得ないぜ」

「…………」

「チュリー・ヴィルガは、噂の真偽を確かめるため、『ワタクシ』を呼び出した……のかもしれない」


 弓矢を片付けながらトカクは言う。


「なら、疑いを晴らさねばな」

「え?」

「……万能解毒薬を手に入れることばかり考えていたが、そもそも『ウハク』の留学の目的は外交だ。しっかり代役しなけりゃ面目が立たない」


 トカクは弓道場を後にする。


「男だってバレなきゃいい、なんてセコいことは言わん。完璧な淑女『ウハク・ムツラボシ』を見せてやる!」




 そして茶会の当日となった。



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