〇五九 自分も嬉しくなる
トカクはひとりでダンスをしているところを見られたのが恥ずかしかったらしい。そんな感性がおありだったのかと、ユウヅツはまたおどろく。
「おまえはこんな時間に何してんだよ」
「夜中に目が覚めて、船酔いで気持ち悪くなって、夜風に当たりに来ました」
「ああそう」
トカクは眉間にしわを刻んでユウヅツをにらんでいる。
「……殿下は護衛もつけずに何を?」
「身体がなまって仕方なくて、動きたくなった」
おおよそ予想通りの答えが返ってくる。
ユウヅツはさらに問いかける。
「あの……殿下って、ダンスがお好きですよね?」
「…………」
ゆっくり腕を組み、トカクは。
「……ゲームの知識か? ファンブックとやらに、趣味ダンスとでも書かれていたか」
「えっ。……いえ、卒業パーティーでの余興にも、ダンスをされていたので。あえて選んだあたり、お好きだったのかと」
「あー、ヤブヘビかよ」
トカクは天を仰ぐ。
なんだかようすが変だな?とユウヅツは思った。しかし、どうしてトカクがこんなに歯切れ悪く喋っているのか分からない。
「……ダンスなど、あまり皇子らしい趣味ではないから。言いふらしたくないんだよ」
「……ダンスが趣味だと、皇子らしくないと言われるんですか?」
「……ダンスにおける男の役割は、パートナーを引き立たせること。あとは神前や人前で披露するために学ぶ。楽しむものではない、と言われるだろう。剣技とか狩猟こそがふさわしい趣味だ」
「へーっ、そうなんですね」
「…………」
ユウヅツの華族らしさのない発言に、トカクは毒気を抜かれかける。
ユウヅツはと言えば、「そんな世界観だったんだ」と思っていた。あんまり意識していなかったので気づかなかった。
だが思い返すと、前の世界にも「ピアノやバレエは女子の習いごと」「サッカーや野球は男子の競技」みたいな意識の偏りはあったし、そういうことだろう。
「殿下が隠しておきたいなら、俺は口外しませんが……。ダンスが楽しいというのは、恥じることではないと思いますよ」
「じゃあ、おまえはダンス楽しいか?」
「俺は身体を動かすのが得意ではないので、普通ですけど、殿下ほど動けたら楽しいだろうと思います」
トカクは口を閉じた。
「帝立学園の男子生徒の間では、ダンスは楽しくないものという印象があったのかもしれませんけど、大陸……連盟学院では、また違うかもしれませんよ」
「何故そう思う?」
「ダンスというのが本当に男性側が楽しめないものであるなら、とっくに女性同士で踊るものになっていると思いませんか?」
「……おまえは、たまにすごく先進的なことを言うよな」
「たまにですか」
ユウヅツは前世の知識があるので、価値観が現代日本寄りになっている自覚はある。でも「たまに」かぁ……。
「……そういうわけなので、連盟学院ではダンスが好きだと公言してみてはいかがでしょうか」
「どちらにしろ学院でボクは『ウハク』だから関係ない」
「そうでした」
ユウヅツは失言だったと口を押さえる。
「……話を戻しますが、ダンスが好きですよねと確認しようとしたのは、僭越ながら伴奏を致しましょうかと聞きたかったからです」
「伴奏?」
「音楽があった方が気分が上がるでしょう」
「…………」
トカクはすこし引いた。親切すぎて裏があるんじゃないかと疑う。トカクからユウヅツに親切にしてやった記憶もないので。
「琵琶を取ってきますね!」
返事をしていなかったのだが、ユウヅツはそうと決めたらしく踵を返してしまった。
トカクは取り残される。
「…………」
この長い船路で、トカクはユウヅツの内面について把握してきた。
「お人好し……」
分かってきた。ユウヅツは間が抜けているが基本的に根が明るく親切であり、サービス精神が過剰。
そして、それを意図してやっていない。
自分の荷物を落としたから拾う、という気持ちで他人の落とし物を拾ってやるような男。
頭の中に、他人が喜んでいると自分も嬉しくなる、おめでたい仕組みがあるのだろう。
希少だ。とトカクは評する。
(ウハク……あーいう男の優しさは、情愛でなく隣人愛で動いてるだけだから、そこに恋するのは不毛だ……ロクなことにならないぞ……)
と心の中でトカクはつぶやくが、実際にロクなことにならなかった後だ。
ややあってユウヅツが琵琶を片手に戻ってきた。
「せっかく下賜していただいたので、うまく弾けるよう練習しているんです」
「そうか」
「俺の拙い演奏では表現しきれないのですが、もっと良い曲なんですよ本当は」
音を鳴らす。
そのままユウヅツは、先程トカクが口ずさんでいた曲を最初から弾きはじめた。
「…………」
たしかに前に聴いた時より良くなっているな、とトカクは思った。
トカクは躊躇していたが、ユウヅツは演奏に一所懸命で、トカクを見ていない。踊る姿など目に入らないだろう。
身体を動かし足りない気持ちではあった。トカクは一曲だけ付き合ってやることにした。
一曲終わると、トカクは良い汗をかいていた。暑い。髪がまとわりついて邪魔だったので後ろで束ねる。
「あ〜〜スッキリした」
身体を動かすと気分がいい。発散できている気でいたが、ひとりでブツブツ言いながらやるのにも限界があったらしい。音が付いていると、たしかになんというか身が入る。
トカクはグググと筋を伸ばす。
「ユウヅツ、やるじゃねーか、…………?」
「…………」
ユウヅツは口元を押さえて何かに耐えていた。
「どうした」
「下、向いて演奏、してたから、酔っ……すみません」
ユウヅツは身をひるがえすと船の角へと駆けて行った。船酔いしたらしい。吐きに行ったようだ。
「……だいじょうぶかよ?」