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〇五五 信用を得なければ

 


「……こうして、俺は実家の束縛から解放され、このたび留学隊に加えていただけることになったのです」

「まあ~! 本当によかったですわユウヅツさん」

「そんなことがありましたのね、苦労なさったのね……!」


 ユウヅツの身の上話に、令嬢達は瞳に涙を溜めるくらい聞き入っていた。

 特にユウヅツの実家での扱いを語った時はすごかった。ここに関しては実話なので、ユウヅツは反応が良すぎて怖かったくらいだ。


 用意したシナリオはこうだ。


 男爵家で冷遇されていたユウヅツは、音楽への興味と作曲の才能を持ちながらも夢をあきらめていた。しかし、帝立学園でウハクによって素質を見出される。

 ある時ユウヅツの不幸な境遇を知ったウハクは心を痛め、どうにかユウヅツを助けてやりたいと奔走するが、家族からの暴力によって洗脳状態にあったユウヅツは救いの手を払いのけてしまう。


 このせいでウハクがユウヅツに執心だという噂が立ってしまったが、これは誤解である。皇太女殿下は気高く純真な親切心から行動していたのだと、ユウヅツは強調した。


 ――そしてウハクの献身が実を結び、また事情を知ったトカクの協力もあり、ユウヅツは実家との離縁を決意して今に至る……。

 ユウヅツはそのようにまとめた。


「というわけで、皇太女殿下は俺にとって恩人。関係は主従にございます。……ご納得していただけましたか?」

「ええ、ごめんなさいねユウヅツさん。つらいことを話させてしまって」

「ユヅリハ男爵家から籍を抜かれたとは聞いていましたけど、まさかそんな裏があったなんて」

「私、ユウヅツさんが姫様を籠絡して取り入ったなんて浅ましい噂話に一瞬でも耳を傾けてしまった自分が恥ずかしいですわ!」

「私達ひどく誤解していたみたい。どうか許してね」

「いいんです」


 嘘をついている罪悪感でユウヅツは目を伏せた。それは殊勝な態度に見えるので、令嬢達も不審には思わない。

 ともかく、話した内容を受け入れてもらえてよかった。ユウヅツは胸を撫でおろす。


「それにしても、やっぱり姫様は心根の優しい方だわ」

「もっとうまいやりようがあったとは思うけどね。実際に皇室の醜聞になりかけていたわけだし……」

「そうだわ、ユウヅツさん。良かったらあなたの歌を聴かせてくださらない?」

「私も聴きたいわ」

「あ、でしたら、ここに楽器を持ってきますね」


 父親を殴った時に破壊してしまったトカクの琵琶は修理され、ユウヅツが引き取った。恐れ多くも皇子殿下からの下賜、という形になる。


 それを取りに行くべく、ユウヅツは退席した。




 ユウヅツが一時的にいなくなった甲板にて。


「……どんな人かと思っていましたけど、安心しましたわ。善良そうな人ではありませんの」

「よく知らない殿方が混じると聞いて、どうなることかと……。仲良くできそうで何よりですわ」

「でも、ウハク様と何もないというのは本当かしら? 恩人に対して、ユウヅツさんがひそかに片思いしている、なんて可能性はありえてよ」

「ふん。それ以前の問題ではなくって?」


 鋭い声を上げたひとりの令嬢に、他の令嬢達は視線を向けた。


「ミキヱさん、どういうこと?」

「皆様、あの方の言うことを鵜呑みにいたしますの?」


 伯爵令嬢ミキヱは不満そうに腕を組む。


「私はあの方が姫様をたぶらかし国を傾けようとしているとしか思えませんわ!」

「まあ、なんてことを言いますの? あんまりな言いようですわ」

「だって! ……ハナさん、本当にあの方を信用するつもりですの?」


 ミキヱはハナに助けを求めた。


 公爵令嬢——トカクの血縁、はとこに当たる少女、ハナは冷静に。

「他ならぬトカク皇子殿下が、ユウヅツさんをよろしくと私達に頼みましたのよ」と。


「つまり、皇子殿下はユウヅツさんを認めたということ。であれば、私達は殿下の判断を信じるだけですわ」

「……でしたら、どうしてハナさんは、あの方に姫様との関係を問いただしたりしましたの?」

「私達が何をすべきか、知る必要がありましたもの」


 ハナは上品に微笑み。


「もしも恋仲ですなんて言われたら、私達はそれに協力させられていたかもしれませんわ。だけど、ユウヅツさんは姫様との関係を潔白だと明言なさった」

「!」

「ですから、私達はそのつもりで行動すればいいだけですの。姫様には殿方との適切な距離を保ってもらい、何かあれば止める。……密通の手助けをしなくていいみたいで、一安心でしてよ?」

「み、密通って……」


 令嬢のひとりがカッと頬を染める。それには触れず、ハナは話を続ける。


「つまりね、ミキヱさん。ユウヅツさんが嘘つきか否かを判断するなんて仕事、私達には任せられていないと私は思いますの」

「…………」


 ミキヱは考えて、ハナの言葉に納得したらしい。そっと顔を下に向ける。


「皆様、失礼いたしましたわ。私、出過ぎた真似をしてしまったみたいです」

「まあ。よくってよ、私達の仲じゃありませんの。ミキヱさんが姫様の身を案じているからこその言葉だったと理解していますわ」


 それから、とハナは他の令嬢の顔を見渡す。


「ユウヅツさんが何もないと言ったのですから、何もないのでしょう。ユウヅツさんが姫様に片思いとか、その逆とか、そういう勘繰りをするのも控えましょうね。……ね?」

「は、はいっ。本当にその通りですわ。ゲスの勘繰りでしたわね」


 おほほほ……と視線を投げられた令嬢が冷や汗をかきながら答える。

 話を変えるように、もうひとりの令嬢が明るく声をあげる。


「そうでなくても、私はユウヅツさん、信用できる方だと思いましてよ? ご実家でのことなんて、まったくの作り話で話せる内容ではないと感じましたわ」

「ええ、そうですわね。本当に……お気の毒で……」


 などと会話していると、琵琶を持ったユウヅツが戻ってきた気配がして、令嬢達は口をつぐんだ。


 ともあれ、ユウヅツは彼女達からの『信用』を得たのだった。



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