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〇三七 明日はワタクシが、

 


 皇子殿下はどう感じているのか。ユウヅツはおそるおそるトカクの背中を見る。何も読み取れない。


 リゥリゥは。


「だから我ら、皇室のこと信用しないね。奴ら、とんでもない恩知らず。裏切り者の血、色濃く流れてる」

「…………。……よく分かった」


 トカクは、まずゆっくりと一度うなずいた。


「話してくれてありがとう」

「……当時、血統の象徴なるもの欲しい言うから、帝の子々孫々、髪白く生まれる薬も我ら作てやった。それさえ忘れて奴ら、まるで自分らが特別と思てる」


 現皇帝陛下やトカク、ウハクの生まれつきの総白髪も、薬効によるだったらしい。それがファンタジーの賜物と信じていたユウヅツは、なんとなく打ちのめされた。


「……なるほど。潜性遺伝であるはずの色素欠乏が、しかも毛髪にだけ、何故こうも連続してきたのかと思っていたが、薬の効果だったのか。……にしても百代続くのは凄まじい。どんな薬か、とても興味深い」

「きょ、興味あるか? 売ることできないから今は作てないけど、処方箋が……、……じゃないある!」


 薬に興味を示されたことで、一瞬だけ薬屋の顔になったリゥリゥは、しかし我に返ってキッと眉を吊り上げた。


「ともかく、そういうワケある。一朝一夕で簡単に許せるものじゃないね。少なくとも、おまえ達のような下っ端が頭下げたところで、我ら一族の昔年の恨み、晴れるものじゃないと知るよろし」

「…………。……承知した」


 トカクは考える素振りをして、リゥリゥに向き直った。


「この件は一旦、持ち帰らせてもらう。かつての皇室の不義について、上に話を通したい」

「……ふーん」

「明日、またここに来てもよいだろうか」

「……ま、謝罪だけなら聞いてやってもよろし。また皇室なんかに仕えてやるかは別あるけどね」

「ありがとう」


 トカクは頭を下げた。


「ユウヅツ、出直すぞ」

「は、はい」


 踵を返したトカクに続き、ユウヅツも部屋を出る。

 扉を閉める前に、ユウヅツは深々と礼をした。




 階段を降りると、何人かの客が席を埋めていて、女給は接客に忙しいようだった。その横を通り抜けて、二人は店の外に出る。


「よし、帰るぞ」

「は、はい」


 馬車を停めていたところまで戻り、乗り込む。


 馬車が走り出すと、ユウヅツは堰を切ってトカクに話しかけた。


「ほら言ったでしょう! 皇室だと信じられてないとかじゃなくて、本当に皇室が悪かったじゃないですかっ! どうするんですか? あそこまで恨みを買った相手に、仲間になってもらうのは難しいですよ」

「たしかに、リゥリゥの話は衝撃的だった。その歴史を闇に葬ってしまったことも含めて、完全に皇室側の咎だろう」


 と、トカクはまず認めて。


「だが、今日のリゥリゥの話を聞く限り、仲間になってもらうのは難しくないと感じた」

「え?」

「リゥリゥは言っていた。一朝一夕で簡単に許せるものじゃない、おまえ達のような下っ端が頭を下げたところで晴れるものじゃない――、……つまり」

「つまり?」

「一朝一夕でなければ許せるし、上の人間が頭を下げれば晴れるということだ」

「…………」


 なる、ほど? とユウヅツは思い返す。たしかにリゥリゥは、そんなことを言っていた。


「で、でも……そういうのって、言葉の綾なんじゃないですか? 言葉尻を捉えて言質を取ったみたいにするのは、それこそ不誠実ですよ」

「今回に限っては、言葉通りに受け取っていいと思う。あの娘――リゥリゥ、かなり頭が切れる。乱雑な対応に見えたが、かなり意図して言葉を選んで話していた」


 トカクは、以前ユウヅツが薬漬けになっていた間、彼女の研究をすこし見せてもらっていた。それで頭の良さは分かっていたが……対人の交渉もできるらしい。カタコトだが大陸共通語も喋れるようだったし、ますます留学先に連れて行きたい。


「三顧の礼って分かるか? リゥリゥが望んでいるのはアレだと思う」

「……この世界にも『三顧の礼』があるんですね」

「?」


 なんだろう、とトカクは思ったが、前世の話かと分かったので流した。


「三度しっかり出向いて謝罪して、誠意を示せってことさ」

「はい」

「明日で三回目と数えて許してもらえたら、ありがたいんだが……」


 トカクは足を組む。


 ユウヅツは「でも、どうしましょうか」と困った顔をしてみせた。


「上の人間を出せ、とのことですが。殿下より上となると、皇帝陛下が出るしかありませんよね」

「ふふふ」


 トカクが破顔した。ころころと笑う。

 めずらしく冗談が通じてユウヅツは嬉しくなった。


 トカクは、屈託なく笑う時の表情が、ウハクのそれと似ている。

 ゲームだとトカクが他意なく微笑むなんてことはなかった。なので知らなかったが、皇太女殿下の顔グラ使い回しなのかなぁとユウヅツは思う。


「冗談はともかく。リゥリゥさんは、殿下が皇子様であることを知りませんからね。……明日は髪を染めず、皇子として出向いてみますか?」

「あー、…………」


 もしくは大臣あたりを連れて参りますか?と訊ねると、トカクは座席にもたれて上を見上げた。


「……リゥリゥが、さんざん下っ端扱いしていたボクが、実は髪を黒く染めてた皇子でしたなんて、騙し打ちみたいで気が引けるな」

「それは……そうかもですね」

「それに、そろそろウハクが引きこもってるって設定にも、無理が出てきたんだよな」

「?」


 決めた、とトカクは顔を上げる。


「明日は『ワタクシ』が行こう」

「……わたくし?」


 含み笑いを漏らしたトカクに、ユウヅツは首をかしげた。



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