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〇三〇 イヤなんでしょうか?

 


 薬の副作用がユウヅツを殺そうと猛威を振るい始めていた。


 三日寝ていないので身体はガタガタで頭もふらふらになっているのに、心臓がバクバクして目が冴えて、まぶたを閉じても寝られない。ずっと耳鳴りがする。そして、身体中に虫が這っているみたいにかゆい。異様に喉が渇くのに唾液はとめどなくあふれる。脳みその奥を潰される頭痛のような感覚もある。


「眠りたい……眠りたい……」

「……って言ってるけど、どうしたらいい?」

「水飲ませて放っときゃそのうち寝るね」

「違います……もう一回お薬を飲んだら楽になると思うんです……」

「ならない。帰って寝るよろし」


 ユウヅツは壁に身体をあずけて神様への祈りを捧げ始めたので、トカクはリゥリゥへ向き直った。


「無事に大陸共通語がおぼえられて良かった。ありがとう。薬の効果は確かだったみたいだ」

「当然ある。また来るよろし」

「ユウヅツが落ち着いたら、あらためて謝礼を持ってくるよ」

「? お代もうもらたある」

「心付けというやつだ。……ここで『ボク達』が薬を買ったことは内密に頼む」

「わー、お客さん気前よいね。楽しみにしてるある」


 リゥリゥは両手を上げて喜んだ。




 そうしてユウヅツを引きずるようにし、トカクは城へと帰還した。


「トカク。よく戻った。……ユウヅツ卿は大陸共通語を喋れるようになったのか?」

「ええ。なんとか。……母国語を引き換えにしただけあって、もはやボクより喋れるかもしれません」

「それは素晴らしい」


 皇帝陛下は手を叩いた。


「して、ユウヅツ卿は?」

「疲れたようで休ませています」

「無理もない。新に言葉を覚えるというのは大変なことじゃ」


 トカクはうなずく。皇帝陛下は扇子で己の表情を隠し、「トカク」と改まって言った。


「おまえが、ウハクのふりをして大陸に留学するという件じゃが……」

「はい」

「許可する。励むように」

「はっ。全力を尽くします」

「この数日、ユウヅツ卿の預言をもとにさまざまなことを調べた。外国のこともな。……ユウヅツ卿の言うことは無視できない、と判断した」


 困ったように皇帝陛下は深く溜息をついた。苦渋の決断であるらしい。


「……とにかく、目立たずに学院に通うことのみを考えなさい」

「拝命いたしました」


 トカクは頭を下げた。


 それから、女子としての心構えみたいなものを母親から指導された末にトカクは解放された。




 ユウヅツがそろそろ回復しているかな、と思って部屋に行くと、寝台に座ったユウヅツのまわりを、数人の使用人が囲んで雑談していた。

 使用人達はトカクに気付くと、ばっと寝台から離れてトカクに礼を取る。やましいことがある人間の動きだった。ひとり残らず。


(……こいつ、女をどうにかするフェロモンでも出ているのか?)


 トカクはユウヅツを見やる。『主人公』という立場上、ありえない話でないのが恐ろしい。本人は能天気を絵に描いたような表情だ。


「ユウヅツ、調子はどうだ?」

「おかげさまで、元通りと言っても過言じゃないほど良くなりました」

「そうか。何よりだ。……話があるが、聞けそうか?」

「はい」


 トカクは使用人達に部屋を出るよう命じた。使用人達はすぐさま立ち去る。


 足音が遠かったのを聞いてから、トカクは。


「ウハクのふりをして大陸へ行く許可が出た。春からは本当に女子生徒として連盟学院に通うことになる」

「! ……本当に……」

「ああ」

「女装して……」

「うん」


 トカクは前髪の分け目をさっと変えて、ウハクによく似た表情を形作った。


 昼間でも星空を背負う微笑み。

 口紅を引いたわけでもなく、格好は男のものなのに、それだけでトカクは少女に見える。


 見えるが、だからって。


「……だいじょうぶでしょうか」

「ウハクより身長が一寸高いのが気がかりなんだが、まあ成長期ってことでいけるだろう」

「他に気にするところがあると思いますが……」

「いずれ皇帝になるウハクの傷にならないよう、ボクがしっかり『ウハク』を代行する」

「…………」


 ユウヅツは寝台から降りた。


「……宮廷医さんに、身体を動かすように言われていまして。外を歩きながら話してもよろしいでしょうか」

「かまわない」


 揃って庭へ出た。


 そういえば、最近は雪が降っていない。春が近づいているのだ。


 並木道を歩きながら、ユウヅツは何やら言いたげだった。言葉をためらっている。トカクはいったい何だろうとイライラしてきた。やっぱり大陸へは付いていけないとかだったら殴るしかない。


 ユウヅツは、しばらく話題を探すような素振りをしてから、


「……あの建物、って」

「うん?」


 ユウヅツの指が南の塔を指した。


「何の建物なんですか?」

「理由あって表に出せない罪人を隔離しておくところだ。バカクがあそこにいる」

「…………」


 適当な閑話のつもりで失言しまったらしい。ユウヅツは顔色を変えた。

 トカクは、なるべく怖がらせないよう気をつけて訊ねた。


「言いたいことがあるなら言ってみろ」

「…………」


 ユウヅツは普通に怖がった。

 しかし、なんとか口をひらいた。


「恐れ多くも皇子殿下は、ご自分が皇帝になるのが、イヤなんでしょうか?」


 トカクは足を止め、勢いよくユウヅツを振り返った。


「…………」


 真顔のトカクに正面から見据えられ、ユウヅツは視線をそらすと取り繕うように言葉を重ねる。


「あの……皇子殿下はよく、皇太女殿下を皇帝にする、とおっしゃいますが……。俺はゲームで、彼女が、皇太女という立場にひどく重圧を感じていたことを知っています。ゲームでは、『主人公』と出逢い成長していくことで克服するのですが……。……その主人公がこのザマなので、皇太女殿下は今も、皇帝になりたくないと考えていらっしゃるのでは?と……思っておりまして」

「……そう、なんだろうな」


 私利私欲のために皇帝になりたがる奇特な人間はバカクぐらいのものだ。きちんと学んだ人間ほど、その重みが分かるはずである。

 それでも誰かがやらねばならない。教育を受けるうちに、他ならぬ自分がやらねばならないと思えるようになる。


 けど、ウハクがそう思えていたとはトカクにも考えられなかった。


「ですから、……未来の皇帝という立場は、差し出がましいようですが、あなたが受け継がれてもよろしいのではないでしょうか」

「…………」

「……皇太女殿下がお目覚めになった時、重圧から解放されていれば、お喜びになるのではないかと存じます。……どう、でしょうか?」



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