一三三 理由づけ
放課後になった。
「というわけで、ここはユウヅツくんに案内したことなかったかな、決闘場でーす」
「なるほど……、中央にテーブルと椅子があるあたり、カードゲームで決闘するというのは本当みたいですね」
「そこまだ信用されてなかったの?」
観客席まである、円形の闘技場のような施設。催されるのはトランプ。……なんとなく賭博の気配がするが、触れていいものだろうか。
「そこそこ野次馬が来てるね」
「殿下側の席ってどっちですか? あっち?」
「こっち側こっち側」
対戦テーブルにほど近い観客席に座る。
「……まあ、分かっていましたが、遠いですね。カードの数字までは見えそうにありません」
「いちおう拡大鏡で見えやすいようにはなるよ。でもたかが知れてるし、よほど見たいならオペラグラスで」
と言いながら、トリガーがふところからオペラグラスを取り出した。
「ま~ユウヅツくんは、ポーカーとかブラックジャックとかページワンとか、ほとんどのゲームのルールわかんないんだから、見えても見えなくても一緒でしょ。適当に解説してあげるからさ」
「ババ抜きなら完全に分かるんですが……」
「二人でババ抜きするこたないだろうね」
決闘で用いられるゲームの種目は、直前まで分からないらしい。公平を期すためだと言う。決闘の審判は、『選挙管理委員会』の元に行われるとか。
トカクとルナシー・チェックドの決闘に際し、ユウヅツとトリガーは付いてこなくていいと言われていた。……イカサマ防止のためとかで、付き人の数に制限があるらしい。
なので、観客として見ていろと。
「で、話変わるんだけど」
トリガーが足を組んでユウヅツに顔を向けた。
「皇太女様って、どうしてハナさん達の前でもぶりっ子してんの?」
「…………」
ぶりっ子とは? ユウヅツはしらばっくれた。
「いやさ、俺はあの方のこと、男勝りで気の強いお姫様が、連盟学院ではおしとやかぶるよう言いつけられてる……、と思ってたんだよ」
「はい……」
間違ってはいない。トカクは連盟学院でおしとやかぶるよう言いつけられている。
「けど、付き人の女の子達は、逆だと思ってない? 皇太女様のこと、性根のおとなしい子が積極的になろうと頑張ってるのを応援、みたいな目で見てるというか」
「ああ……」
「ハナさんとか腹心めいた人の前でもぶりっ子してるし、抜けてるぽい演技?してるみたいな時もあって、なんでだろって」
「トリガーさんにわかんないこと、俺にわかるはずないでしょ?」
「ハナさん達の前では出さない素を、ユヅぴには出してるぽいから、なんか知ってんじゃないのって」
…………。
「……殿下が、おしとやかであれと祖国の陛下や大臣様達から言いつけられているというのは、その通りです。その範囲が、連盟学院内に限っていないんです。あの方は、ハナさん達の前でも演技して、周囲を立てて三歩下がって歩くように言われているんですよ」
「ええ……なんで? 側近の皆様を見るに、明らかに女も強い方がいい国じゃん?」
「知りませんよっ。俺が知るわけないでしょそんな難しいこと。何かしらの深い理由がおありなんでしょきっと? ですから、ハナさん達の前で下手なこと言わないでくださいよ」
「……ユウヅツくんの前ではぶりっ子しないのはなんでなわけ?」
「俺もトリガーさんと同じ手合いですよ。聞いたらいけないことを聞いたせいで、俺の前で猫をかぶってもらえなくなったんです」
「ふーん……」
ユウヅツは嘘がバレないよう、目をそらさないことで真摯さを訴えた。
「まあいいや、わかった」
トリガーはうなずき。
「……ちなみに、皇太女様がなんで決闘すんのかって、ユウヅツくんなら分かる?」
「え……? 申し込まれたからでしょう?」
「それを断らなかった理由、もっと言えば喧嘩を買った理由だよ。……何かしらのお考えがあるのだろうと俺なりに意図を汲もうとしたんだけど、どうしても皇太女様が得するようなメリットが思いつかなくて、ご乱心としか思えないんだよね」
「……俺もメリットないと思います」
トリガーの言う通り、ご乱心以外の何物でもないのだが、トカクに対し心酔じみた信用があるらしいトリガーは「いやでも実は……?」と御心を探ろうとしていた。
とても考えてくれている。
ユウヅツは、このひと仕事熱心だなぁと思う。
……トリガーは、役割を与えておけばこれだけ励み取り組む。が、逆に立場を宙ぶらりんにしておくと暇を持て余し、徒党を組んで弱いものイジメをはじめる。……極端な人だな……。
二重の意味で捨て置けない人材というやつだった。
「うーん……どういう動機が……あればこうなるんだろう……?」
「…………」
ふと。
ユウヅツは、『どういう動機があればトカクの失態を取り消せるか』を、トリガーから聞き出せるのではないかと思いついた。今からトカクができる『言い訳』を、トリガーに考えてもらうことが。
理由づけである。
「……トリガーさん、発想を逆転させてみましょう」
「ああ?」
「決闘を受けて立つことで、殿下には何のメリットにもならない……。となると、殿下は他者のメリットを考え……誰かのために汚れ役を引き受けている、と考えるのが自然でしょう」
「自然かな? 誰かのためとか、そういうの。……何、推理してみろって?」
「推理してください。何か思いつきませんか。……トリガーさんだって、世のため人のために動いたことくらいあるでしょう?」
「ぜんぜん無いけど、そうね」
ぜんぜん無いと言い切れるのもすごいな。とユウヅツは思ったが黙る。
「さあトリガーさん。この決闘が開催されることで、いちばん得をするのは誰ですかね?」
「胴元。賭けごとは胴元がいちばん儲かるって決まってっから」
「……え、やっぱコレってお金賭けられるんですか?」
「公式にはないけど、勝手に賭博をひらいちゃう良くないグループがあんのよ」
あんのよ、と他人事の声色で言ったが、トリガーもごりごりに関わったことのあるグループだった。
「けど、皇太女様がそんな連中のためにこんなことするとは思えないし、それ以外だよな?」
「そ、そうですね。それ以外で何かありますか?」
「ん~……?」
トリガーは頭をひねる。
「……得、とは違うけど。皇太女様が決闘の話に乗ったことで、いちばん助かったのはチェックドだよな」
「? ルナシー・チェックド嬢ですか? それは何故……」
「そもそも他国の皇族に喧嘩を売ったりしたら、危ういじゃん自分の立場とか。下手打ったら怖いし、俺なら絶対しないね」
「…………」
他国の皇族の召使いを校舎裏に呼び出していびるのはいいのかよ。
……いいんだろうな貴族の価値観だと。何も言うまい。
「で、チェックドにとっていちばんマズイ展開って、自分が、他国の皇太女に対して身分不相応にも一方的に突っかかる図になることだったと思うんだよ」
「……一方的に突っかかる図」
「そんで被害を訴えられて加害者として裁かれるのが、考えられる限りで最もチェックドにとってマズイ展開。そう思わない?」
「そうですけど、だったらそもそも嫌味なんか言いに来なければいいって話になりませんか」
「皇太女様やハナさんの『事を荒立てたくない』という穏健着実主義を知っていれば、「ちょっとした嫌味くらいなら言っても平気だろう」と判断を下すのもわかるよ」
——まあ、ぽっと出の編入生に大きい顔をされることに、よほど鬱憤が溜まっていたんだろうとも思うけど――というトリガーの補足。
……それで、どうして決闘の話に乗ってもらったことでチェックド嬢は助かった、という話になるのか?
「問題を単純化しちゃうとさ、決闘を申し込んで、断られるのが一番ダサいじゃん?」
「……ああ。そういう……」
「あとは、決闘って形を取ったことで、国とか姫とか関係ない個人の話っぽい雰囲気になったじゃん。それに、一方的に突っかかる図じゃなくて、どっちもどっちの小競り合いに見えるようになった」
とトリガーは言い、そして、自分の言葉に「ん?」と首をかしげた。
「え、じゃあ皇太女様は慈悲深くも、ルナシー・チェックド嬢の顔を立てるために決闘を受けてあげたってこと? そういう話?」
「それいいですね。それでいきましょう。そうだったことにできないか聞いてみます」
「そうだったことにって何? 本当は違うの? ねえ正解は何?」
まさか正解のない問題を出されていると知らないトリガーは答え合わせを求めた。
「え~……。チェックドのため説が違うなら、チュリー・ヴィルガ王女のため説とか?」
「うん? それはどういう説ですか」
「いやもうシンプル珍説愚説よ。ヴィルガの王女様、「私のために争ってくれるなんてうれしい」とか言ってたじゃん。皇太女様はお友達を喜ばせるためにこのようなことをしでかしたという――」
「そうではないと思うけど、もしそうなら注意してさしあげないといけないわね。親友として」
背後からの声に、ぎょっとユウヅツとトリガーが振り返った。見下げてくる紅玉の瞳。
たった今名前が出たばかりの少女、チュリー・ヴィルガが、黄金の髪をなびかせて立っていた。
「ごきげんよう。ウハクさんの勇姿を見に来たの。そこに座ってもよろしいかしら?」
……お、お姫様だ〜〜っ!