表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

136/150

一三二 剣なわけ




 もう遅いと分かりつつ、トカクは胃の中のものをすべて吐いてきた。

 毒物を盛られた際の訓練はしていたが、実践は初めてだ。


 吐いたら異様にすっきりしたので、やはりあの薬は本当に男体に害だったらしい。うぐう。


「決闘すると言ってしまったものは仕方ありませんわ。さあ姫様。放課後、どうするか考えませんと」

「うん……」


 トカクはしおらしくうなずく。遅まきながらウハクらしさを取り戻そうと躍起になっていた。


(……と、ここでしおらしくして見せても、放課後には決闘がある……。ちゃんとウハクらしくできるだろうか……)


 練度は無意識の構えに出るからなぁ。


「……俺あまり詳しくないんですけど、その決闘って、代理人を立てるわけにはいかないんですか? 殿下を……お姫様を戦わせるわけにいかないと思うんですよ」


 同じく『トカク』が決闘場に立つのはまずいと分かっているユウヅツがそう問うた。

「ケガしたらまずいし……」と付け加える。


 シンプルに、男子であるトカクが女子をぼこぼこに叩きのめしかねない状況は恐ろしかった。身体能力で正体がバレかねないし。


「向こうが代理人を立てないなら、こちらが立てるわけにいきませんわ。そんなことをすれば次期皇帝の名折れですもの」

「私が代わりたいくらいですが……。姫様が決闘するっておっしゃったのに、姫様が出ていかないのは、格好がつきませんわよね……」

「いやワタクシじゃなくて! 決闘しろって言ってきたのは向こうで!」


 言い返しかけ、トカクは口をつぐんだ。ここは猛省のポーズを見せた方がウハクらしい。


「……ちなみに、殿下の剣の腕前はいかほどなのでしょうか?」

「けっこう強いよ。おまえのクビなら片手で取れる」

「なんで嘘つきますの姫様?」

「護身術の一環で習ったことがあって、一通りの型はこなせるくらいでしたわよね。充分だと思いますわ」


 ……なるほど。ユウヅツは二重の意味で納得を示す。


(……つまり、片腕だけで人を殺せるくらいの腕前があるけど、決闘の場では、護身用にかじった程度を演じる必要があると)


 ……弱いのに強いふりをするよりは簡単だろう。今回は楽そうでよかった。


「では、ケガしないように準備運動がてら、練習しておいた方がよいのでは?」

「ああ。体調も良くなってきたし、ちょっと打ち合いでもしておこうかな」

「姫様、何度も言いましたが、あの方に勝つ必要はぜんぜんありませんから」

「勝ったところで良いことありませんもの。負けるが勝ちですわ」

「剣なんて持たなくていいんですよ、姫様の剣は私達なんですから」


「……剣なわけなくない?」


 という声に、一同はトリガー・カタプルタスに目をやった。


「? 剣なわけなく……なんですか?」

「いや、剣であるわけないって。なんか当然のように、剣技で勝負みたいに話が進んでるけど。ご令嬢と姫君の決闘が、長物の打ち合いになることないから」

「???」


 一同は顔を見合わせて目を白黒させた。


「え、でも『決闘』と言っていましたよね?」

「ええ。大陸共通語の『決闘』って、剣のことですわよね?」

「な……なんか翻訳の時点で間違いがあると思う! 少なくとも、今回は絶対に剣じゃないっす、信じてください!」


 叫びながらトリガーはユウヅツの肩をはたく。


「ユウヅツくんも! なんかおかしいと思わなかったの? 自国の皇太女様にチャンバラさせるの危ないから代理立てたいって発想はあるんでしょ? 剣なわけなくない!?」

「でも、たぶん剣と言っても竹刀とか、殺傷力ないやつですよね?」

「いやだから、剣じゃないのよ!」


 剣じゃない……? にわかに室内がざわめいてきた。

 話が違ってくる。


「剣じゃないってことは、まさか素手喧嘩ですの?」

「いくらなんでも野蛮すぎますわね連盟学院……」

「あんまこういうこと言いたくないですけど野蛮なのはあんたらだよ!」

「ああ?」


 すわ未開の蛮族扱いされたのかとトカクがいきり立って腰を上げかけたが、いけない今のボクはウハクだったと座り直した。


「…………」


 ユウヅツは、よくよく考えてみれば学園で決闘でチャンバラってなんかおかしいな……?と気づき始めた。

 前世では、そういう学園モノは王道だったから、この世界がそうであることにも特に疑問を抱いていなかったが。現実的ではない。


 なるほど、貴族のお嬢様らしく、なんか、刺繍で決めるのかな?


「ではトリガーさん。この、ルナシー・チェックド嬢との決闘って、何をさせられるんですか?」

「カードゲームに決まってるでしょ」

「かあどげえむ!?」


 トカク達が一斉におののいた。


「絶~~っ対に嘘。そんなわけないもの。あんな紙切れ遊びで何が決められるのよ」

「百歩ゆずって剣じゃなかったとしてもカードゲームは違う。カードで戦争ができるわけ?」

「負けた時に自分が敗者だと納得できなければ戦う価値がありませんもの」

「手札ってアレ運じゃない。剣闘の方が運否天賦に左右されないから確実ですわ」

「決闘っていうなら純然たる暴力で打ちのめすか打ちのめされるかしないと矛の収めようがないでしょうよ」


「……ユウヅツくん、おまえの国って女子みんなこんなんなの?」

「だとしたら、なんか問題あるみたいな口ぶりですね?」

「……海の向こうの価値観も知っておいた方がいいよ、知ったうえで無視するのは自由だけど」


 というか。とトリガー。


「そもそも、普通のご令嬢は剣の稽古なんかしてないんすよ。チェックド嬢だって、棍棒の一本も握ったことないはずですよ」

「……!? じゃあ、大陸の女性は何を使って戦いますの?」

「戦わないんすよ……」

「た……たたかわない……!?」

「もしかして貴方、なぞなぞを出していらっしゃる?」


「なぞなぞじゃないっす。言葉通り、カードで決めるんすよ学院では。……信じられないなら他の人にも聞いてきたら?」


 女子たちはいまだに「ほんとうに!?」「カードゲームなの!?」と大騒ぎしている。


 大陸では『女性は武道をやったりしない』が当然のことすぎて、開国後、大瞬帝国で唱えられることがなかったのかもしれない。…………。


(……というか、カードゲームって……。あのゲーム――『スタ☆プリ』で期間限定イベントやってる時にたまにあったアレじゃないか?)


 ミニゲーム。


 ……攻略対象の誰かとトランプで、ババ抜きやポーカーの最後の一手だけプレイして、勝敗でキャラクターのセリフが変わるやつ……。敗北セリフと勝利セリフを聞けるやつ……。


 ウハクとババ抜きとかチュリーとバカラとかあった。敗北セリフどころか、それを使った音MADまで思い出せる。


(あ、思い出してきた……。いつだったかのエイプリルフールイベントで、トカク皇子と対戦できたんだよなぁ……。鬼のように強くて勝ちようがなくて、結局、敗北パターンが用意されてないってんで小さめの炎上が起こったんだよな……)


 トカクと神経衰弱だったっけ。メインヒロインの双子の兄という立場ながら、トリッキーなキャラだったよなぁ。


 ……ミニゲームの話、本編にあまり関係ないと思って触れてこなかったけど、そういや殿下に一回だけ話したかも?

 と思い出してユウヅツはトカクの表情をうかがう。


 やはりトカクはおぼえていたようで、「ミニゲームだな」とうなずいた。


(あれがここにかかってくんのかよ……)

 トカクはひたいを押さえる。


 ……事前に分かってよかった。カードゲームしようとしているところに木刀片手に殴り込むかたちにならなくて。ちょっとおもしろすぎるし、ちょっとでなくシャレになってないし。


「大陸にはワタクシ達の知らないことがまだまだたくさんあるみたいだな……」とトカクはまとめた。


 それに、女子生徒相手に剣をふりまわすよりは体裁が良い。トカクはほっとする。カードゲームなら筋力差が問題になることもあるまい。


「わかったトリガー。情報に感謝する。カードゲームといっても色々あると思うが、どんなものか教えてもらっていいか」

「はい」


 トリガーは一礼してから。


「学院内、それも決闘で使われるカードはだいたいがライラ式です。枚数は計四十枚。柄は四種。ハート・スペード・ダイヤ・クラブで…………」


「――ウハクさん!! いらっしゃる!?」


 ドンドン!と部屋の外からけたたましいノックが聞こえてきた。

 チュリーの声だ。


「……チュリー様?」


 扉をひらくと、血相を変えたチュリーがトカクのもとへ飛び込んできた。側仕えが後に続く。


「ねえ! ウハクさんが決闘するとか噂になってるんだけど、何かの間違いよね!?」

「事実です」

「うそぉ!?」


 チュリーが両手で口をおおった。


「…………」


 しばし絶句する。言葉がないようだ。


 トカクの矯正によりチュリーがなかば良識を得てきていたのが裏目に出た。トカクの奔放について正面から受け止め、真摯にドン引きしてしまっていた。


「……本当なの? 絶対うそだと思ったから、絶対うそだと思うわって言い返してから来たのよ?」


 ゆ、ユウヅツの野郎と似たようなこと言ってる。

 トカクはふるえながら問いかけに首を縦に振る。


「えええ……。どうしてそんな話になるのよぉ」


 喧嘩のきっかけはチュリーなのだが、そこまでは情報がまわっていないらしかった。


「ウハクさん、どうしちゃったの? 他人を怒らせても良いことないとか敵を作るべきでないとか、教えてくれたのウハクさんじゃない」

「チェックド嬢が喧嘩を売ってきたんですよ……」

「売ってたから買っただけなんて言い訳、覚せい剤なら通らないのよ?」


 なんでチュリーもユウヅツもこんな時ばかり正しいことを言ってボクを苦しませるんだ? トカクは脳内で八つ当たりをした。いつもネジの抜けた浮世離れのド天然ばかりかましているのに。

(チュリーについてはトカクの説教が実を結んだ結果だったが)


 ちょっと前のチュリーなら「決闘するって本当? 私のお友達だものウハクさんなら勝てるわ、がんばってね!」で済んでいた気がする。

 それを思えば、たしかにチュリーは成長しているのだろう。それは喜ばしい……。


「ねえハナさん、ウハクさんってどうして決闘するはめになったの?」

「姫様は、チュリー・ヴィルガ王女のご友人としてふさわしい人間であることを証明するべく決闘を受けまして……」

「え!? 私のためってこと?」


 ぱっとチュリーが頬を喜色に染めた。


「あらあら、そうならそうと言ってくれたらいいのに! もうすっごい応援しちゃう。がんばってねウハクさんっ」

「……何故そんなに嬉しそうなんですかチュリー様……」

「私ちょっとあこがれてたのよ、私のために争わないでってやつ」


 チュリーは両手を胸の前で組んだ。『女王様』の微笑み。人が変わったようだと噂される以前の。


「私のために争わないで……――前に音楽クラブで暴力沙汰が起こった時、ウハクさんトコの男の子が言ってたって噂になってたのよね。私も一生に一度は言いたいセリフよねって思ったわ!」


 チュリーの悪いところが出た。

 流れ弾、どころでない言葉の弾丸に当たったユウヅツがわき腹を押さえた。胃痛が走ったらしい。


 そういや言ってたかそんなセリフ、トカクはあの時かなり気が遠くなっていておぼえていない。つーか噂になってたのかよ。


「特等席を取らせなきゃ。私のために争ってくれるなんて嬉しいわ。ウハクさんが勝ってくれなきゃイヤよ?」

「チュリー様、あの……。…………」


 チュリーには、そんなふうに他人の失態をわざわざあげつらうものではないと注意したかったし、そもそも自分のせいで争いが起きることを喜ぶなと言いたかったが、今のトカクが何を言っても説得力がない。


「……というか、今更ですがワタクシは、勝つことで余計に目立ちたくないので、ある程度の体裁を整えてから負けようと思っています……」


 トカクは細い肩を落としたのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ