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一三一 お友達バトル




「殿下! なんか殿下が決闘するって噂になってるんですけど、根も葉もないですよね!?」

「本当よ」

「ええっ!? 嘘っ!?」


 ハナの答えにユウヅツはずっこけた。完全に嘘だと思って、なんでそんな根も葉もない噂が?と思いながらここまで来たのに。


「じゃ、じゃあ……殿下がルナシィ・チェックド嬢という方と廊下でケンカになって、決闘してやると啖呵を切ったってのも本当なんですか!?」

「おおむね正しくてよ……」

「ちがう! 決闘を申し込んできたのはあっちだ。ワタクシは受けて立つと言っただけで……」

「なんでそんなこと言っちゃいますの姫様はぁ~」


 部屋の奥にいたトカクが聞き捨てならないとばかりに起き上がってきたが、キノミやコノハによってソファに戻された。


 ユウヅツは、殿下どうしたんだろう?と思う。


「まさかと思ったのに、本当だったんですか……。絶対に嘘と思ったから、絶対に嘘だと思うって、言い返しながら来たのに。訂正しに行った方がいいですか?」

「一旦おとなしくしてて。……もうそんなに噂になっていますのね。ユウヅツさんはどこで噂を聞きましたの?」

「どこっていうか……」


 ユウヅツは。


「授業を受けようと座ってたら、音楽クラブ時代の知り合いが、噂になってるよって教えてくれて……」

「そう……」

「それで殿下のところに行こうと歩いてたら、その道すがら次々と、いろんな人に声をかけられて、教えてもらいました」

「そんなに噂になってますの? …………」


 ハナはさっとトリガーの方を見た。トリガー視点の話を聞きたいらしい。


「噂になってるのも本当でしょうが、ユウヅツに教えてやらなきゃという親切心か責任感を持つ人間が異様に多くいたせいで、異様に大勢から教えられた感じっす」

「そう……」

「すわ英雄の凱旋かってくらい声かけられてマジ気持ち悪かったです」

「!?」


 …………。


「……というか何があったんですか? 殿下らしくもない……」


 殿下らしくもない?という言葉にはトリガーが首をかしげた。本性を知っているので。

 ……正確に言えば、ケンカっ早さ自体はトカクらしいが、『ウハク』のふりをするトカクらしくない。目立ちたくないはずなのに。


「なんだって、そんな大騒ぎを……」

「おまえに言われたくないよ。……ワタクシだって、どうしてこんなことになったのか分からない……」


 トカクは重たい頭を押さえる。


 トカクは脳内で回想をはじめた。







「チュリー様に気に入られたからって、いい気なものですね」と言われて、トカクの脳は急速な回転を見せた。

 目の前にいる少女――ルナシィ・チェックドについて、知っている限りのプロフィールを文字に起こす。


 連盟学院に入学してすぐ、トカクは全校生徒の顔と名前をおぼえていた。おぼえておけば役に立つと思ったからだ。


 そして、ユウヅツが刺されかけたのをきっかけに、生徒達の名前以上の情報も、集められるだけ集めて頭に入れていた。


 なぜなら、音楽クラブで事件を起こした女に婚約者がいるのを知らなかった件を、トカクは猛烈に悔いていた。気付かずにいた自分に、ムカついて仕方なかったのだ。


 なので、二度とムカつかずに済むよう、誰々に婚約者がいるとかいないとか、どこの派閥だと誰とか敵対しているとか、わかる範囲で網羅した。


 そのプロフィールによれば。


(ルナシィ・チェックド。カリーナサギタリウス王国の令嬢。たしか侯爵家とか? ……でありながら、ライラヴィルゴのチュリー・ヴィルガ王女の周囲にいる理由は単純)


 彼女の嫁ぎ先がライラヴィルゴだからだ。


 彼女は、チュリーの従兄の許婚だ。ルナシィは卒業後、ライラヴィルガ王国の一員となる……。それも王族の親戚という立場で。


 そして、おあつらえ向きにチュリー・ヴィルガは同い年。


(ルナシィは、正統な王女であるチュリーとお近づきになり、仲良くしておきたい)


 どころか、仲良くしておけと実家や婚家から圧をかけられていてもおかしくない。


 ……しかし、チュリー・ヴィルガのあの性格。

 もとより「従兄の妻」なんかに興味がないチュリーは、友達付き合いを簡単に拒否。

 取り巻きのひとり、としか認められず、伝書鳩程度の仕事しか任されなかった。


(それでも、チュリーが誰にも心を許さない女であれば、体裁が保てた。チュリーと仲良くなるのは誰にも不可能なのだから仕方ない、と……)


 そこに『ウハク』があらわれた。

 彗星のごとくあらわれて、チュリー・ヴィルガの親友の座をかっさらっていった女が……。


(――から、たしかに、嫌われてもおかしくねーな……)


 トカクの想像が含まれる推理は、あながち外れてもなさそうだ。


 と、ここまで一瞬で思考した直後、頭を使いすぎて強烈な負荷がかかり、トカクは眩暈をおぼえた。


「…………」


 そうだ、ボクは具合が悪かったんだ。こんなことしてる余裕ない。


 この、人がたいへんな時に、なんだこの女は?

 トカクは苛立ちを、笑顔の形に顔をゆがめることで隠す。


「……ええと……どういう……」

 と小首をかしげて、トカクは自分の従者たちを振り返った。

 当然ながら彼女たちは、自分の主人をバカにされて眉を吊り上げていた。


 トカクは反比例させるように眉尻を下げた。――『ウハク』のかわいい顔でオロオロしてる間にハナ達になんとかさせるやつ、をやろう……の魂胆だ。自分で言い返すと、同じ土俵に立ったみたいで気にくわないし。


「…………」


 体調不良と一緒に、なんだかずっと不快感が体中をかけめぐっている。とげとげしいものが心臓の内側にあって張り詰めている感じ。

 眠りたい……。


 とトカクが己の内側に目をやっている間に、ハナ達はトカクをかばうように前に立っていた。


「姫様が大瞬帝国の皇太女と知ってのことか」などと言っていた。


 そうだいいぞ、早く切り上げて休ませてくれ。


 ルナシーは慇懃無礼に形だけの謝罪を済ませた。


「ふん……行きましょう、姫様」

「あなた、顔おぼえましたわよ」


 退散を促される。

 三下みてーなセリフ言ってる奴いるな……。誰だ? コノハあたりか?


 まあ、なんにせよ終わったみたいでよかった。ぜんぜん聞けていなかったが、ハナがいるなら悪いことにはなっていないだろう。


 いつの間にか奥歯を噛みしめていた。トカクは全身に入っていた力をゆるめる。


「ワタクシは気にしていませんから。それではルナシィ嬢。またチュリー王女のお茶会で」


 体調不良を隠しきった完璧なカーテシーを見せ、トカクはきびすを返した。


「――言っておくけど、チュリー様のお友達にふさわしいのは、本当は私ですからっ」


 まだ言うか。こいつ。


 ……強いてトカクの落ち度をあげれば、チュリーのお茶会にゲストとして招かれることのないルナシィに、お茶会で会おうと言ったのは嫌味だった。お茶会の時チュリーの後ろに突っ立ってる時に会おう、とは。


 無視して歩いていいかとトカクは判断したのだが、ハナが立ち止まってしまった。


(……今のボクは、具合が悪くて、帰りたい気持ち専行で動いている……。なら、通常であるハナの方が正しい判断をしてるはず……)


 トカクも足を止めた。半身だけ振り向く。


 ルナシィの表情を見ようとしたのだが、うまく焦点が合わない。


 とにかくだるい……。


「私の方が努力してきました。チュリー様のお友達になるために勉強してきたのです。そのために学院に入ったと言って過言じゃないのだから!」

「…………」


 頭痛がガンガンと音を鳴らしそうな思考の中で、トカクは自分の想像が外れていなかったのを確信した。


 ルナシィの言葉を受けて、おほほ!と側近達は顔を見合わせて笑った。ひたいに青筋を浮かべながら。


「ねえ聞いたぁ? あのひと、いずれ皇帝になる姫様よりお勉強されたそうよ?」

「その成果はいかほどなのかしら」


「…………」


 ルナシーは黙った。


 うん、さすがは皇太女の側近に選ばれた女たち。あんまり『ウハク』やトカクの前では出さなかったけど、嫌味ぐらいはお手の物だな。


 という冷静な思考をしたかったのに、トカクは頭に血が上っていた。感情でなく身体の方が、怒りに向かっている。


 嫌味の応酬をしようとしているハナを押しのけ、トカクはルナシーの前に出た。


「――さっきからワタクシが、かわいい顔でオロオロしてる間に、好き勝手を言いやがる!」


 トカクはルナシィの顔を指差しながらずんずんと進んだ。迫る指にルナシーは後ずさった。


「『ウハク』がどれだけ苦労してきたか、あなたの目で見て分かるものか。手前の祖国がどれだけ立派と思っているか知らないが、曲がりなりにも国を背負う重圧が、友達作りに劣るものだとのたまうような浅はかな女子に」

「な、」

「だいたいワタクシはチュリー様のためだけに通学しているわけじゃない。王女殿下に取り入るための勉強なんて笑わせる。これほど知的好奇心を刺激される学び場にいて、魂胆がそれしかないのか? そんなチャチな動機で動いているような人間だから、チュリー様の目に留まらなかったんじゃないのか」


 トカクはルナシィの鎖骨あたりを突いた。骨がコンと鳴るほどの勢いで。


「これだけ努力したのにお友達として扱ってくれないなんてひどいって、チュリー様に言ってみたらいい! それすらできない意気地なしなら意気地なしらしく木のうろにでも喋っておけばいいものを、みすぼらしい泣き言を、ワタクシの耳に入れやがって。使節だの駐在だのでうちによこす人材は使えないグズばかりだし、大陸の連中はうちの国をゴミ箱と勘違いしてるんじゃないか!?」

「姫様、そのへんで!」


 ハナのストップがかかった。


 とトカクはハッとする。トカクが我に返るだいぶ前からハナはトカクの肩を掴んでいたようだ。


 あれ、ボクはどうしてこんなことを、こんなどうでもいい相手に何を。


 と脳の冷静な部分は言ったのだが、いかんせん冷静さを残している部分が全体の一割にも満ちていなかった。倦怠感にまみれながらも爆裂しそうな焦燥を溜めている、身体の方が言うことを聞かない。


 たとえるなら、脳の熱い部分と心臓が、口と直結してしまっていた。


「…………」


 冷静さを取り戻したからというより、言いたいことをおおむね言ったことでトカクは黙れたようなものだった。


 しかし、相手が無反応に近かったことで、また言いたいことができてしまった。


「おい、おしまいか? みすぼらしい泣き言に続きはないのか!?」


 という問いかけに、手袋が返ってきた。


 当然ながら贈りものではない。

 ルナシーは、着けていた白手袋を外すと、それをトカクに投げつけたのだ。トカクはそれを空中で受け取った。

「ちょ……」と横でハナが息を呑んだが今のトカクにはどうでもよかった。


 手袋を投げつけるのは決闘の申込みを意味し、それを拾うことは了承を意味する。


「……そこまでおっしゃるなら、勝負しましょうウハク様」

「勝負? 何の」

「悔しいですけど、実際にチュリー様にお選びになったのはあなたです。でも、それは『ふさわしい』からではないのでは? 確かめましょう、本当にチュリー様と友達にふさわしいのはどちらだったのか……!」


 いつの間にか見物人ができていた。廊下の真ん中で険悪な会話をしていたのが目立ったらしい。


「決闘か。それで気が済むのならかまわない」

「今日の放課後、西棟の第三講堂でよろしいですか?」

「その頃には体調も良くなっているだろうし、治っていなかったとしてもハンデと思ってくれてやるよ」


 トカクは長い髪をかきあげた。


「いいだろう、受けて立ったルナシィ・チェックド! どちらがチュリー様にふさわしいか決めよう……お友達バトルだ!」


 衆人環視の中での宣言で、言い逃れはできそうもなかった。


 そしてトカクはハナによって引きずられるようにこの部屋に閉じ込められて、今に至る。





 トカクは回想を終えて頭を抱えた。


「今はだいぶマシになっているんだが、さっきは本当に自分の体が自分じゃないみたいで……!」

「でも、こういう姫様の発作的な行動力の強まりに立ち会うと、ああ姫様にお仕えしているなって実感しますわ」

「嘘だろ!?」


 ウハクならこんなことしなかったろ!

 とトカクは言い返そうとしたが、だとすると「じゃあなんで今したの?」という話になりそうなので口をつぐんだ。……今ならつぐめるのに、何故さっきはあんな……!


「お友達バトルって何ですか殿下……負けた方がチュリー・ヴィルガ王女のお友達をやめたりするんですか?」

「うるさい。おまえに冷静に言われると自分が情けなくなるからやめろ」

「…………」


 ユウヅツはそれを最後に本当に黙った。口を一文字に結んですすっと人の影に隠れる。


「ともかく、決闘なんて困りましたわ……。どうしましょう……」

「というか姫様は具合が悪いのに。そっちをどうするかだって……」

「そういえばそろそろお昼だし、食後にまた風邪薬を飲んだ方がいいじゃなくて?」

「朝にお渡ししたのは炎症止めですので……。ちゃんとした風邪薬の方がいいのでは?」


 と話していると、「炎症止め」にトリガーが興味を示した。


「大瞬の薬って、どんななんですか? こっちとけっこう違うって聞いたんすけど」

「こういうの」

「おお……見た目が素朴〜」


 バカにしてる?とコノハが眉をひそめた。

 トリガーは「違う違う」と取り繕う。


「味見していいすか?」

「いいけど、男の人には禁忌よ、これ」

「じゃあダメじゃない!? なんで一旦いいけどとか言ったの? こわっ」


 トリガーは出していた手を引っ込めた。


「少量なら平気だと思う。なんか、男の人が飲むと、一時的に怒りっぽくなったり衝動性が抑えられなくなるんですって」

「…………」


 ユウヅツはぽかんと口を開けた。それから。


「殿下! 殿下には関係ないことですがこの薬、男の人が飲むと怒りっぽくなるらしいですよ!!」


 聞こえたわ。


 何にもうまくいかねえ。





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