一二七 悪魔の封じ方
「いい話を持って参りました、プリンセス!」
大仰な口ぶりでトリガーは、まずトカクと、その横に控えるハナの関心をひこうとした。
トリガーにとって、人に話を聞いてもらう時に重視するのは真摯さではなく外連味である。
というか日頃の生活態度が悪すぎて、付け焼き刃で真摯さを感じさせることができない。
「あなた様に任せられているユウヅツくんのことなんですがね! まあ、ちょっとトラブルを招きやすい性格というか体質というか、……ちょっと俺の方もですね、問題の把握がしっかりできていなかった感はございまして! 昨日、遅まきながら自分の仕事を理解しまして、考えてきました、今後の対応策!」
「ふむ」
「確認なのですが、皇太女様の目的はユヅリハが問題を起こさないことであって、女子生徒と関わらせるなというのは、その手段。他人との交流を断つことが目的ではないのですよね!?」
「ええ、当然です。それで間違いありません」
トカクは「続けて?」とうながす。
トリガーは一度うなずき。
「そこで俺は、どういう時にユヅリハの周囲でトラブルが起きたのか、逆にどういう時はトラブルが起きなかったのかを自分なりにまとめました」
「へえ」
それで浮き彫りになったのは、『大瞬帝国の側近一行』としてまとまって行動している時は何も起こらなかった、という事実だった。
船で数日、大陸に来てずっと、……学院に入学してからも、『女子と一緒にいるのに』、とてもおだやかに過ごせている。
……裏付けの為、キノミを始めとする側近の少女達から聞き取りをしたが、彼女達の間には、『ユウヅツが原因のトラブルの種』も特になかった。
音楽クラブを一瞬で瓦解させ、図書室で波乱を起こしかけたユウヅツが、何故か大瞬帝国従者一行のうちにいる間は、何の問題も起こしていない。
「これを偶然とするのは容易いですが、俺はここに、なんらかの理屈があると確信しました」
というか理屈がなければどうしようもないので、トリガーはここにあると信じるしかなかった。
「えー、それで、音楽クラブや図書室の一件に関わる人数や男女比、諸々の要素を比較し――……」
と、あれこれ並べたが結論は。
「ユヅリハは俺と二人より、もう少し人数のいる、ある一定の集団で行動させたほうがいいと、恐れながら進言いたします」
「ふむ……」
「いえ、もちろん、また皇太女様に同行するよう配置を戻すべきという話ではございません! ですがユヅリハは一人にしておくと周囲が放っておかないし、適当に大勢の中に放り込むと制御が効かない。しかし俺と二人きりで行動し続けるのも完全ではない。……この問題を解決するためには、完全に他者を避けるより、むしろ、集団の中に入り、前後を固めた方がいいという話です」
「しかしカタプルタス。集団に入れた結果として、音楽クラブでの暴力沙汰になったのですよ?」
「はい、承知しております。ですから、『ある一定の』集団と申しました」
トリガーは商人じみた作り笑顔で。
「三つの要点を押さえ、あなた方の組織形態に近い少人数集団を作り、そこにユヅリハをはめ込めば悪魔封じが可能です」
悪魔封じとか言い出した。
「おいハナ、あいつ悪魔封じとか言い出したぞ」
「……それで、カタプルタス。三つの要点とはどういうものですの?」
とハナが問う。
「まず一つめ」
トリガーは指を三本立てた。
「頂点にいる『王』。絶対的な権力者が一人いること」
かつ、その王がユウヅツにそういう意味での関心を寄せていないこと。トカク――ここでは『ウハク』のことである。
「二つめ。その下にいる『配下』の人数が、王の目の届く範囲の人数……多くても、ユヅリハを入れて七人までであること」
ハナ達従者はユウヅツを入れて六人だった。
「三つめ。その集団に共同体意識があり、排他性を持っていること」
「排他性?」
「なんらかの共通項によって選民されているチームである、ということです。もしくは、流れでつるむようになったとかじゃない、なんらかの目的を有する集団であるということ」
『ウハクの従者』として選ばれたという仲間意識。あるいは同郷のよしみ、みたいな。
「この三点を守れば組織内でのトラブルもなく、また組織外からの過剰な接触も避けられます!」
「……なるほど」
トカクはうなずく。
まとめると、「教師一人、生徒七人の教室なら全体に目が届く」みたいなことだ。
少人数の方が人間関係のトラブルに発展しづらいのは、道理である。大勢集まるほど擦り合わせが難しくなる。
そして、圧倒的なトップの存在。そして団結……。
かつ、『あのグループの〇〇』という肩書きを得れば、集団外の他者とは一線を引けるという話。
ここまではトカクの考えと一致した。
「……しかし、それで?」
トカクは両手を膝の上で組んだ。
「ユウヅツに問題を起こさせないための、理想の組織形態は分かりました。それで……それがどうしていい話になるのでしょう?」
トカクはすっとぼける。
「それが分かっただけでは問題の解決にはなりません。そんな都合のいい組織のあてがあるのでしょうか?」
「ここからがいい話です、プリンセス」
トリガーは冷や汗をかきながら宣った。
「俺が作ります。都合のいい組織を。俺が『王』の立場で、ユウヅツくんを入れた五、六人をまとめて制御して、……かつ、クラリネッタ嬢を取り入れやすい組織を作ります、任せてください!」
「何を目的とする組織ですか?」
「ダサいから俺は本当にイヤなんですが、仕方がないので読書会を設立します」
読書会。
本好きが集まって本について語る会合である。
トリガーがここで言っているのはサークル活動としての読書会だ。
部員同士でひとつの本を読んで、その内容について語るという……。本を読まないトリガーには何が楽しいのか想像もできないが……。
「読書会なのは、クラリネッタ嬢が興味を持ちやすいと思ってです。個々の意見の追求を重視するためという建前で少人数、五人程度での活動を目標に掲げ……後からクラリネッタ嬢を勧誘しやすいように女子生徒を中心に人を集めます。俺、本当にこういうの得意です!」
「うん……」
「行動の許可をください!」
「…………」
一連のトリガーの提案を聞いて、トカクは。
(……思っていたより理想通りに動いてくれたな)
と感心していた。
トリガーの計画は、ほぼほぼトカクの考えと一致する。
かつ、連盟学院の不文律にもくわしいだろうトリガーがこれを提案してきたというのは、この計画が突端なものでないという充分な証拠だ。
……トカクの誘導か命令かで、こういう流れになるよう促そうと思っていたのだが、トリガーは自分で考えてきた。
これは良いことだ。自分で立てた計画の方が、身が入るはずだから。
どうも、トリガーは使える。
仕事をしなければ、と思わせれば、ちゃんと仕事をしてくる。
使えるヤツをこれからも使うために、『ワタクシ』はどう応じるべきか。打算。
「…………」
却下されたらどうしようかと恐々しているトリガーを見下ろして、トカクは膝を打った。
「すばらしい!」
それからトカクは優雅に手を叩く。
「自分の力量をわきまえ、見栄を張ることなく上に伝え、自分にできる改善策を持ってくる。なかなかやる男じゃないか。気に入った」
掛け値無しの笑顔を見せる。
それからハナを振り返った。
「なあハナ。カタプルタスの言ったとおりにさせていいよな?」
「そうですわね。それでよいと思いますわ」
「だそうだ!」
トリガーはお嬢様の口調をやめたトカクに目を見開いている。自分が『ウハク』に叩きのめされた日を回想しているのかもしれない。
「よきにはからえ。期待しているぞ、トリガー」
「……はい!」
トリガーは深々と頭を下げた。
「じゃあ、さっそく今日から動くように」
ハナがトリガーを退室させた。
…………。
ハナが感心したように言う。
「姫様、皇帝陛下の模倣がうまくなりましたわねぇ」
「えへーっ」
「…………」
自分が、自分よりできると認めている相手に褒められることには、動物的な喜びがある。狩りに成功する興奮に近い。
そういう喜びを持って、トリガーはトカクとハナのいる応接間から退室した。
そういえば、仕えていいと思える相手に仕えるのは生まれて初めてである。
(大瞬帝国、小さい国だけど、王族がちゃんと王様らしいところは普通にうらやましい)
カリーナサギタリウス王権は、今や完全なる傀儡であったので。
(……まあ、まだ何も終わってない。ここから良いとこ見せないとクビが……)
と思いながらトリガーが、ユウヅツ達を置いてきた控えの間に向かっていると、聴いたことのない素晴らしい音楽が聴こえてきた。
「…………」
ユウヅツを置いてくる直前の側近達のやりとりを思い出して、トリガーは表情がくもる。ユウヅツが、なんか弾いてよと頼まれていた。
足を進める。
果たして、帝国のものであろう知らない弦楽器を弾いているユウヅツがいた。
「おまえ楽器もできるわけぇ!?」
「きゃっ」
側近達がトリガーの大声に驚いて振り返った。
ユウヅツも手を止める。そして怪訝そうに首をかしげた。
音が止まったことでトリガーは、それで先程まで流れていたうつくしい旋律をマジでこいつが弾いていたことを実感して最悪の気分だった。
「……楽器も?っていうか、楽器しか弾けないんですよ……。他に何もないんですよ……」
「カタプルタス殿、ご存知なかったのですか? ちなみにユウヅツさん、お歌もお上手ですのよ」
「というか、弾けないのに音楽クラブに入るわけありませんわよね?」
「いやあそこはフツーに聴く専もい……すぐ辞めたから知らないの?」
トリガーが言いたいのは、そんなモテそうな特技まであるのかよという意味だ。
……そして、大瞬帝国のお上が、ここまでしてユウヅツを辞めさせたがらない理由が、トリガーの中で点と点がつながってしまった。このためか。
「ユウヅツくんさぁ……何?この女をうっとりさせるためにあるような変な楽器は。最悪! もう俺を苦しめないで!」
「変じゃないですよ帝国の伝統芸能ですよ」
言い返すところがそこなのかよ。
ともあれ、「ユウヅツ・ユヅリハをどう制御するか」という、ひとつの問題が片付いたのだった。