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一二四 そりゃそう



「そうそうウハクさん。学院内にいくつかある私の部屋なのだけど、使ってないのがあるから一つあげるわ。大瞬帝国の皆さんで好きに使って?」

「えっ? いいんですか? ありがとうございます」

「入り口の紋章は適当に描き変えちゃっていいから、帝国仕様にするといいわ。お呼ばれを楽しみにしているからね♪」


 気前のいいセリフと共に、トカクは学院内にある一角を譲り受けた。チュリー・ヴィルガの思いつきみたいな始まりだったくせに、しっかり譲与契約書に一筆したためたりした。


 いずれ学院内に帝国民が自由に使える空間が必要とは考えられていたが、あっさり叶ってしまった。


「う、うまくいきすぎていて恐ろしいですわ」


 ハナがそわそわと爪を噛む。譲り受けたばかりの室内で。


「こうも上手い話があると、なんだか釣り合いを取るために、悪いことが起こりそうな予感がいたします」

「……でも、せっかくもらえるものをもらわない手もないだろう?」

「そうですけど……なんというか、過剰な利益というか……。姫様がライラヴィルゴの王女とそつなく、どころか親しくできているのも、私としては違和感がありますの。こんなにうまくやれるはずがないというか、見えていないところで損失が起きていそうというか」

「な、なんだよ。ワタクシだってやるときはやるんだけど?」


 『ウハク』がチュリーと仲良くできるわけない、というのは完全に同意だったので、トカクはハナの疑惑を突っぱねた。


「それより部屋のことを決めよう」

「前室は人を呼ぶ場にするとして、奥の部屋にはくつろげる空間が欲しいですわね」

「こういうのはミキヱさんの得意ですからね。期待してますわよ」

「ご期待に沿えるよう努めますわ。いろいろ相談させてくださいね」


 など、調度品について話しつつ。


 トカクの思考は別の場所に飛んだ。


(ユウヅツの野郎、どうなったかな……)


 ユウヅツの復学は、先週の時点で問題なく済んだ。波風立てずにぬるっと滑り込めて一安心と言ったところだ。

 そして別行動だ。トリガーにユウヅツの介助というか、学院の案内などを任せて。


 で、今日あたりクラリネッタに接触してこいと、トカクはユウヅツに命令していたのだ。

 ハナやトリガーに対する表向きは、「クラリネッタさん最近どうしてるかな? いじめられてないかな? ウハクとっても心配」という顔で。内心は、「友達になってこい、なんなら落としてこい」そんで万能解毒薬を奪取してこい、というつもりで。


(別行動で図書室に行ってもらえるのはありがたいんだが、まったく見守れないからなぁ……)


 一応、この数日でユウヅツとトリガーの別行動で大きな問題がなかったからこそ、クラリネッタに接触させたのだが。


(……まあ、今回はあいさつ程度と言っておいたし、あいさつしただけで失敗するなんて器用なマネはせんだろう)


 せんだろう。さすがのアイツも。


「…………」


「楽器をしまう棚も作っちゃいましょうよ。そのへんに転がしておくわけにいきませんし」

「あのへんがいいんじゃないかしら」

「一応ユウヅツさんの希望を聞かないことには」


 ユウヅツに背景で演奏させる気まんまんの彼女達である。……今さらだがアイツの指が無事で何よりだった。一応は『楽師』として連れているので。


「ユウヅツさんを探して参りましょうか。図書室あたりをうろついているでしょうし。カタプルタス殿も連れてきてよろしいんですのよね?」

「そうだな。暇そうなら連れてきてくれ」


 とトカクがうなずくと、合点招致とばかりにネッコが部屋を出て行った。




 数刻後、あきらかにやらかした後のユウヅツを連れて戻ってきた。


「…………」


 ユウヅツはものすごく申し訳なさそうな顔で、肩身がせまそうに部屋の戸をくぐった。

 その時点でトカクは飛び蹴りをかましたかったのだが、まあ話を聞かないことにはね、と抑える。


 当然ながらトリガーも一緒なのだが、トリガーはトリガーで困惑のていだ。いったい何があったのか。


 という問いかけはハナが行った。


「はい。それが……」

「ユウヅツさんの話は後で聞かせて。残念ですけど、あなたの発言は証拠能力が認められませんの」

「ひえ……」

「カタプルタスさん、何があったのか教えてくださる?」

「…………。はい、それがですね……」




 トリガー視点の話。


 トリガーがユウヅツを図書館に連れていき、館内をうろついていると、すぐにクラリネッタを見つけることができた。トリガーは『ライラヴィルゴのクラリネッタ・アンダーハート嬢』の顔をうろおぼえだったので、発見したのはユウヅツだ。

 当然ながら、彼女が本好きで図書室にいつもいるみたいな情報も又聞きだったので、トリガーはうわ本当にいた、と感心した。


「で、なんだっけ? いじめの予後がどんな感じか聞くんだっけ、ユウヅツくん」

「藪から棒に他人からそんなことを聞いても、正直には答えてくれなさそうなので。まずはあいさつからして警戒を解いてもらうつもりです」


 トリガーを連れて二人で声をかけると二対一になり怖がらせる恐れがある、というのでトリガーは遠くの本棚に身を隠した。


 そうして、クラリネッタに近寄っていくユウヅツの背中をながめる。

 たかがあいさつを遠目から見守る必要性も感じなかったのだが、トリガーは書籍に興味がなさすぎて結果的にぼーっと見守る形となった。これが後で功を奏す。


 ユウヅツを女子に近付けるな。とトリガーは言い付けられていたが、今回に限り例外らしい。……他国の伯爵令嬢のご心配なんて皇太女様は慈悲深い方だなぁ、とトリガーは単純に感心していた。


 ユウヅツの女子生徒との接触を禁ずるというルールは。やり過ぎというか心配しすぎな気もするが。命令なら従うだけだ。


 トリガーが言えることではないが、音楽クラブでのいざこざは運が悪かっただけじゃないか? というのが一般の見解である。

 間が悪かったというか。……ユウヅツ個人に、コミュニティーを崩壊させるまでの力があるとは思っていない。出来事として面白おかしくはあるが。


 まあ出自の下賤さを差し引いて、姿だけ見れば小奇麗な男ではある。粗がないというか隙がないというか、ものすごく女好きしそうというか、本人がめちゃくちゃ女好きそうというか。

 地図の端の小国とか準生徒だとか小国の召使だとか下流貴族だとか気にならないのなら、女子はお優しいことだ。


 で、その小奇麗な男は、本棚と本棚の間で立ったまま分厚い本を読みふけっている少女に声をかけた。

「何を読んでいらっしゃるんですか?」と。ナンパみてーだなとトリガーは思う。


 トリガーから見ても、クラリネッタの顔は良かった。

 ユウヅツが、地味で素朴だが面立ちのうつくしい文学少女に声をかける図は、たしかに絵になっていて物語めいていた。あるべき場所にあるような。


 ――そしてそんな小奇麗な男は、クラリネッタにめちゃくちゃ無視されていた。


「…………」


 気付いていないのだろうと思ったらしいユウヅツが、特に嫌味なく「アンダーハート嬢、何を読んでいらっしゃるんですか?」と聞き直す。


 その声にクラリネッタは苔色の頭を上げると、そっとユウヅツの方を見た。

 よかった、気付いてくれたとユウヅツが安堵に微笑む。ちょろいヒロインならそれで落ちるような『主人公』の笑顔だった。


 しかしクラリネッタは、ユウヅツの顔から制服、靴までさっさっと目を通すと、無言のまま視線を本に戻した。


 あまりにも感情の欠けた動きで、無視されたのだとユウヅツが気付くまで、しばし間が開いた。


「……ア、アンダーハート嬢、あの」


 困ったようすでユウヅツがうろたえ――そうになった瞬間、本棚の影から第三者が介入してきた。


「クラリネッタさん、話しかけられてるんだから答えてさしあげたら?」

「何よ今の。感じが悪いわよ」


 トリガーの知らない女子生徒の集団だった。

 どこの国の者かもわからない。ただしユウヅツをかばうような発言をしているということは、おそらくユウヅツの知り合い、なら音楽部の誰かかな?とトリガーはあたりを付ける。


 女性生徒達はユウヅツを守るように、あるいは背後から応援するように立つ。


 それは無視できなかったようで、クラリネッタは顔を上げると「え? え?」と女子生徒たちを見回した。


「見てたけど、何を読んでるかくらい答えてあげればいいじゃない」

「お高く止まっちゃってさ」

「制服を確認してなかった? 最低! このひとが準生徒だから無視していいと思ったんだ」

「…………」


 クラリネッタは胸の前にぎゅっと本を抱いて、本棚を背後に固まった。


 その小動物のような動きに苛立ったらしい女子生徒のひとりが、「なんとか言ってみなさいよ」と語気を荒げる。


「…………」


 ……トラブル起きてない? トリガーは眉をひそめる。


(え~……めんどくさ……トラブル起きちゃったよ……。起きたら止めろ、そもそも起こすなって言われてるのに……。え~だる……。俺が止めんの……?)


 まあ実家から、ちゃんと働いてお勤めを果たしてくるよう言われてるし、皇太女様のご命令なら是非もないけどさぁ……。


 しかしながら、起こると思っていなかったトラブルが実際に起きて、トリガーはすこし引いていた。


(いや、引いてる場合じゃねえ! 止めに行こ!)


 本棚の影から飛び出しつつ、そういやユウヅツくんの反応は?とトリガーは見る。

 ユウヅツは、当惑して突っ立っていた。


「いや止めんかい!」


 他ならぬおまえが止めろとトリガーはユウヅツの背中を蹴った。それから「いっけね、足癖」と姿勢を正す。


 ユウヅツは、なんというか『急に目の前でいさかいが起こって意味が分からない』ような困り顔をしていた。

 他人事の表情、と言える。対岸で知らない酔っ払いが喧嘩を始めた時も同じ反応をしそうだ。


 目の前の事象が、自分のせいで起こったと夢にも思っていない、なんなら巻き込まれたみたいな顔だ。


 トリガーは女子生徒達のことを知らないが、向こうは違ったようだ。

 悪名高い不良生徒の登場に、女子生徒達は一瞬ひるんだが、気丈な女子は「あなたには関係ないのではなくて?」と言い返してくる。


 相手の身分が分からないトリガーだが、校内で敬語を使わなければいけない相手だけはおぼえており、それに当てはまらないことは判断して強気に出た。


「関係あるね。俺は今の主人に、コイツの監視を頼まれてんの」


 ユウヅツを指す。


「関係ないのはそっち。こっちの都合があるんだから首突っ込んでこないで。分かったら立ち去りな!」


 文句ありげに静止した彼女達だったが、やがて撤退した。「邪魔したみたいでごめんなさいね」などと一ミリも思ってなさそうな声で言いながら。

 そのくせ、ユウヅツに対しては愛らしい、心配げな表情を向けてから去る。


 ユウヅツは、それにニコ……と微笑み返していた。

 ユウヅツからさんざん拒絶を受けてきたトリガーは、その笑顔の中にもかすかな拒絶の色があるのを悟る。


 拒絶ができず、笑うしかなくて、困っている。

 なんか、てっきりユウヅツの知り合いとトリガーは思っていたが、この女子生徒達が誰なのかユウヅツも知らなそうだ。


「…………」


 トリガーは数秒の思案の末、一時撤退を選んだ。

 ユウヅツのパーソナリティについて、自分の中に大きな思い違いがあることを察したからだ。


 もしかしてコイツ、バカなのかもしれない。こんなに狡賢そうな、人妻の愛人で食ってそうな雰囲気をかもしているのに。


「…………」


 クラリネッタは女子生徒が去っていくと、警戒を解かないままユウヅツた、そしてトリガーを見上げた。

 とても不思議そうに。どうして自分が話しかけられたのか怪訝そうに。


 ユウヅツは。


「……クラリネッタ嬢は、あの方達とよく衝突するんですか?」

「えっ……? あ、……どう、でしょう……?」


 クラリネッタはユウヅツの質問に戸惑って見せた。???と頭の上に疑問符が浮かんで見える。

 そりゃそうだ。あきらかにユウヅツがキッカケで絡まれたのに、自分の問題みたいに言われているのだから。


「アンダーハートさん、読書の邪魔してごめんね〜? 俺達もう出ていくから。また今度お話?聞かせてね。失礼」


 ユウヅツが何か言う前に割って入った。ここから下手に挽回しようとするより、時間を置いた方がいい。


 トリガーはユウヅツを目で促して図書館の外に出た。

 そして、情報のすり合わせを行なっているところにネッコがユウヅツを探しに来て、今に至る。


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