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一一二 特別ですよ




「だから、あの男が死にたいとか殺してくださいとか言うのが気に食わなくて、ひと暴れしました。……ワタクシの従者でいるのを、やめさせたくなかったからです」

「……なんというか」


 ここまでチュリーは傾聴をつらぬいていたが、我慢できなくなったみたいに声を上げた。


「思っていたのと違ったわ。てっきりユヅリハさんの悪口大会になると思っていたから」

「……人が必死にしゃべったのに、思ってたのと違ったとはどういう了見ですか」

「あん、怒らないで! 違うのよ、思ってたのと違ったからダメって話じゃないの」


 チュリーが取りなしてくる。


「やっぱり私、ウハクさんが何を考えているか、ぜんぜん分かってなかったんじゃない、って話よ。その、ユヅリハ?さんのことキライだから怒ってるんだって思ってたくらいだもん。だから、ちゃんと話してくれなきゃダメよ? わかったでしょ?」

「…………」


 じゃないと困るでしょ?みたいな声。


「……チュリー様は本当にお姫様ですよね」

「? あら、ありがとう」


 誉め言葉だと思っちゃうところがだよ。


「にしてもウハクさん、あの男の子と仲良かったのねぇ。知らなかったわ」

「どうでしょうね。仲が良かったというか、お友達役をやらせていたというか。……思えば、ボクがあいつに友達として何かをしてやったことはなかったですね」

「ぼく?」

「……失礼。大陸共通語に不慣れで」


 いけない。そろそろ話を切り上げた方がいい。これ以上余計なことを言う前に。『腹を割る』の弊害だ。トカクは上っ面こそお姫様にしているが、はらわたは男のものなのだった。


(…………)


 遠くに控えさせている従者達を見やる。


 トカクは、どうしたらチュリーがみずから腰を上げて「そろそろ帰ろうかしら」と言ってくれるか思案する。そろそろ帰れとズバッと言ってもいいのだが、まだ余裕があるので。


 という思考をしているトカクの前で、チュリーはつぶやく。


「ウハクさん、ユヅリハさんと仲が良いのねぇ……」

「…………」


 意味ありげに繰り返したチュリーに、トカクは閉口した。


(……なんか邪推されてる?)


 男女の仲とか。

 完全に外れている。


(が、先んじて「そんなんじゃないです」と言えば嘘っぽくなるし、かえって怪しいか……?)


 トカクはチュリーと向かい合っていた体勢を自然に変えて、なんだか花の品種でも気になるみたいな雰囲気をかもしながらしゃがみ、植木に手をかざしたりした。

 その横顔をじっと見下ろされているのを肌に感じながら。


 チュリーがおもむろに腰に手を当てる。彼女が他者に圧をかける時によくやるポーズだ(よくやるポーズと思われる頻度で他者に圧をかけるな)。


「ウハクさん……」


 ユヅリハさんのこと好きなの?とか聞かれるのかなと予測しながら、トカクは「はい?」とすっとぼけた。


「私とそのユヅリハとかいう男、どっちの方が好きなの?」

「ははっ」


 思わず素の失笑が出て、やばいとトカクが口をふさいだ時にはチュリーをまあまあ怒らせていた。


「ウハクさん? なんで笑ったのよ? 今」

「いえ、今のは、バカにしたわけではありません。おもしろい人だなぁの笑いです」


 本当に。と言い聞かせるとチュリーは矛を収めてくれた。


「で、どうなのよ? 私とその男なら、どっちの方が仲良しかしら?」

「……チュリー様は特別ですよ」


 雑に答えてから、いや今のは「チュリー様に決まってるじゃないですかぁ~!」と声高らかに媚びるべき場面だったな、とトカクは思い立ち、仕切り直すかと腰を上げた。


「だ……」


 トカクは元気いっぱいにはしゃごうとしたが、えらく面食らったチュリーの表情とかち合ったので止まった。


「……チュリー様? どうかしました?」

「……ウハクさん、今日は本当になんだか男の子みたいね」


 なんで? 何が?


 トカクは内心ぎくりとする。

 聞けば今ほどの、チュリーを見上げる表情とか声色が、かなり男っぽかったようだ。自分では分からないが。


「ねえねえ。ウハクさんって、いつもすっごくぶりっ子して女性らしくしているの?」

「……うーん、そうかもです。子供の頃ずっと双子の兄と一緒に遊んでいたからか、けっこう男勝りとか、おてんばとか言われがちかも?」


 『ウハク』のエピソードとしては大嘘だが、これくらい堂々と言ってしまえば、まさか本当に男だとは思われまい。という打算でトカクは喋った。


「でも花とか詩も好きですよ?」


 女の子らしいでしょ?と嘘を畳みかける。


「そうねぇ、ウハクさんダンスも好きだもんね」

「……うふふ」


 いつだったかユウヅツが「大陸だと男の人がダンス好きでも変じゃないかもしれませんよ」みたいなこと言っていたけど、あれは外れてたな……とトカクは笑った。




 それから。また学院でね!とチュリー・ヴィルガは帰って行った。


「……何はともあれ、復学を待ってくださるお友達がいるのは心強いものですわね、姫様」

「…………」


 ハナの声かけに無言で答え——ようとして、『ウハク』はここで無言で答えるみたいなことしないか、とトカクは「そうだな」とやわらかく相槌を打った。

 『本音』がにじみ出てしまう日だ、今日は。


 チュリーのおかげだしユウヅツのせいだった。




 それでもチュリー・ヴィルガと話して、ある程度トカクは自分の気持ちがまとまった。


 この期に及んでなお、トカクは何も諦める気がないということだ。


 諦めたくないから諦めてるヤツにあれだけ怒り狂って、死んでほしくないから死にたがってるヤツにあれだけ怒り狂ったんだと、当たり前のことが分かった。


(ボクがやるべきことは変わっていない。何がなんでもウハクを目覚めさせる)


 そのためにユウヅツを使うと決めていた。状況は変わったが、やるべきことは変わっていないし、それはトカクのやりたいことと一致している。まず、ユウヅツを。


「……チュリーがボクにしたみたいに、落ち込まないでってなぐさめて、死にたいなんて言うなって励ませばよかったんじゃん!」


 のに、頭に浮かばなかったよ。友達いなかったからな。


 チュリー・ヴィルガの来訪の翌日、トカクはユウヅツが隔離されている部屋を推理と探索で見つけた。ユウヅツをぶっ殺そうと暴れたトカクは、ユウヅツの居場所を隠されていたので。


 ノックもそこそこに部屋に突入する。


「朗報しかないぜ!!!」


 光の入らない部屋。床に敷かれた寝床。

 闖入者に、ひとり足の包帯を交換していたらしいユウヅツはおののいた。


 先制とばかりにトカクは言いつのる。


「おまえの言うことをボクがちゃんと理解できているのかは怪しいが、ウハクを好きにならない代わりに他の人間を好きになることもないというのはむしろ都合がいい!」

「!? な、なん……」

「喜べ、おまえにはまだ使い道がある。まだ死ぬ必要がない!」


 ずんずんとユウヅツが座り込んでいる前へとトカクは大股で歩く。


「そうそう言い忘れていた、おまえ、復学できるように取り計らえそうだから、そうする。学院に戻れ」

「え!? な、なんで……」

「シギナスアクイラとの和睦を表明してやるためだよ。あっちの国に恨まれたくないんで、そのように交渉する。被害者であるおまえが問題なく復帰するというパフォーマンスだ、恩が売れるぞ、良かったな!」


 よくない、とユウヅツが口だけ動かす。トカクはあえて我関せずに続けた。


「復学できるようになれば、クラリネッタ・アンダーハートとも予定通り接触できる。まだ挽回できる。解毒薬を手に入れられる。……本題!」


 トカクは逃げ腰になっているユウヅツの胸倉をつかんで視線を合わさせた。


「おまえ、ボクの妹のものになれよ!」

「…………」


 ユウヅツは気圧されて黙っていたが、トカクの言が途切れたことを察すると、本気で怒鳴った。


「……頭おかしいんじゃないんですか!?」


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