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一〇九 考えてしまう




 トカクはしゃくり上げながらも先程までの激昂は過ぎ去り、ある程度の落ち着きを取り戻していた。


「うっ、うっ」

「黙って泣いてれば本当に可憐あるね……」

「おまえ本当にやかましいよ」


 リゥリゥは、『皇太女と齢近い女の薬剤師』であることを理由に、自室に追いやられたトカクの傍に控えることを許されていた。乱心されたお姫様のお目付け役だ。


「…………」


 思えば、トカクがリゥリゥと接触するのは久しぶりだった。ユウヅツのアホは、たまに遊びに行って喋ってもらっているとか言っていたが。

 というのも、リゥリゥは基本的に研究室や診療所から出てこないのだ。薬に夢中で。


(ユウヅツのアホが、「リゥリゥ・リンは『薬屋』でしか会えないキャラクターで、メインシナリオにもサブシナリオにも関わってこなかった」って言ってたの、然もありなんだぜ……。こいつ、放っておくとずっと引きこもってる。薬屋の店子でしか人と関わらないんだから、そりゃシナリオに出てこないわけだよ……)


 と、トカクはどうでもいいことで思考を埋めていた。埋めていないと後悔と怒りで気が狂いそうだからだ。


(……ここからどうしよう)


 トカクにとって恐ろしいことに、先のことがまったく不透明で、何も考えようがないのだ。

 まず、そもそも連盟学院での大騒ぎの責任を、誰が取ることになるのか? 帝国への沙汰は? 学院側が決定することだから、トカクには操りようがない。だから予想できない。


 いや、それでも複数の予想を立てて、それぞれの対策を練ったりしておかないといけないのだけど、トカクは後悔で頭が締め付けられていて未来のことがロクに考えられないのだった。脳みその半分以上を、無意味な回想だけに占拠されている。


「…………」


 どう考えてもトカクはユウヅツをぶん殴るしかなかったのだが、殴った後味が悪くて、自分は間違えたような気がする。対応の仕方を。ただ、具体的にどうすればよかったのか。

 ボクはユウヅツを殴ったらいけなかったのか? 死ねって言うのは良くなかったか?


 皇太女殿下はお休みください、と言われて、こうして喧騒から隔離されているが、トカクは自分の思考を休めることができない。

 考えてしまう。


「……リゥリゥ」

「何ある? 鎮静剤が必要か?」

「いらん……。…………、なあ……ひとつ聞きたいんだが」


 トカクは、これをリゥリゥに聞いていいものか迷ったが、もう知らんあんなヤツはとためらいを投げ捨てた。


「なんか……、人を好きになる機能がない、みたいな人間が生まれることって、ありうるのか?」

「……難しい質問あるね」


 リゥリゥは「なんでそんな質問を?」とは聞かなかった。腕を組んで悩ましそうに首をかしげる。


「……ありうるかありえないかで言えば、ありうると言われてるみたいね。我の専門ではないが……」

「……そういう論文があって、読んだことがある?」

「ん~……、……たとえばあるけど。……極悪非道の連続殺人鬼でも、自分の家族は愛してたりするものね。そういうのすらなく、自分以外の人間への情がいっさい欠けてる人間が生まれてくることは、まあ、確率的には少なくないらしいね?」

「へえ……」

「あっ。他人への情が欠けてるやつは連続殺人鬼、みたいな物言いになってしまたかもしれんが、我はそんなつもり無いよ」

「そうか」

「愛する人のために悪事に手を染めてるやつもいれば、他人に情を感じなくても善良に生きてるやつもいるね」


 リゥリゥはそっとトカクの足元にしゃがんだ。


「人間性の良し悪しいうものは、心ではなく行動で測るある。たとえ皇子が他人を好きになる機能がない冷血だとしても、行動さえ気高くいれば……」

「ボクの話じゃねーよ!」

「というかこういうのはグラデーションになってるもので、情が完全にゼロとは限らんというか、常人なら十ある心が皇子には二しか無いぐらいなら、二はあるということで」

「ボクの話じゃねえって!」


 リゥリゥは、完全にこれがトカクの話であると決め打ってしまったようなのだ。トカクは否定した。


「つーか、ちょっと違う。情がない、じゃなくて……むしろ逆で、他人に愛着や思いやりがあるのに、恋愛感情だけ無い、みたいな……ことが、ありえるのか?と聞いたんだよ」

「なるほど?」


 リゥリゥは「うん」とうなずいて。


「……それは、聞いたことないね。というか完全に我の専門外と違うか? 我だってなんでも知ってるわけでないよ」

「そうか……。…………」


 しおらしくするトカクに、リゥリゥは焦燥がわいた。わかりやすく困っている相手に、何かしら有用な情報を伝えてやりたいという責任感だ。


「そうあるねー……。……機能がない、の判断はとても困難ある。広い世の中、八十歳で初恋したおじいちゃんもいるに違いないし、皇子ももう少し大人になったらきっと」

「だーからボクの話じゃないんだって! しつこいぞ!」

「……じゃあコレいったい何の話ね?」

「…………」


 黙ったトカクに、リゥリゥはハッとして話を続けた。


「……あの、一応だけ聞いていいある? もしも恋だ情だ言うのが婉曲表現で、皇子が勃起不全で悩んでるとかなら良い薬が」

「ああ!? 違えよバカッ!!!! くだらないことを聞くな!」

「く、くだらん言うけど悩んでる人は本当に悩んでることで……、あっ!」


 リゥリゥは結構な剣幕で怒鳴られて怖気づいてる。だが、薬剤師としての職業意識が勝ったらしい。トカクに対し、さらに続ける。


「あの~、……これは我のひとりごとあるけど精通の平均年齢は十三歳と言われていて平均より遅いというのは気になることかもしれんあるが変なことではないし、精通の統計を取った論文があってうろ覚えあるけど十八歳くらいまでは標準の範囲で」

「無礼!!!!!!」

「そんな……我だって医人の端くれとしてがんばってるのに……」

「もうこの話はいい!」


 トカクは話を打ち切った。


 と、そこでノックの音がした。


「姫様! 入ってもよろしいでしょうか?」

「……ハナか。入れ」

「失礼いたします」


 ハナが扉を開けた。

 顔を合わせるや、ばっとトカクの前に膝をつく。


「姫様! お会いしたくございましたっ……! 姫様のもとに参じるのが遅れたハナをお許しくださいませ」

「かまわん。なんだ」

「まあ、そんなにやつれて……。私が心労を代わってさしあげたいくらいでございます」


 ユウヅツが学院の窓から転落した後、トカクは「ここにいたことがバレたらまずい」と姿を隠して馬車へ舞い戻っていた。ので、ハナはトカクの勝手な行動、大立ち回りを知らなかった。

 それゆえ、従者が起こしたトラブルに傷心の姫君に向ける目は優しい。


「お優しい姫様が、あそこまで怒るのも無理ないと思いますわ。ユウヅツさんを野放しにするのを許した私にも咎がございます。どうか自身を責めないで……あなたのはとこのハナが付いておりますわ」

「ハナ……。用事があって来たんだろう。御託はいい……。この慌ただしい時に、ワタクシにかまう暇があるなら働くか休めと言ったのはワタクシだ……」

「さようでございますか?」


 ハナは少し意外そうにした。今のは『ウハク』らしくなさすぎたかな、とトカクは少し反省する。


「では申し上げます。……ええと、実は……」


 ハナは少し言い方に迷ったようだった。あまり無いことだったので、トカクは心がざわつく。何かまた、ロクでもないことが起きたのか。


「何事だ?」

「……チュリー・ヴィルガ王女殿下が、一介の貴族に変装して、姫様を訪ねてきていらっしゃいます。お会いされますか?」

「……何?」




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