一〇六 鼓田夕也と申します
俺が殺されたのは大学一年生の秋。夏休みが明けて、しばらく経った頃でした。
大学に……学生が自由に休める、椅子や机が雑然と置いてあるようなスペースがあって……そこで、俺は次の講義までの空き時間をつぶしていました。
ふと、一緒にいたヤツが俺の後ろを指して、……A、とします。「Aがこっちに来ている」と言いました。
Aというのは俺が、夏休み前のグループワークで仲良くなった相手で……友達……だと思っていたんですけど……。
ともかく、そのAが俺の方へ歩いてきていると。
俺は振り返った。……そしたら目が合って……ずっと目が合っていたから、俺に用があるんだと思って、椅子から立ち上がった。Aはそのまま近付いてきて。
俺の腹に刃物を刺してきた
…………。……正確なことは、あまりおぼえていなくて……。
直前に、Aがカバンだかポケットだかに手を入れるのを見た気もするし、そういえばずっと棒状のものを持っていたような気もするし……。包丁だった気もするしナイフだった気もするし、……アイスピックだったかもしれないし……。
確実なのは俺は何かで刺されて、それはすぐに抜き取られた。あいた穴から血があっと言う間に……服を……それで……。
……すみません、だいじょうぶです。
周りにいた友達が騒いで……Aを取り押さえた、ような……。
そうだ、Aは地面に押さえつけられていて、じゃあ追撃の危険はないと一安心した。
そのあとは……血が噴き出るのを手で押さえていました。血がどくどくする音ばかり聞こえて……でも周りがすごく騒いでいて……。保健室……医務室……から先生が呼ばれて……救急車を呼ぶことになって……。
待てなくて、俺は死んだ。
……俺は、Aに何も聞けずに死んでしまったので、結局どうして殺されたのか、ずっと分かりませんでした。
けど。……今にして思えば、たぶん……これだなって思うことがあります。
俺の前世の死因は痴情のもつれです。
トカクは、以上の話を聞いて。
「……色恋沙汰で、何かトラブルがあったのか? 心当たりが?」
「心当たりがないことが、俺の問題なのでしょう」
とユウヅツは述べた。
「自分の行動の何がいけなかったのか、何ひとつ心から理解できていないから、今生でも、同じようなことを繰り返している。俺の無能が死んでも治らなかった」
「…………」
ユウヅツは話を再開した。
Aと仲良くなったキッカケはスマホゲームでした。
……『スタ☆プリ』をプレイしていたAに、どんなゲームか聞いてみて……おもしろそうだから俺も始めてみた、という……。
もっとくわしいことを話すと。
最初、グループワークでAと同じ班になった時。……Aはあまり態度が真面目でなく……みんなが話し合いをしている時に、スマホを触っていたり、……そうでなくても意見を言わなかったりで、……話も聞いているのかいないのか分からないと思われて、班の人達から陰口を叩かれたりしていました。
そのうちA以外の班員が、やる気がないなら参加してほしくない、もう外してしまおう、みたいな話の流れになって……。
俺は、それは可哀想だと思った。
……べつに暴れるわけじゃないし、グループワークで活躍できないのは俺も同じだったし、そいつも単位は欲しいだろうし……。
だから班のリーダーの子とかに、俺がなんとか真面目に取り組んでもらえるよう働きかけるから、もう少し猶予を……とお願いして……、まあ鼓田がそうしたいなら、ってことで許してもらったんです。
……Aが単純に、班の中に仲の良い人がいなくて、その場に居づらくて困っているなら、俺が仲良くなってみればいいかと思って。
それで、……食堂にいたのを話しかけて、Aがずっとやってたスマホゲームのことを話題に出した。
……Aは話してみれば普通の人で、普通に仲良くなれた。
それでグループワークで作業してくれるようになって、なんとか発表も済んで……。Aとは、その後もゲームのことや単位のことでたまに話していた。
……そういえば、夏休みの途中くらいから、メッセージのやり取りがなくなっていた気がする。
……正直、感謝されこそすれ、恨まれる覚えはないんです。
でも多分、皇太女殿下の時や音楽クラブの時みたいに、俺は自覚なく何かをやらかしていて……。
「きっと俺は死ぬべくして死んだ。刺されて仕方ないことをしたし、今でもし続けている」
「……自分が殺されて当然みたいに言うなよ……」
トカクはそこだけは否定した。
「殺した方が悪いに決まってるだろ。たぶん……Aの好きな女とおまえが仲良かったとか、そんなとこだろ? それで刺してくる方がイカレてるんじゃん」
「Aは女子でした」
「……ああ?」
「Aは女のひとです」
トカクは、ユウヅツの話から推察していたAの人物像を書き換える必要があった。
ユウヅツを刺したAは女。つまり……。
Aは大学で友達ができず、他の人達になじめない。態度で壁を作るから、グループワークでも爪はじきにされてしまう。
そんな折に、同級生の男だけは優しく声をかけてくれる。真面目そうな男だ。自分がハマっているゲームを一緒にやってくれて、友達になってくれて、グループワークにも参加できるようにしてくれた。
どうしてこんなに親切にしてくれるんだろう。
もしかして私のこと好きなのかな?
若い男女のことを、そう邪推してしまっても不思議ではない。
けれど男にそんなつもりはなかった。
というのが、おそらくの事の顛末。
「まあ、だとしても相手が悪いのは一緒。……つーか女なら最初にそう言えよ!」
「分かってもらいたくて……」
ユウヅツはじっとトカクの目を見た。
「殿下は、Aが男だと思っているのと、Aが女だと思っているのとで、たぶん……とらえ方がだいぶ違いましたよね?」
「……まあ、そりゃ」
「俺はそれが分からないんです」
トカクは首をかしげた。
わからないとは何だ。
「俺には男の人も女の人も同じように見えるんです」
ユウヅツは言った。
「人間として欠陥があります」
俺という男は多分、恋愛の機能がないのですが、それを姫様に指摘されるまで考えたことがなく、今日まで実感もありませんでした。