〇〇〇 プロローグ
「———取りかえてくれよッ!!」
少年の両腕が寝台を強く叩きつけた。
その直前まで悲しみに沈み、静かに涙をこぼすばかりだった少年。その、豹変と言っていいほどの激昂に、部屋の空気が凍った。
「誰か、ボクと姫を取りかえて!! 誰かッ!!」
部屋の中には、少年の支離滅裂な絶叫にも一切の反応を返さない人間が、ひとりだけいた。
『姫』と呼ばれたその少女は、ただ眠っているだけのように見えた。
白髪のうつくしい少女だ。ふんわりと巻かれた長い髪が、リボンのようにシーツを飾っている。天蓋付きの寝台に横になった彼女は、とてもおだやかな表情だ。
その華奢な肩をつかみ、少年は力任せに揺さぶる。
「烏白! ウハク!」
姫——ウハクと対照的に、少年の表情はひどく歪んでいた。血相を変えて、少女の閉じたまぶたがひらくよう呼びかける。怒鳴りたてる。
枕もとで、ほとんど悲鳴のような声で騒がれているのに、ウハクはぐったりしたまま身じろぎ一つしない。騒音にうるさそうにしてもいいはずなのに、お人形のように端正な寝顔のままでいる。
「ウハク! ……お兄様に答えてくれ!」
少年の顔。
それは、寝台に眠る少女の美貌と瓜二つだった。同じ白い髪、濃紺の瞳、なめらかな肌。それが余計に、ふたりの表情の違いを際立たせていた。
少年と少女は双子の兄妹だった。
「あああ……」
息を切らした少年は、悲痛な声でうめき。
「ちくしょう……、いったい誰が……なんのために……」
少年は、妹に負けないほど長い髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。
「どうしてこんなことに……!」
どうしてこんなことに。
その話は数刻前にさかのぼる。
帝立学園の卒業パーティー。そこが少女の、そして少年の運命の分かれ道だったのだ。
……しかし、今の少年はそれを知らない。
それに本当は、誰かも、なんのためかもどうでもいいのだ。少年にとって。
「ウハクさえ目覚めてくれたら……!」
妹さえ目覚めてくれるなら、なんだっていい。
さもなくば、こんなことが起こる前に戻してくれ。
祈りながら少年——トカクは、数刻前の卒業パーティーを回想しはじめていた。