ー地球最期の時間ー
「明日世界は滅びます。」
ニュースのアナウンサーの淡々とした声。
街の人々のキョトンとした表情。
公園は子供達の笑い声。
グランドでは野球をする少年達。
渋谷のスクランブル交差点はいつもの人集りで賑わっている。
SNSのトレンド
#明日世界は滅びます
があっという間に拡散される。
オワタww 嘘乙 草
様々なコメントで溢れかえる。
偉そうな大学教授が難しそうな話しを始める。
早い話どうやっても地球に隕石がぶつかる状況である
というのだ。
回避できるとかそういうレベルではないらしい。
もっと早く予測し回避できたのではないかとの意見もあるが、秘密裏に隕石の軌道を変える作戦が行われていたが失敗。今回の発表になったと噂されている。
明日の夕方 17:00〜18:00の時間帯に日本は滅びる。
もちろん世界も滅びる。
カップ麺にお湯を注ぐ。
大きな欠伸をする。
シーフードヌードルを啜りながら、ニュースを観ている。
(俺が滅びるのが先か、世界が先か)
どうやら世界が先のようだ。
どうせ皆んな死ぬ。
「死ぬ気でやれ」「死にものぐるい」
比喩として「死」という表現はよく使われるが、今回はみんな本当に死ぬのだ。途端に何もかもどうでも良くなる。
おそらく街は今頃パニックだろう。
発表があってから2時間、電車や飛行機、旅館、ホテルの予約がいっぱいだそうだ。
みんな1人では死にたくないのだ、最後くらいと悪あがきをし旅行に出てしまおうというのだ。
金持ちは、金に物を言わせて国外に出ようと考えるのだろう。しかし、飛行機も電車もホテルも旅館もサービスを受けれるのかは不明だ。
従業員も人なのだ。
明日滅びると分かっていて、働く意味はあるのだろうか。
既に金も効力を失っている。時は金なり?金は時なり?
違う。
(時間があるから、命があるから金が意味をなすのだ)
時間と命にタイムリミットが生まれた時、人は何に意味を感じるのか。
(面白い)
世界最後の日に、どのくらいの人が何かをしようと思えるのだろうか。
俺は世界最後の日でなくとも何もしたくない、そして働きたくない。
そんな俺はニートだ。もちろん明日もバイトすら入っていない。どこかに泊まる金もない。
ただ時間だけは平等なのだから、俺は大人しく最後の時間を待つとしよう。
急にスマホが鳴る。
知らない番号、いつもなら出ないがなんとなくボタンを押した。ただ誰かと話したかったのかも知れない。
「はい」
「ショウゴ君ですか?私のこと...覚えてるかな?」
「いや、知らないけど間違い電話なら切るよ」
「待って...私、中学の時1つ下だった明莉、、、橋本明莉です」
「明莉?」
10秒間ほどの沈黙が流れる
「吹奏楽部の明莉?」
「そう、翔吾先輩久しぶりです」
吹奏楽部の明莉は、一つ下の後輩で中学の頃は一緒に帰ったり休みの日には近くの神社に集まってダラダラと話したりしていた仲だった。
お互い高校も違かったし、高校卒業してからは全く会っていなかった。そのせいか、声を聞いても名前を聞いてもピンと来なかった。
「なんで急に電話を、何かあったの?」
番号も当時と変わっていたのか知らない番号
(たまたま俺の番号が変わっておらず繋がった感じか)
「翔吾君も、ニュースみたでしょ?」
「あぁ、世界が滅びるとかいうのだろ」
「そう、信じられないけどそのニュースをみたら何かしなくちゃって思って」
「それで何で俺に電話してくるんだよ?」
「先輩、よく言ってたじゃないですか?世界が滅んでも俺は滅びない!俺は世界の救世主なんだ!って」
急に耳が熱くなる。
コイツが言ってるのは、中2の時の俺の言葉だ。
男子中学生(特に中2)というのは、特別に繊細な時期なのだ。できれば掘り返して欲しくない。
「かっこよかったなぁー翔吾先輩ー」
少し馬鹿にするように、そして昔を思い出すように話す
「昔のことだ、忘れた!」
「他に用がないなら切るぞ。じゃあな!」
「待って!翔吾君これから会わない?」
「なんでお前と会わなきゃ行けないんだ?世界がこんな時に!」
「世界がこんな時だから会いたいの!世界の救世主に!」
「お前馬鹿にしてるだろ?」
俺の知ってる明莉は、別にモテないタイプではない。
細身で身長も高くモデル体型。髪も長く真っ白の肌。切れ長の目でどちらかというと美人と言われる部類だ。
(世界最後の日に一緒に過ごす友達や男なら沢山いるだろ?)
そういえばなんで、アイツと話すようになったんだっけ?
もう10年以上前になる。
記憶は曖昧だが共通の知り合いの後輩がいて、、間接的にメールを交換して、、メル友から友達になって恋人になったんだ。
そして、俺たちは別れて...お互いの人生は完全に離れた。
もう死ぬまで会うとも思っていなかったし、完全に明莉の事を忘れていた。
それで良かったのに、、
「今から会うって言っても、明莉はどこに住んでるんだよ?」
「今は実家をでて東京に住んでるの」
「へぇー明莉も東京に住んでたんのか」
「じゃあ、翔吾君も東京に?」
俺は新宿の近くに住んでいる。
大学から、東京で一人暮らしを始めでもう10年以上になるか...あっという間だった。
大学を卒業してから数年は真面目に働き貯金もしていた。
しかし社会に嫌気がさし勢いでフリーターになり、今ではニートにまで昇格してしまった。
ニートになると人との関わりから避けるようになる。
同級生は結婚して子供がいてもおかしくない年代だ。
その中で、定職にもつかず引きこもっている俺が関わりを持てる人間なんてもういない。
たまにくる友人からの連絡も既読スルーを続けているうちに、連絡が来なくなった。
しかし不思議なことに、世界が明日滅びるとなるとそんな社会的な身分や世間体もどうでも良くなってくる。
(社会不適合者には今の方が天国なんじゃないか?)
そんな事を考えてしまう。
ニュースでの発表から3時間が経った。
世の中は、さすがに食事会や飲み会という雰囲気ではなくなってきている。
そんな中、明莉は俺の家まで来るという。
家が渋谷方面で新宿までどのくらいで来れるのだろう。
恐らくもう交通機関は使えない。
ニュースのテロップには交通機関の運休の文字が並んでいる。
(そりゃそうだ、俺が駅員でも仕事どころではない)
かろうじて動いている電車もあるようだが、その方が頭がおかしいとすら思う。
さすがに1人で歩いてくるというから心配になり近くまで迎えに行くことにした。
11月に入り急に寒くなった。
厚手の上着をパーカーの上に羽織り家をでる。
ー16時 地球滅亡まで約25時間