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96 グリフからの呼び出しです

 アナスタシアはメイに付き添ってもらい別邸の三階の一番奥にあるグリフの部屋の前まで来ていた。振り返るとメイに言葉を掛ける。


「メイは少しここで待っていてくれるかしら」


「はい。わかりました。お待ちしておりますっ」


 ありがとう、と笑顔を浮かべたアナスタシアは扉をノックしようとする。すると扉が勝手に開くと中から声が聞こえてきた。


「鍵は開いておりますぞ。そのまま中にお入りください」


 アナスタシアは一礼すると薄暗い部屋の中に入っていく。扉を閉めると再びグリフの声が奥からする。


「ようこそ、お出で下さいました。奥様。どうぞこちらへお座りください」


 相変わらずグリフは作業机に座りながら声を掛ける。だが、今日は何かの作業に向かうことはなく片眼鏡の位置を直しながらアナスタシアの方を見つめていた。


(いつものグリフとは少し様子が違う気がする……)


 アナスタシアはグリフの言う通り、部屋の真ん中にある椅子へと腰を掛ける。するとグリフが作業机から立ち上がり、おもむろにアナスタシアの近くへと歩いてきた。その様子を見ながら、アナスタシアは尋ねる。


「グリフ、私に何かお話があるのよね?」


 近づいてきたグリフは立ち止まると、静かに頷いた。


「こちらから出向くことも考えましたが、出来れば二人きりの方が良いと思いましてな」


「そんなに大事なお話なの?」


「そうですなぁ……奥様にしてみれば重要なお話ということになりますかな」


 グリフは顎の辺りに右手を添えながら答える。アナスタシアは青と赤の両の瞳でグリフの方をまっすぐに見つめていた。何度か顎の辺りを触った後、グリフは言葉を口にする。


「既にワシらの正体については、ご主人様……いやいや、今は旦那様じゃったな。あの方から聞かされておりますな?」


「ええ。精霊のことよね?」


「ほっほっほ。相変わらず面白いお方じゃな。警戒することもなければ、動じる素振りさえないのですからのぉ」


 グリフの言葉を聞いたアナスタシアは笑顔を浮かべる。


「だって、グリフ達は私の大切な家族だもの」


 ふむ、とグリフは顎に手を当てながら呟く。


「なるほどなるほど。やはり、旦那様がお選びになったお人だけはあるということじゃな。では周りくどい問答はこの辺にして、本題に移るとしようかのぉ」


 アナスタシアは静かに頷く。


「犯罪集団達は捕らえられ、今は騎士団による尋問を受けている頃じゃろう。屋敷を襲ったという証拠もある。こちらの調べでは依頼人の素性も割れておる。すり合わせが終わるのも時間の問題じゃろうな」


「ええ。アーヴェント様達も同じようなことを仰っていたわ」


「旦那様達はその証拠を元に、これからリュミエール王国へと向かうおつもりじゃろう。当然、奥様もご一緒することになるでしょうな」


 アナスタシアは先程、アーヴェントとリチャード達が話していた内容からうすうすそんな気はしていた。


(やはりアーヴェント様やリチャードはこれを期に叔父様やハンス殿下を糾弾するおつもりなのね……それがシリウス陛下の軟禁を解くことにもなるのだから。そしてお父様達の名誉を取り戻すことにも繋がる……)


 俯き加減でアナスタシアはこれからのことを考えていた。そこにグリフが声を掛ける。


「奥様は……それでよろしいのかの?」


 え、とアナスタシアは顔を上げると声を漏らした。


(グリフ……?)


「奥様もお察しの通り、旦那様達は屋敷が襲われた事実……そしてこれまでに集めた証拠を元に依頼人であり事の首謀者であるレイヴン・ミューズ。その妻であるクルエ・ミューズ。そして繋がりがある王太子ハンス・リュミエールを糾弾するおつもりでしょうな」


(恐らく、ハンス殿下と婚約関係にあるフレデリカも……)


「犯罪集団の頭にはラストの精霊としての『権能(ちから)』が掛けられておる。五年前に起きた奥様のご両親の事故についての真実も明らかになり、証拠として提示されることじゃろう」


「そうだったのね」


(これでお父様やお母様の無実も証明できるのね……良かった)


 安堵した様子をアナスタシアが見せると、グリフは片眼鏡に手をかけながら再び尋ねる。


「じゃが……本当にこれで良いのですかな?」


 アナスタシアは疑問を浮かべた表情をグリフに向ける。


「グリフ……貴方は何が言いたいの?」


 グリフは顎に手をあてながら、こう答えた。


「首謀者であるレイヴン達は罪に問われるでしょうな。そして実行犯である犯罪集団の者達も……じゃが、今回こちらには『確たる証拠』が()()足りておらぬと聞いております」


(アーヴェント様が言っていた、お父様がお調べになっていたという叔父様の息が掛った両国の関係者達のリストのことね……)


「ええ。私もそう聞いているわ」


「……それでは旦那様達の最終的な目的である二つの国に蔓延る闇まで晴らすことは出来ずじまいでしょうな。なんとも悔しさが残る結果ですな」


(確かに……アーヴェント様達も同じことを言っていた……でも)


「アーヴェント様達はそれでも十分だと仰っていたわ」


 青と赤の両の瞳がグリフを映していた。


「じゃが、旦那様達に出来ることは……それだけですぞ?」


「……それだけ?」


 更に一歩グリフが近づきながら口を開く。


「……奥様のご両親は亡くなられたというのに、罪を犯した者達は裁かれたとしても命まで取られることはないということですじゃ。そして、証拠が足りないのならば……奥様のお父上がお調べになったという者達はそれが明るみに出るまでのうのうと生きていくということになるのですぞ?」


(……!)


「人間と魔族の世界の理の中での裁きとはその程度のものですからのぉ。じゃが、ワシらなら……奥様が望むのならそれ以上のことが出来ますぞ? もちろん……コソコソと隠れている者達を見つけ出すことも容易(たやす)いじゃろうな」


(グリフ……貴方は一体何を言っているの?)


 グリフは淡々と言葉を口にする。


「ワシら精霊の力を使えば、罪を犯した者達『全員』にご両親が受けた痛み……いやいや、それ以上のモノを与えることが出来るということじゃよ。奥様の強い願いとあらば、旦那様もお許しになってくれるはずじゃろうて」


「グリフ……」


 アナスタシアはグリフが何を言っているのか、その言葉でやっと理解することが出来た。


 つまりグリフは精霊としての力を行使しレイヴンやハンス達。そしてレイヴンと不正な関係を持った者達全員をアナスタシアの両親と同じ目に合わせることが出来ると言っているのだ。


 それは遠回しに命を奪うと言っているのと同義だ。


「何も心配することはありませんぞ。これは精霊からの罰。誰も罪に問われることもありませぬ」


 グリフが近づき、腰を折った状態でアナスタシアを見上げる。それを聞いたアナスタシアは俯いていた。


(お父様やお母様の無念……それを晴らすことが出来る、そうグリフは言っているんだわ……)


「奥様、いかがなさいますかな……?」


 グリフの片眼鏡に俯いたままのアナスタシアの姿が映し出されていた。


「……」


 俯くアナスタシアの脳裏に両親達の笑顔が浮かぶ。彼女は顔を上げると首をゆっくりと左右に振ってみせた。


「グリフ、その必要はないわ……」


 作業机の上に置いてあるランプの灯りが反射し、輝きを放つ青と赤の瞳がまっすぐグリフの顔を見つめていた。


 ほう、とグリフが呟く。


「お父様もお母様も、そんなことを望んではいないわ。それにもう、誰かの命が消えていくことも私は望んでいない。今出来る限りのことをアーヴェント様やリチャード……そしてグリフ達はしてくれた。それだけで私は十分よ」


「……」


 グリフが黙って見つめる中、アナスタシアは言葉を続ける。その瞳には綺麗に輝く一縷の涙が浮かんでいた。


「叔父様達はこの世界に生きる人間族と魔族が作った法によって裁かれるべきだわ。そして証拠が足りなくても、いずれきっとアーヴェント様やリチャード、そしてライナー殿下やリズベット王女。そしてアルク陛下やシリウス陛下が必ずこの二つの国に蔓延る闇を晴らして下さると私は信じているもの」


 アナスタシアは胸元にそっと右手を添えながら言葉を口にする。頬を一粒の涙が伝っていく。彼女の言葉に嘘偽りはない。それが彼女の願いなのだ。


―キィィィン


 その時、以前グリフの部屋を初めて訪れた時に耳にした不思議な音が再びアナスタシアに聞こえてきたのだ。


「この音……確か前に聞いたことのある不思議な音……」


「……どうやら『賭け』はワシの負けのようじゃな」


「グリフ……?」


 深い溜め息をついたグリフがそっと呟いた。そしていつも作業をしている机の更に奥にある金庫の方へと歩いていく。重い金庫の扉が開かれると、不思議な音はその中から響いて来ていたのだ。そしてふと、音が聞こえなくなった。


 グリフは金庫の中にしまっていたモノを取り出す。それは何かの書類だった。ゆっくりとグリフがアナスタシアの元に戻ってくるとそっとその書類を差し出した。


「グリフ……この書類は?」


「これが奥様のお父上、ラスター公爵が残したレイヴンが行って来た二国間の不正の証拠ですじゃ」

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