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81 私と旦那様の運命の出会いのお話です

「アーヴェント様……それはどういう意味なのですか?」


 六年前、かつてのミューズ家の庭園で二人は出会っている。アーヴェントはそう口にした。だが、やはりアナスタシアにはそんな記憶はなかった。戸惑う彼女の言葉にアーヴェントは柔らかい表情で微笑む。


「少し……長い話になる。アナスタシアは此処に腰かけながら聞いてくれ」


「はい……わかりました」


 庭園の真ん中にある噴水の傍らには腰かけることが出来る台座が設けられている。そこにアーヴェントは大きめのハンカチを敷くとアナスタシアの手をそっと握り、彼女を腰かけさせる。そしてアーヴェントは一度庭園を見渡すと、瞳を閉じて息をつく。


「まず一つ、先に告げなければいけないことがある。聞いてくれ」


 振り返ったアーヴェントの深紅の両の瞳の奥には一縷の光が揺らめいて見えた。アナスタシアは静かに頷く。


「『先祖返り』、この言葉はもう知っているな?」


 先祖返り、その話は以前ライナーとリズベットが初めてこの屋敷を訪れた際に説明された魔族の中でも珍しい現象のことだ。


「はい。確か、祖である魔物の血が濃く遺伝し、高くなった魔力を抑える為に祖とされる魔物の特徴が身体に現れることの俗称……ですよね?」


「ああ、そうだ」


 シェイド王国の王族は祖が竜ということで角や鱗などの特徴がみられるとリズベットが語っていた。だが、その話が今何の意味を持つのかこの時点ではアナスタシアにはわからなかった。


「実は、俺も()()()()なんだ」


「え……?」


 柔らかい表情を浮かべながらアーヴェントが語り掛ける。刹那、時間が止まったかのような静寂が二人に訪れる。


(アーヴェント様が……先祖返り……?)


「オースティン家は長い歴史を持つ家系だ。そしてその家系を辿っていくと祖である魔物に行きつく……」


「祖である魔物……」


「オースティン家には代々、『吸血鬼』の血が流れているんだ」


 驚きの事実にアナスタシアは口元に右手を当てていた。


「オースティン家にはこれまでも稀に先祖返りの特徴を持った子供が生まれていた。その者達は皆、共通の特徴があった。そう……俺のような深紅の瞳だ」


(深紅の両の瞳が先祖返りの特徴だったなんて……)


「だが深紅の瞳を持って生まれた者は皆、短命だった」


「……何故、ですか?」


 自然にアナスタシアの口から言葉が漏れていた。


「『他者の血を欲する本物の吸血鬼になってしまうから』だ」


「……!」


「……抗う方法はある。同じく祖である吸血鬼から受け継いだ高い魔力を使い、吸血鬼である本能を押さえつければ魔族の姿を保つことが出来る。だが、それには命を削る……更に血を欲する本能は非常に強い。先祖返りで生まれた者の大半はその本能に抗えず『堕ちる』。……そうなった時は両親、それに近い者達が責任をもって命を刈り取る。それがオースティン家で先祖返りした者が短命の理由だ……一族の呪い、そう言って間違いはないだろう」


「オースティン家にそんな秘密があったなんて……」


(でも……その話が本当なら……アーヴェント様はどうして……?)


 アナスタシアの青と赤の両の瞳の奥に淡い光が灯っていた。それを見たアーヴェントはアナスタシアが何を考えているか察しがついたようだ。昔を懐かしむような表情を浮かべながら語り始める。


「物心ついた頃、俺は父上からオースティン家の呪いの話を聞いた。ちょうどその頃から『血』に対して妙に執着を見せ始めていたからだ。その時を境に俺は『発作』に襲われるようになり床に伏す日々が始まった……」


(吸血鬼の本能……それに抗うためには命を削る……)


 アナスタシアは語り続けるアーヴェントを見つめていた。


「俺は吸血鬼に『堕ちる』ことだけは嫌だった……だから魔力で本能を押さえ込むことを選んだ。命を削ったとしても、その命が尽きる時は魔族としての最後を迎えたかったからだ……小さい頃から遊んでいたライナーやリズベット達もよく見舞いに来てくれた……だが直接会うことは出来なかった」


「どうしてですか……?」


「例え気心がしれた友人だとしても、俺の中の吸血鬼の本能が『血』を欲してしまうからだ」


「……そんな」


「そして俺は十七歳まで何とか生きていた……だがもう限界だった。魔力も年を重ねるごとに強くなり、それを使役するために削る命の量も増えていたからだ。……だが、ずっと床に伏していた俺は最後に綺麗な景色を見たいと望んでいた……」


 アーヴェントはゆっくりと数歩、歩きだす。


「ある夜、激しい発作に襲われた……俺は自分の死期を悟った。もう、自分の中の本能を押さえ込むことも限界だった……朦朧とする意識の中、俺は魔力を使い屋敷を飛び出した。ただ一目、綺麗な景色を見たいという一心だった……ふと気が付くと俺はある屋敷にある庭園にいた。『堕ちた』、魔物の姿でな……」


(庭園……堕ちた魔物の姿……まさか……)


 以前メイと六年前に経験した不思議な話をしていたことをアナスタシアは思い出していた。


「その時に見た庭園はとても綺麗だった……すぐに視力は衰え始めたが、その素敵な光景は瞳の奥に焼き付いていた……そんな時だ。その庭園に一人の少女の姿があったのだ」


(……!)


「顔もよく見えず、話している言葉も聞き取れないほどになっていたが……その少女を見た『堕ちた』俺は……吸血鬼の本能から血を欲することを止めることが出来なかった……ゆっくりと獲物を見据えたようにその少女に襲い掛かろうとしたその時だった……」


 アーヴェントは空を仰ぎながら言葉を口にする。


「『唄』が聞こえたんだ……とても澄んだ清らかな唄が俺の中に流れ込んできた……俺は自然に眠りに落ちた。気が付くと、自分の部屋のベッドで横になっていた。中庭で倒れていたのを使用人が見つけてくれたそうだ。そして驚くことに……俺を蝕んでいた呪いは両の深紅の瞳と魔力だけを残して消え去っていたのだ……」


 アナスタシアは両手を口元に添えながら、その話に耳を傾けていた。ドクン、と心臓は高鳴り始めていた。


「両親達は喜んでくれていた。今まで先祖返りした者の呪いが消え去るということは例になかったからだ」


 彼は言葉を続ける。


「そんなことよりも俺はあの夜、垣間見た見た少女に、もう一度会いたかった。父上も俺の気持ちを察してくれたようで、シェイド王国中をその少女を探すために動いてくれた。そして家系柄、伝承などに詳しかった父上はその少女の存在に心当たりがあるようだった。だが、少女は何処を探しても見つからず身体が弱かった父上はそのまま床に伏してしまった」


 俯きながら悲しげな表情をアーヴェントは浮かべていた。


「結局、その後すぐに父上はこの世を去った。だが、今際(いまわ)(きわ)に父上は俺にこう言ったのだ」


―アーヴェント。お前を救ったその少女こそ、伝承にある『神の愛娘』なのだ。運命はお前達を出会わせたのだ。お前はその少女と再び出会うことになるだろう……その時は救って頂いたその命を賭してその少女を幸せにしてあげなさい―


 ドクン、と再びアナスタシアの心臓が高鳴る。ここまで聞けば、真実が何を指し示しているか少しずつ脳裏に浮かび始めていたのだ。だが、それが本当なのか彼女には判断がまだついていなかった。


「……それから俺は亡き父上の代わりにオースティン家の当主となり、家業を継いだ。その時既に俺には『吸血鬼』公爵という名前が付けられ、噂され恐れられていた……だが一度『堕ちた』身である俺はその噂を受け入れ日々を暮らしていた」


 再びアーヴェントは空を仰ぐ。


「俺はずっとあの時の少女をゾルン達の力を借りながら、探し続けていた……」


「お父様が仰っていた『神の愛娘』……だから、ですか?」


 高鳴る胸の鼓動を抑えるように両手を添えたアナスタシアは尋ねる。アーヴェントは静かに首を左右に振る。


「俺はあの時の少女、そして彼女の唄に心奪われていたんだ。『血』ではなく『唄』に。そして淡い『恋』は数年の時を経て深い『愛』に変わっていた……もう一度その少女と出会えたのなら……俺は彼女と一緒に人生を添い遂げたい、そう思っていた程だ」


(……!)


 アナスタシアは口に手を添える。そうしなければ思わず尋ねてしまうからだ。その少女について。


「そして二十三になった俺はある時、アルク陛下からリュミエール王国の王命で舞い込んだ縁談の話を聞くことになった」


 ドクン、とアナスタシアの胸が再び高鳴る。断片的に聞いていた話が一つの答えを示し始めたからだ。


(そんな……こんなことって……)


「一度断った婚約の話だったが、その後ゾルンに調べさせた結果……俺はとうとう巡り合ったのだ……愛しいあの夜の少女に……」


(……!!)


 ゆっくりとアーヴェントがアナスタシアの青と赤の両の瞳を見つめる。その深紅の両の瞳の奥の光は静かに揺らめいていた。愛しさが表情に、その仕草に溢れていた。それを見たアナスタシアは自然と腰を降ろしていた台座から立ち上がった。


「俺が愛し、生涯の伴侶にしたいと望んだ少女こそ、お前なのだ。アナスタシア」


「アーヴェント様……」


 驚きと嬉しさでアナスタシアの青と赤の両の瞳に涙が浮かびあがる。その彼女を再びアーヴェントは優しく抱きしめるのだった。

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