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71 旦那様のご両親のお話です

「メイ、リチャードと何を話していたの?」


 リチャードがオースティン邸を去った後、寝室で二人きりになったアナスタシアはメイに尋ねる。リチャードはメイと二人で話がしたいといって中庭の方に彼女を連れて行ったからだ。メイは思い出すような素振りを見せる。


「えっと、侍女になったお話と今日の天気、それと私の好きな食べ物とかの話だったと思います。特に大事な話はされなかったですねぇ」


(……もしかしてリチャードはメイのことを……)


「にゃ? アナ様、どうかなさいましたか?」


「いいえ、何でもないわ」


 そうですか、と明るく返事をしたメイはてきぱきと部屋の中を軽く片付けていた。そんなメイをアナスタシアは青と赤の瞳で見つめていた。


(メイって昔から色恋の話はなかった。子猫のような可愛さで私よりも年上だってことを時々忘れちゃうけれど……多分、その手の話には疎いと思うのよね。リチャードは大変かもしれないわね)


 クスっと口元に右手を当てながらアナスタシアは笑みを浮かべてみせる。そんなことにも気づかずにメイは鼻歌まじりで作業を続けていた。


 そんなメイの仕事ぶりを見ながら、アナスタシアは先ほど説明されたレイヴン達のことを思い返す。するとあることに気付いた。


(そういえば……アーヴェント様のご両親のお話は今まで聞いたことがなかったわ)


 確か、朝食の時にアーヴェントから聞いた話では今日の商談は午後からだということをアナスタシアは思い出す。


「ねえ、メイ」


「にゃ? どうかされましたか、アナ様」


「今からアーヴェント様の所に行きたいのだけれど、ついてきてくれる?」


「もちろんですっ! では、参りましょう」


 パアッと明るい表情でメイが返事をする。アナスタシアはメイを連れて寝室を後にし、アーヴェントの執務室へと向かう。メイがノックをすると中からゾルンが姿を現した。


「おや、メイ。それにアナスタシア様。何か御用でしたかな」


 白い手袋をした右手を軽く丸眼鏡に添えながらゾルンが用件を伺う。


「アナスタシア様が旦那様にお話があるそうなんです」


 メイが用件を伝えると、ゾルンは快く扉を開けて二人を中に通した。ちょうどアーヴェントは執務机の椅子に腰を降ろし、一通の手紙を見ていたところだった。メイは一礼してアナスタシアの隣に立つ。


「アーヴェント様、今お話しても大丈夫でしたか?」


「ああ、構わない。どうかしたのか、アナスタシア」


 アーヴェントは椅子から立つと、アナスタシアをテーブルの方に誘う。彼女を椅子に座らせると対面の椅子へとアーヴェントも腰を降ろした。深紅の瞳が優しく見つめてくる。


「実はお聞きしたいことがありまして」


「何でも聞いてくれ」


「アーヴェント様のご両親のお話を今まで聞いたことがなかったので……お聞きしたいと思ってやってきました」


 アーヴェントは刹那、目を丸くする。そして考える素振りをした後にハッと何かに気付いたようだ。


「確かに今まで俺の両親についての話はしていなかったな。すまない、失念していた」


「……」


 アーヴェントの横に立つゾルンは一度咳払いをする。じっとアーヴェントのことを見つめていた。おそらく毎日アナスタシアと暮らしていることに浮かれて大事な話をし忘れていたことを無言で突いているのだろう。アーヴェントは苦笑いを浮かべて目を反らしていた。


「ゾルン、あまりアーヴェント様を責めないであげて。大事なことなのに、聞くのを忘れていた私も悪かったのだから」


「アナスタシア様はお優しいですな。そういうことなら、私もこれ以上は控えますかな」


 ゾルンも軽く笑みを浮かべていた。大きなため息がアーヴェントから聞こえてくる。


「せっかくの機会だから俺の両親について話をしようか」


「お願いします」


「ちょうど、母上からの手紙を受け取った所だったんだ」


 アナスタシア達が執務室を訪れた時にアーヴェントが手にしていた手紙は彼の母親からのものだったようだ。アーヴェントは柔らかい表情で口を開いた。


「俺の父の名前はナハト・オースティン。先代の公爵だ」


(先代のオースティン公爵様……そういえばアーヴェント様は二十三歳の若さで現オースティン公爵として活躍されているのよね)


「アーヴェント様の爵位はお父様からお継ぎになったのですよね?」


「ああ、そうだ。今から六年前に病で亡くなった折にな。今の事業もその時に譲り受けたものだ」


(……六年前といえば私のお父様やお母様も存命だった。私は十歳だったから多分庭園で唄をうたっていた頃ね。アーヴェント様はそんな時から頑張ってらっしゃったのね)


「どんなお方だったのですか?」


「とても厳しくも優しい人だった。貴族としてではなく、父親として俺の将来のことを考えてくれていた……」


 その時のアーヴェントはとても切なそうな表情を浮かべていた。そこまで何か思うことがあるのだろうとアナスタシアは気に掛った。


「アーヴェント様……?」


「あ、ああ。すまない。俺は小さな頃から()()だったから、余計にそう思ってくれていたんだろう」


 普段の表情に戻ったことでアナスタシアは一安心して胸を撫でおろした。ゾルンもアーヴェントの横で静かに様子を見守っていた。


「お母様は今どちらにいらっしゃるのですか?」


「オースティン領の外れの閑静な別邸で過ごしている。今は色々と忙しいようで、会いにくることは難しいからアナスタシアには宜しく伝えて欲しいと手紙にも綴ってあったよ」


 アーヴェントの母親の名はレナ・オースティンと言い、元々は王族のかなり遠縁にあたる家柄だったらしい。そこからアーヴェントの父であるナハトと結婚した。ナハトの生前はこの屋敷で共に暮らしていたそうだ。


「あの……私がアーヴェント様の婚約者になったことはご存じなのですよね?」


「ああ、知っている。……やっと俺にも相手が現れたことをとても喜んでくれているよ。アナスタシアと会う日が待ち遠しいとも言っていた」


(良かった……アーヴェントのお母様も私を快く迎えてくれるなんて嬉しいことね)


「私もお母様にお会いするのを楽しみに待っていますね」


「ああ、そうしてくれると俺も嬉しい」


 二人は微笑み合う。その時アナスタシアがあることに気が付く。


「そういえば、ゾルンやラスト達も先代のオースティン公爵様の頃からお屋敷に仕えているのですか?」


 そのアナスタシアの言葉にピクっとアーヴェントが反応する。彼よりも横に立っていたゾルンが先に言葉を口にする。


「私達はちょうど先代のオースティン公爵様がご存命の時にこの屋敷にやって参りました。アナスタシア様がよく知る使用人の中ではグリフが一番遅かったでしょうか」


「そうだったのね。ありがとう、ゾルン」


 メイにはアーヴェントが少しほっとした様子に見えていた。アナスタシアはゾルンの方を見ていたのでその素振りには気づいていないようだった。


 ゾルンは丸眼鏡の位置を軽く両手で治すと言葉を続ける。


「そういえば、お茶のご用意をしておりませんでしたね。続きのお話はお茶を飲みながらして頂ければと思います。メイも手伝ってもらえますか?」


「はい! お手伝い致します、ゾルン様」


 二人がお茶の準備を始める。アーヴェントの両親についての話はとりあえず、そこまでとなった。アナスタシアも気になっていたことを知ることが出来て満足げな表情を浮かべていた。

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