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70 リチャードが訪ねて来ました

 祝賀パーティーから二日ほどたったある日の朝。アナスタシアはいつも通り、朝の支度をメイに手伝ってもらっていた。


「何度聞いても胸の奥がキリキリするお話ですね。ハンス殿下やレイヴン様達が突然、パーティーにいらっしゃったなんて」


 小言を口にしながらもメイは丁寧な仕事ぶりでアナスタシアの髪をとかした後、オースティン家特製の香油を塗っていく。とても良い香りが寝室に漂う。


「そんなに怖い顔をしないでメイ。せっかくの可愛い顔が台無しになってしまうわ」


「可愛いお顔なのはアナ様のほうですよぉ! それに旦那様から聞きましたけど、ハンス殿下やレイヴン様達を前にして毅然と振舞われたアナ様は流石ですねっ」


 自分の誇りだといわんばかりに、メイは胸を張って見せる。それを鏡越しにアナスタシアは見てクスリと笑う。同時にメイが自分のことを心配していてくれたことが伝わってきてアナスタシアは胸が温かくなる。


(メイも私のことを心配してくれているのよね。ハンス殿下達のことをアーヴェント様から聞いた時のメイはとても私のことを気にしてくれていたもの)


「ありがとうね、メイ」


「メイはアナ様の侍女ですからっ。これからも何でも言ってくださいね!」


 トンとメイド服の胸のあたりに右手をメイが添える。しっぽを振る子猫のような仕草がアナスタシアをまた弾んだ気持ちにさせてくれた。それからドレスに着替えたアナスタシアはメイを連れてアーヴェントの待つ食堂へと向かう。


「おはよう、アナスタシア」


「おはようございます、アーヴェント様」


 食堂につくとアーヴェントがテーブルから立ち上がり、アナスタシアを迎えてくれた。椅子を引いてもらい席に座る。二人がテーブルにつくとラストやメイ、他の使用人達が朝食を運んできてくれた。アナスタシアがアーヴェントの方を見ると、彼は柔らかく微笑んでくれた。


 ふとアナスタシアの心臓がトクンと鳴る。パーティーの時に自分の傍にいてくれたこと、最後に涙を拭きとってくれたことを思い出すと心臓が鳴ることが増えた気がする。


(あれからアーヴェント様も私のことを気にかけてくれているようで、掛けてくれる言葉や仕草からそれが伝わってくる……こんなに嬉しいことはないわ)


 それから二人は今日の朝食のメニューの説明をナイトに説明を受けつつ、料理を口にする。何気ない会話をアーヴェントとアナスタシアは楽しんでいた。するとゾルンが食堂に姿を現した。まだ迎えにくる時間にしては早かった。


「お食事中、失礼致します」


 一礼したゾルンが丸眼鏡の位置を直しながらアーヴェントの傍に歩いて来た。


「どうかしたのか、ゾルン」


「はい。たった今リチャード様の馬車がお着きになられました」


「リチャードが? ……わかった。通してくれ」


 ゾルンにリチャードを食堂に招くように伝える。しばらくしてゾルンに案内された彼が食堂に姿を見せた。申し訳なさそうに一礼してみせる。


「事前の連絡もなしに訪ねてきてしまって悪かったね、アーヴェント」


「いいさ。それよりも朝食がまだだろ? 今用意させるから食べてくれ。用件はその後に聞くさ」


「ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 気心のしれている二人はトントンと話を進め、リチャードも加えた三人での朝食になった。


「アナスタシアも久しぶりだね」


「ええ。リチャードも久しぶり」


「メイも元気だったかい?」


「はい! おかげ様で元気にアナ様の侍女をさせてもらっています!」


 それは良かった、とリチャードは微笑んで見せる。その後ふとアナスタシアの方を見つめた彼は心配そうな表情を浮かべていた。


 食事が終わると、場所を変えて話をすることになりラストやメイ達がお茶の準備をする。頃合いを見てアーヴェントが口を開いた。


「それで、今回訪れた用件を聞かせてもらおうか」


「うん。ライナー達には手紙で十分だと言われたんだけれど、ボクが直接説明したいと強く希望して今日はやってきたんだ」


 アーヴェントと並んで座るアナスタシアもリチャードの方を見つめていた。普段は爽やかな彼がいつにもまして真剣な表情を浮かべていたのが気になったのだ。


(こんなに真剣な表情を浮かべているリチャードは初めて見た……説明と言っていたけれど何のことなのかしら)


「ハンス殿下達のことについてか?」


 リチャードの表情からアーヴェントは察しがついたようだ。リチャードも静かに頷いてみせる。それからすぐに説明が始まる。気を利かせたラストが自分も含めた使用人達に席を外すように促した。メイもそれに続こうとしたが、リチャードから呼び止められたのだ。


「メイは一緒に話を聞いてくれると嬉しいな」


「えっと……」


 戸惑うメイにアーヴェントがリチャードの希望通りにしてやってくれ、と言葉を掛けた。ラストもそれで良いと言ってくれたのでメイもその場に同席することになった。


「アーヴェント達が会場を去った後、着替えを済ませた婚約者のフレデリカを連れてハンス殿下と外交官のレイヴンは主賓席に戻って来たそうだ。その時、キミ達がいないことに不満げだったそうだよ」


「そうか。まあ、そうなるだろうな……」


 顎の当たりに右手を当てながらアーヴェントが呟く。アナスタシアとメイもその話に耳を傾けていた。


(そういえばパーティーにはリチャードの姿はなかったわ。王族の遠縁ということだけれど王城で暮らしているくらいだから、てっきり参加していると思っていたのに。何か用事でもあったのかしら……)


「シェイド国側には今回、リュミエール王国の代表団が来ることは事前に連絡がなかったそうだよ。本当に突然の訪問だったらしい」


 リチャードは珍しく眉間にシワを寄せ、声を強張らせながら説明を続ける。アーヴェントはその様子を静かに深紅の両の瞳で見つめていた。するとリチャードはアナスタシアの方を向きながら謝罪の言葉を口にする。


「アナスタシアにも、とても迷惑をかけたみたいじゃないか。本当に申し訳ない」


「そんなことないわ。それにリチャードが謝ることはないでしょう?」


(リチャードも私とハンス殿下の婚約破棄の話を耳にしていて、心配してくれているのね。 ……それにしてもまるで身内の恥を謝罪しているように聞こえるけれど……気のせいかしら)


「そうだね。でも……王族の遠縁としてのボクから見ても今回のハンス殿下達の横暴は見過ごせない。それくらいアルク王達に失礼な行為だ。本当に……っ」


 口元に力を入れて、言葉を続けようとしたリチャードをアーヴェントが静かに諫める。


「リチャード、落ち着け。お前らしくないぞ」


「! ごめん……アーヴェント」


 ハッと我に返ったリチャードが瞳を閉じ、落ち着きを取り戻した。どうやら王族の遠縁としてリュミエール王国側の行為に思うところがあり、事の詳細を手紙ではなくリチャード自らが説明しに来たようだ。


「それで、ハンス殿下達はそれからどうしたんだ?」


「一応、パーティーが終わるまでは出席していたそうだよ。でもパーティーが終わった後、すぐに王城を後にしたらしい。アルク王から次の日にでも食事を、と勧められたそうだけど多忙を理由に断ったそうだよ」


「なるほどな」


「翌日の早朝にはリュミエール王国に馬車を走らせたらしい」


 ふむ、とアーヴェントが頷く。その話を聞いたアナスタシアはあることを考えていた。


(ハンス殿下や叔父様達はパーティーに参加するためにシェイド王国に来た……でも話を聞く限りとても急な話よね……まさか私に会いに来た……なんてことはないわね。もう私はハンス殿下との婚姻は解消しているし、ミューズ家からも追い出されたのだから)


 考えにふけるアナスタシアをアーヴェントは優しく見守るように見つめていた。そしてリチャードにお礼の言葉を口にする。


「リチャード、わざわざ知らせに来てくれたこと感謝する」


「いいんだよ。ボクも他の用事を済ませる途中で寄ったようなものだからさ」


 リチャードはいつもどおり、爽やかな笑顔を浮かべていた。屋敷に来た時よりもすっきりした様子が伺えた。


「私もその話を聞けてよかった。ありがとう、リチャード」


「うん。ボクも嬉しいよ」


 アナスタシアの言葉にリチャードは頷く。こうして話は幕を閉じた。リチャードはその後、メイと少し二人で話をして屋敷を去るのだった。

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