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66 私はその一歩を踏み出します

 フェオルが御者を務める馬車がシェイド城の入り口に到着する。既に招かれた貴族達も馬車から降りて城内にあるパーティー会場へと向かう姿が車窓から見てとれた。


 フェオルはスッと馬車から降りるとスッと扉を開けてくれた。アーヴェントはフェオルに礼の言葉を口にしながら先に馬車を降る。そして綺麗に着飾ったアナスタシアに右手を伸ばすと、その手を取った彼女は馬車からゆっくりと降りた。


「すごい人ですね」


「ああ、終戦記念を祝うパーティーだからな。沢山の貴族や関係者たちが招かれている」


 そう会話を交わすと二人は城の使用人の案内を受けて、パーティー会場へと向かう。煌びやかな会場に着くと既に沢山の招待客達で賑わっていた。その光景を見てアナスタシアは緊張してきたのか、手に力が入る。だが、そっとアーヴェントが彼女の手にそっと手を重ねながら微笑む。


「大丈夫だ、アナスタシア。俺がついている」


「ありがとうございます、アーヴェント様」


 アーヴェントは静かに頷くと会場内へとアナスタシアをつれて歩いていく。すると多くの人達の視線をアナスタシアは感じていた。


(何だかすごい見られている……?)


「俺がこういったパーティーに参加するのは珍しいからな。それに……」


 二人のことを見ている者達の呟く声に耳を澄ましながらアーヴェントが苦笑いを浮かべていた。


「どうやら王都でケネスが流した噂が貴族達の間でも広がっているみたいだな」


(確かに皆、興味深く私達を見ている……誰も蔑むような目をしていない。やっぱり皆の見る目が変わっているんだわ。噂の内容は少し恥かしいけれど、アーヴェント様が奇異や畏怖の目で見られないというのが私は一番嬉しい)


「そうですね」


 アーヴェントを見つめながらアナスタシアは柔らかく笑みを浮かべてみせる。その時、会場内がざわつく。


 会場に別の入り口からアルク王と妃のベガが姿を現したのだ。それに王太子であるライナーと王女であるリズベットが続く。アルク王は静まり返った会場を見渡すと、専用の椅子に腰かける。そして軽く手を振ると、再び賑やかな雰囲気に会場は包まれ本格的にパーティーの幕が上がる。


 専用の音楽隊が奏でる音楽が優雅な空間を演出していた。貴族達は皆、我先にと王族の皆に挨拶をしに向かう。


「俺達も行こうか」


「はい」


 少しずつ挨拶を待つ列は進み、アーヴェント達の番がやってきた。二人はアルク王達に揃って深い礼をする。アーヴェントに続いてアナスタシアは美しいカーテシーを添える。


「陛下、王妃様もご機嫌麗しゅうございます」


「ああ、ありがとう。アーヴェントもよく来てくれた」


「お招き頂き、感謝しております。陛下」


 アルク王が頷くと、横に並んで座っていたベガも笑顔で言葉を口にする。


「アナスタシアもとても美しいわね。どうか、パーティーを楽しんでちょうだいね」


「王妃様。ありがとうございます」


 二人への挨拶を済ませると、先程からこちらを見ていたライナーとリズベットにも二人は挨拶をする。


「アーヴェント、よく来てくれたな」


「アナスタシアもよく来てくださいましたわね」


「ありがとう、ライナー」


「リズベット様もご機嫌麗しゅうございます」


 アナスタシアの挨拶に頷いたリズベットはその後、頬を膨らませていた。


「もう、せっかくアナスタシアが来てくれたのにゆっくりお話も出来ないなんてつまらないですわ」


「リズ、今日は仕方ないだろ? 王族としてふさわしい態度でいてくれよ」


「わかっていますわ、お兄様」


 そのやりとりを見てアーヴェントもアナスタシアも微笑んでいた。するとアルク王の横に大臣と思われる人物がやってきて耳打ちをする。少し驚いた表情を浮かべたアルク王がライナー達と話をしていたアーヴェントとアナスタシアの名を呼ぶ。


「アーヴェント、アナスタシア。少しいいだろうか」


 ライナーやリズベットもその様子を見守っていた。再び自分の前にきた二人にアルク王は刹那考える素振りをした後に語り掛ける。


「たった今、リュミエール王国の代表としてハンス・リュミエール王太子とその婚約者のご令嬢。そして外交官のレイヴン・ミューズがこの城へとやってきたそうだ」


 アルク王の言葉にアーヴェントも、そしてライナーやリズベットも顔色を変える。それはアナスタシアも同様だった。


(ハンス殿下とフレデリカ……それに叔父様がこのパーティーに……!?)


 アナスタシアの心臓が大きく音をたてはじめる。以前の暗い記憶がまるで波のように次々と押し寄せてくる。胸に両手を当てて、その波を抑えようとするが絶えず記憶の波は押し寄せてくる。アーヴェントもアナスタシアの心情を察したようで声を掛ける。


「アナスタシア、大丈夫か?」


「アーヴェント様……」


 不安そうな表情を浮かべながらアナスタシアがアーヴェントの顔を覗いてくる。青と赤の両の瞳の奥には暗い光が浮かんでいた。それを見たアーヴェントはアナスタシアの手を優しく握る。


「大丈夫だ。俺がついている。何があってもお前を守るよ」


 握る手からアーヴェントの温もりが伝わってくる。トクン、と心臓が高鳴る。その高鳴りによって先ほどまで押し寄せていた暗い記憶の波がゆっくりと引いていく。


(とてもあたたかい……不安な心が少しずつ晴れていくよう……)


 アナスタシアが我に返るとアルク王やベガ王妃、そしてライナーやリズベットも温かい瞳で見つめてくれていた。優しさがアナスタシアの心に伝わっていく。その時、パーティーの準備を手伝ってくれていたラストの言葉が思い出された。


―後は緊張しすぎずに、ご自分に自信を持ってさえいれば完璧ですわ。どうぞ、楽しんできてくださいませ―


 アナスタシアの心臓がまたトクンと高鳴る。まるで柔らかい音色のように心に響く。そして以前庭園で話をしてくれたアルガンの言葉が思い出される。


―多分、この子達はアナスタシア様にはもっと『我がまま』になって欲しいんだと思いますよ―


 ハッとアナスタシアの青と赤の両の瞳に温かい光が灯る。


(アルガンはあの時……こうも言っていた……)


―遠慮せずに自分の想ったこと、感じたことを素直に口にしたり、行動に移したり……この先きっとそういう気持ちが必要になる時がくる、ってこの子達が言ってます―


(陛下や王妃様、ライナー様やリズベット様……そしてラストやアルガン、庭園の草花達も私の背中を押してくれている……それに私には……)


 優しい深紅の両の瞳でこちらを見つめているアーヴェントの顔をアナスタシアはそっと見つめる。


(アーヴェント様がいてくれる……)


「アーヴェント様……一つお願いがあります」


 刹那、アナスタシアは両の瞳を閉じる。そして澄んだ青と赤の瞳を開き、アーヴェントに語り掛ける。その様子を見たアーヴェントは優しく微笑みながら頷いてくれた。


「お前の願いなら、何でも叶えてやる」


 その言葉を聞いたアナスタシアも柔らかく微笑みながら、アーヴェントの手にそっと自分の手を重ねた。


「叔父様達にご挨拶をしたいと思っています。一緒についてきてくださいますか?」


「ああ、わかった」


 パーティー会場の入り口付近が騒がしくなる。リュミエール王国の王太子たちがやってきたのだと皆がざわつき出したのだ。アナスタシアは毅然とした態度で振り返り、アーヴェントと共にその一歩を踏み出すのだった。

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