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43 一方ミューズ家では②

 今回はアナスタシアがオースティン家での日々を送る中で皆の優しさに触れ、本来の自分を取り戻しながらアーヴェントとの関係もよくなってきた頃のミューズ家のお話。


 ガシャン―と大きな音がミューズ家の屋敷に響き渡る。その音の原因は使用人の一人が当主であるレイヴンの大事にしていた壺を割ってしまったのだ。同じ場所で仕事をしていたアナスタシアの元侍女であるメイが後片付けを手伝う。


「わざとじゃないってことは言ってあげますから、一緒に謝りましょうね」


 そう声を掛けて後片付けをしていると、音を聞きつけたレイヴンが大声を出しながら執務室から出てきた。それに気づいた壺を割った張本人である使用人はその場から逃げ出したのだ。


「にゃっ!? ま、待って。何処にいくのっ?!」


 現当主のレイヴンになってからそれまで仕えていた使用人達は暇を出され、昔を見知っているのはメイだけになっていた。そのメイがレイヴンに隠れてアナスタシアによくしていたことを知っていた使用人達はメイを邪見に扱っていた。今回も怒られると悟った使用人はメイに責任を擦り付けたのだ。


「メイ、またお前か! これで何回目だと思っているんだ!!」


「だ、旦那様。これは……」


「よくも私が大切にしていた壺を割ってくれたな……もう我慢の限界だ! メイ、お前に暇を出す!! 子爵家には文句を書き溜めた書状を送ってやるから覚悟しろ!!」


「そ、そんな……」


 俯くメイを残し、レイヴンは執務室へと戻っていく。執務室に戻ったレイヴンは執務机の椅子に投げやりに腰を下ろすと机の上に無造作に重ねられた書類の山を見て溜め息を漏らしていた。壺を割られたこともだったが、苛ついていた本当の原因はむしろこちらだった。


「……くそっ……」


 書類の内容は現在レイヴンの指示によって展開しているミューズ家の事業に関わるものだった。その大半が交易で使用している街道に魔獣が頻繁に姿を現し、荷物の運搬が困難になった末の交易相手からの催促状であった。


「騎士団は何をしているのだ、まったく……」


 ミューズ家の事業は前当主のラスターの時代から規模が大きい。そうなると商品を運ぶために使う街道の種類も多かった。そのため、最近の魔獣の出現の多さによって伴う不利益も大きいものなっていたのだ。現在では交易で使用している街道の多くが魔獣の被害にあっていた。


 リュミエール王国の騎士団も見回りの規模を増やし、魔獣の討伐に当たっているが、出現する魔物の量が多いため対応が後手に回っているのが現状だった。その件についての書状も騎士団から届いていた。既にレイヴンは破り捨てていたが。


「今度使う予定だった街道も魔獣が出始めたという報告を受けていたな……なんとしてもこれ以上はこちらの損害を抑えなければ……事業がとん挫してしまう……くそ、忌々しい魔獣どもめっ」


 執務机を右手で思い切り叩く。レイヴンの額には冷や汗が浮かび、その右手で頭を何度か掻く仕草をする。最近は事業の他にも頭を悩ませていることがあった。その一つはフレデリカの妃教育についてだった。


 愛娘でもあるフレデリカだったが、城で行われている妃教育は彼女の性格も相まって上手くいっていなかったのだ。今までは目をつぶっていた婚約者である王太子ハンスからも先日小言を漏らされていた。そちらの具合も悪くなれば、自分の体裁も危ぶまれることから、頭を悩ませていたのだ。


「妃教育のことは、あの子をあまり傷つけないように話をしなければな。あの子は本来出来る子なのだから。きっとフレデリカを妬んだ妃教育の教師共が意地の悪いことをしているのだろうな……ああ、なんて可哀そうなのだフレデリカは」


 先日フレデリカと話した時のことをレイヴンは思い出していた。その時は王都にフレデリカを連れていった時に彼女に宝石をおねだりされたのだ。だが、現在の宝飾品の多くは隣のシェイド王国から流れてくるものが多くなっており、質もだが価格も相応に高い。いかに名門のミューズ家といえど、現在の家の財政を考えると可愛い愛娘からのお願いも簡単には聞いてあげられないのがレイヴンにしてみれば口惜しかった。


「事業で宝飾品の流通も行っていたが、リュミエール王国産のものよりもシェイド王国産のものが今市場を騒がせ始めた……急に質のいい宝石の原石が採掘されるようになったという噂も聞く……こんなにも立て続けに悪いことが起きるとは……何て腹立たしいことだっ」


 再び、レイヴンが机を叩く。その時、執務室の扉がノックされる。聞こえてきたのは可愛い愛娘フレデリカの声だ。扉がそっと開かれる。


「お父様、お仕事お疲れ様です」


「ああ、フレデリカ。どうしたんだい」


「お母さまにお父様の仕事の様子を見に来て欲しいと言われましたの」


 最近のレイヴンは仕事が上手くいかない怒りの矛先を妻であるクルエに向けていたこともあり、フレデリカに様子を見に来てもらったのだろう。当のフレデリカも最近色々と不満がたまっており、向ける矛先は使用人達になっていた。そのこともあり、最終的に立場の弱いメイが皆の不満のはけ口になっていたのだ。


「お父様、あまり顔色がよくありませんわ。お疲れなら休んでくださいね」


 甘い声を出しながらフレデリカはレイヴンの肩に優しく両手を置く。気分を良くしたレイヴンはその手を軽く掴みながら笑顔を浮かべていた。


「ああ、お前はなんて優しい娘なんだフレデリカ」


「お父様の健康が、私の一番の願いですもの」


 恐らくは妃教育のことを咎められないようにという、フレデリカの悪知恵だったのだろう。精神的にも疲れている時に甘い声ですがれば自分を愛してくれているレイヴンは気を良くして、許してくれるというのがフレデリカの魂胆だ。


「フレデリカはこんなにいい子だというのに……他の奴らときたら、まったく……」


 そう呟くレイヴンの気を逸らすために、フレデリカは机の上に目を向けながら口を開いた。


「本当に大変そうですわね……厄介者のアナスタシアがいなくなったというのに。こんなにお父様のお気持ちを害すことが多くなるなんて……お気持ちお察しいたしますわ」


「はぁ……その言葉だけでも救われるよ。お前の言う通りだ、フレデリカ。邪魔なアナスタシアがいなくなったというのにな……。 ……ん?」


「お父様、どうかされましたか?」


「……()()()()()()()()()()()()()()()……いや、まさかな」


 不意にレイヴンが呟く。


 その後もミューズ家の財政状況は悪くなる一方だった。

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