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42 働きすぎも考えものだな

 窓から差し込んだ朝の陽ざしでアーヴェントは目を覚ました。仰向けのまま、しばらくの間天蓋を見つめる。そっと右手を目の前に持ってくると何度か軽く握りしめ、力の入り具合を見る。自分の思い通りに動いたことを確かめると身体を起こす。倦怠感もなかった。


「……」


 ベッドの隣の椅子を見るとアナスタシアの姿はそこにはなかった。アーヴェントはそっと冷たくなった椅子に触れる。その後、ベッドから起き上がるとゆっくりと陽射しが差し込む窓際に立ち外に目を向ける。するとアーヴェントの寝室の扉がノックされ、ラストの声が聞こえてきた。


「アーヴェント様、ラストです」


「ああ、入ってくれ」


 返事を聞くとラストは扉を開け、部屋へと入ってくる。アーヴェントの近くまで来ると一礼してみせる。


「おはようございます。お身体はもう宜しいのですか?」


「ああ、見ての通り快復しているよ」


「それは良かったです」


 アーヴェントはそわそわした素振りする。ラストにはそれが何を意味しているか察したようで微笑みながら言葉を口にする。


「アナスタシア様なら、お部屋でお休みになっていますよ」


 見透かされたアーヴェントは照れた様子を見せていたが、すぐに普段の様子に戻る。ラストが言葉を続ける。


「アナスタシア様は朝までアーヴェント様の傍にいたいと仰っていました。ですがお疲れの様子でしたので後は私が引き継ぎ、アナスタシア様にはお部屋でお休み頂くようにお願い致しました」


「そうか……。ラスト、礼を言う」


「もったいないお言葉ですわ。それに私はアーヴェント様にもアナスタシア様にも元気でいて欲しいと思っておりますのでっ」


 柔らかい表情で感謝の言葉をアーヴェントは口にする。ラストも明るく応える。それからアーヴェントはラストに手伝ってもらい着替えを済ませる。朝食まではまだ時間があるのを確認すると部屋に備え付けられたテーブルの椅子に腰かけ、軽く息をつく。自分が床に伏せたことでアナスタシアに不安な思いをさせたことを後悔しているようで、バツの悪い表情を浮かべていた。傍らに立っていたラストが声を掛ける。


「お仕事のし過ぎにはお気をつけてくださいませ」


「うぐっ……そうだな」


 会話の合間にアーヴェントは深い溜め息を漏らす。


「……アナスタシア様には内緒にしておきましたから、ご心配には及びませんよ」


 ばっと、アーヴェントがラストの方を振り向く。何か言われてはまずいことに心当たりがあったのだろう。くすっと笑みを浮かべながらラストが言葉を続ける。


「アナスタシア様と一緒にいる時間を少しでも作るために、お仕事を前倒して頑張ってらっしゃったと知ったらアナスタシア様はご自分を責めるでしょうからね」


「……助かる」


 前屈み気味になり、アーヴェントは右手を軽く顔に当てながら呟く。ラストは変わらぬ笑顔でその様子を見つめながら口を開く。


「これからは計画的にしてくださいませ。それがアナスタシア様の為にもなりますからね」


「ああ、気を付けるよ」


 再びアーヴェントは溜め息をつく。今回のことがかなりこたえたようで猛省しているようだ。


「アーヴェント様を心配するアナスタシア様はとても真剣でしたよ。アーヴェント様のことをとても大切に思っていらっしゃる証拠ですね」


「……」


「アーヴェント様?」


 アーヴェントは昨夜のアナスタシアの様子を思い返していた。ラストの言う通り、自分の身を案じてくれていたのが表情や所作から伝わってくる。だが、それ以上にアナスタシアからは何か『強い想い』のようなものを感じたのだ。


「なあ、ラスト。アナスタシアは何か思う所があったんだろうか……」


 そんなアナスタシアのことが気になったアーヴェントが呟くようにラストに声を掛ける。ラストはアーヴェントのそんな様子を見て、柔らかく微笑む。


「以前、アナスタシア様から聞いたことをお話しますわね」


「?」


 首を傾げた後、アーヴェントはラストの話す言葉に耳を傾ける。ラストは以前アナスタシアから聞いたことをアーヴェントに話した。それはアナスタシアの両親が亡くなった前の日、彼女が熱を出してしまった時のことだ。


「そうだったのか……」


 ラストは黙って頷く。


「これからはアナスタシアの為にも、身体には気を付けるよ」


「是非そうなさってくださいませ」


 アーヴェントはあの時アナスタシアが言葉にしてくれた『行ってらっしゃい』の意味を噛みしめるように思い出していた。そしてそんなアナスタシアのことを想い、優しい表情を浮かべながら呟いた。


「なんて愛おしいのだろうな……」


「……アーヴェント様、そろそろ朝食のお時間ですよ」


 自分の世界に入っているアーヴェントにラストが目を細めながら声を掛ける。はっと我に返ったアーヴェントが一度咳払いをする。そして立ち上がり、襟を正す。


「ラスト、アナスタシアを朝食に誘いたい。声を掛けてきてくれるか?」


 満面の笑みを浮かべながらラストが返事をする。


「かしこまりましたっ」


 その後、アーヴェントは朝食の席でアナスタシアをとびきりの笑顔で迎えた。そして精一杯の気持ちを込めて感謝の言葉を口にするのだった。アナスタシアも元気になったアーヴェントを見て、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。


 今日の朝食はいつにも増して、二人の楽しそうな声が食堂に響き渡るのだった。

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