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41 旦那様を看病します

(熱は下がったみたい……あとは目を覚ましてくれるのを待つだけ……)


 アナスタシアは水が入った容器に浸けた白い布を力いっぱい絞っていた。傍らにはベッドで横になって目を閉じているアーヴェントの姿があった。絞った布を優しく重ねて折るとアーヴェントの額にそっと乗せる。冷たさが伝わったのか、ゆっくりと両の深紅の瞳が開く。


「ん……」


「!」


(よかった……目を覚ましてくれたみたい……でもまだ無理はさせられないわ)


 目を覚ましたアーヴェントにアナスタシアが近づく。その表情はとても心配の色に染まっているように意識を取り戻したばかりのアーヴェントにもはっきりとわかった。まだ頭が痛むようで顔を歪ませながら口を開いた。


「ここは……?」


「お屋敷のアーヴェント様の寝室です」


「……アナスタシア、俺はどうしたんだったか……確か王都から二人で馬車の中で話していたと思うんだが……」


 戻ったばかりの朦朧とした意識でアーヴェントは自分の身に起きたことを思い出そうとしていた。だが、馬車の車内にいたはずの自分が今は屋敷の自室にいることの記憶がぽっかりと抜けていたのだ。重い身体を起こしながらアーヴェントはアナスタシアに尋ねる。


「アーヴェント様、まだご無理はしないでください。熱も下がったばかりですから」


「熱……そうか、俺は馬車の中で熱を出して倒れてしまったのか……屋敷にはどうやって?」


(意識もはっきりしてらっしゃるみたい……良かった)


 そこまで話が出来るようになったことを喜びながら、アナスタシアはそっとベッドの隣に備えられた椅子に腰をかけた後アーヴェントに説明を始める。


「あの後、馬車を止めてもらってラストに状況を説明しました。早くお医者様に見てもらう必要があるということで……私がフェオルに無理をいって魔法を使ってもらいオースティン領へと移動してもらいました」


(フェオルの魔法は極力使わないと聞いていたのに……怒られてしまうわね)


「そうか……ありがとう、アナスタシア」


「そんなお礼なんて……私、言いつけを守れなかったのですよ?」


 ふっとアーヴェントが笑みを浮かべながらアナスタシアの頭に手をのせる。俯き加減になった彼女にアーヴェントは語りかける。


「俺の身を案じてくれたんだろう? その気持ちがとても嬉しいんだ」


「アーヴェント様……」


 アナスタシアは両手を胸元に添えながらアーヴェントの言葉を聞いていた。


「……ん?」


 そこまで話したアーヴェントは自分が外向きの服ではなく、薄い寝巻に変わっていることに気付いた。ゆったりとした胸元からは逞しい身体が垣間見えていた。


(あっ……)


「あ、あの……私、その……何も見ていません。ここにはちょうど厨房に顔を出そうとしていたグラトンに運んでもらったんです。その後の着替えも男性の使用人にお願いしてやってもらいましたから……っ」


 アナスタシアは顔を真っ赤にしながら、アーヴェントの着替えなどについての説明をしてくれた。その姿がとても可愛らしくアーヴェントの深紅の瞳には映っていた。


「ふふ……そんなに慌てなくてもいいさ。後でグラトン達にもお礼を言わないとな」


「は、はい……そうしてくださいませ」


 再びアーヴェントが頭を撫でると慌てていたアナスタシアの表情が穏やかなものに変わっていく。思い出したようにアナスタシアが青と赤の瞳でアーヴェントを見つめながら口を開く。


「そうでした。アーヴェント様、何か食べられそうですか? ナイトがアーヴェント様の目が覚めたら食べてもらってほしいと柔らかい野菜のリゾットを作ってくれていたんです」


 アナスタシアは立ち上がると、台に乗せておいた料理の皿を取り再び椅子に腰かける。


「そうだったのか……うん。食べられそうだ」


「冷めても美味しいとナイトが言っていたので、どうぞ。お食べになってください」


 アナスタシアが手に持ったスプーンをリゾットに挿し入れる。ナイトの言う通り柔らかめに作ってあるためすっとスプーンですくえた。それをアーヴェントの口元にゆっくりと持っていく。


「……アナスタシア……」


 アーヴェントはアナスタシアの仕草を見て、うっすらと顔を赤める。熱のせいではなく、その行為が照れ臭かったのだろう。アナスタシアもそれに気づき、スプーンをひっこめた。


(やだ……私ったらアーヴェント様に向かってはしたないことをしてしまったわ……)


 視線を逸らしていたアーヴェントだが、アナスタシアの方を一度見ると言葉を口にする。


「アナスタシア」


「申し訳ありません。私ったらはしたないことを……」


「お願いしてもいいだろうか?」


「え?」


 アーヴェントは照れた様子でゆっくりと口を開ける。それはアナスタシアの行為に許可を出したということで間違いなかった。アナスタシアは笑顔を浮かべながらリゾットがのったスプーンをゆっくりとアーヴェントの口元に運ぶ。


「……うん。流石ナイトの料理だ。とても美味しいよ」


「良かったです。後でナイトにも伝えておきますね」


 二人はお互い照れ臭そうな表情を浮かべながら言葉を交わしていた。それから数度同じことを繰り返した。その後は用意していた薬をアナスタシアから受け取ったアーヴェントが水と一緒に飲み込んだ。少々苦みがあったのか、刹那顔を歪ませていた。


「やはり薬は苦いな」


「苦手でしたか?」


「ああ、少しな」


 ふふっとアナスタシアが柔らかく微笑む。


「それではお薬も飲んだので、後はゆっくりお休みになってください」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 アナスタシアの手伝いを受けて、アーヴェントは起き上がっていた態勢からベッドに横になった。身体もだいぶ楽になったようで、軽く息を吐く。呼吸もしっかりとしていた。


「アナスタシアももう休んだ方がいい。ずっと俺の看病をしてくれていたんだろ?」


「大丈夫ですよ。アーヴェント様が良くなってくれるのなら私、いくらでも傍にいますから」


「……そうか。ありがとう」


 ふと、アーヴェントがベッドの天蓋を見つめながら何かを考えていた。そして考えがまとまったようでアナスタシアの方にもう一度目をやる。少し照れた様子で口を開く。


「その……なんだ。一つお願いがあるんだが聞いてくれるだろうか」


 アナスタシアは微笑みながらベッドの横に手を添える。


「一つと言わず、何でも頼んでください。出来る限りのことはしますから」


 そうか、とアーヴェントは一度咳払いをした後に要望をアナスタシアに伝える。


「唄を……うたってもらえないだろうか?」


「唄……ですか?」 


「その方がよく眠れるような気がしてな……」


 アーヴェントの照れた仕草をみたアナスタシアはふっと笑いながら頷く。


「はい。それでアーヴェント様がよくお眠りになられるなら……」


「ありがとう。アナスタシア」


 アナスタシアは一度瞳を閉じる。そしてアーヴェントのことを想いながら呟くように唄を口にする。


【怖い夢から 遠ざけて 優しい夢に包まれて 眠れ 一人じゃないわ 傍にいる 私のこの手を握り 眠る あなたのことを想い 唄う子守歌】


 心地よい音色に誘われてアーヴェントはゆっくりと瞳を閉じ、眠りに落ちていく。アナスタシアはアーヴェントが寝息を立てるまで、優しくその手を握りしめていた。


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