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37 シェイド城に招待されました

「見てください、アナスタシア様。王都が見えてきましたよっ」


 馬車の車内、御者のフェオル側の席に座っていたラストが明るい口調で対面に座るアナスタシアに向かって声を掛ける。その隣のアーヴェントも車窓の外に目を向ける。


「あれがシェイド王国の王都……とっても素敵な所ね」


「この国で一番栄えている都ですからね」


 自慢気に語るラストを見たアナスタシアは微笑む。二人の様子を見ていたアーヴェントが声を掛けてきた。


「アナスタシア、疲れてはいないか? 王城に行く前にどこかで休むことも出来るが……」


 心配そうな表情を浮かべながらアーヴェントがアナスタシアに顔を近づける。俯き加減で返事をする。


「大丈夫です、アーヴェント様。このまま王城に向かって貰って構いません」


(アーヴェント様と馬車に乗り合わせるのも初めて……隣同士で座るのも初めて……どれもこれも初めてづくしで心臓がドキドキしてしまう……)


「そうか、なら良かった」


 安堵したアーヴェントの顔もまた素敵にアナスタシアの青と赤の両の瞳には映っていた。ちょうどその時、前方の小窓が開きフェオルの背負うぬいぐるみが見えた。フェオルの声が聞こえてくる。


「アーヴェント様、いったんお休みになりますかぁ?」


「いや、大丈夫だ。このまま王城に向かってくれ、フェオル」


「すぴぃ……」


「フェオル、起きてください」


 ラストがアーヴェントの代わりに小窓から声を掛ける。


「ねてません。かしこまりました。王城へ向かいますぅ」


 まったく―と顔を膨らませながらラストが呟いていた。それを見てアナスタシアは微笑んで見せる。そんなアナスタシアを見ていたアーヴェントもまた満足げだ。


 ライナーとリズベット達がオースティン家を訪問した数日後、アーヴェントとアナスタシア宛に手紙が届いた。内容は二人を王城へ招待したいというものだった。アナスタシアは屋敷に来てから一度も外に出たことはなかったので緊張もしていたが、好奇心の方が勝りアーヴェントに希望を伝えた。アーヴェントもアナスタシアには色々な経験をして欲しいと考え、この招待を受けたのだった。


 オースティン家の領地から王都までは数時間掛けてやってきた。途中、フェオルの魔法を使わないのかとアナスタシアはアーヴェントに尋ねた。するとフェオルの魔法のことは極力秘密にしているので今回は使わないとのことだった。


(そんなに大切な魔法を私の為に使ってくれていたなんて……あとでフェオルにお礼をいわなくちゃ……)


 アナスタシアが物思いにふけっているとフェオルが小窓を開けて車内に到着を案内する。


「シェイド城へ到着しましたぁ。うけつけをいたしますので少々お待ちくださいませぇ」


「フェオル、頼む」


「おまかせあれです」


 小窓が閉められ、フェオルが城の門番の兵士と話をしているのが車窓から見えた。そして目の前には立派な王城がそびえていた。


(ここがシェイド王国の王城……リュミエール城に勝るとも劣らない立派なお城……)


 以前は妃教育を受ける為にリュミエール城に出入りしていたアナスタシアだったが、それも五年も前のことだ。国が変わったとはいえ、王城に入城するという緊張から心臓の音が早く、そして大きくなっていくのを感じていた。


(落ち着くのよ、アナスタシア。王城は王家の方々も沢山いらっしゃる場所……アーヴェント様の婚約者として恥ずかしくない振舞いに気を付けないと……)


 アナスタシアは手を添えていたドレスの膝の辺りをぎゅっと握りしめる。もう十二分に緊張でガチガチになっているのがラストにもそしてアーヴェントにも丸わかりだった。


「アナスタシア」


「は、はい。どうかなさいましたか、アーヴェント様」


 急に声を掛けられたアナスタシアの身体が少し跳ねるように反応する。


「そんなに緊張しなくてもいい。お前には俺がついているんだ。エスコートは任せてくれ」


 そっとアナスタシアの顎のあたりにアーヴェントの右手が触れる。綺麗な両の深紅の瞳に見つめられたアナスタシアは刹那、緊張を忘れるほどときめいていた。


(優しい言葉を掛けて頂けて、温かい手を添えられている私はなんて幸せ者なのかしら……)


 思わずうっとりした表情を浮かべたアナスタシアを見て、アーヴェントも微かに耳のあたりが赤みを帯びているのをラストだけが気づいていた。


「仲が宜しくて何よりですわね」


 ラストが一言呟くのだった。ちょうど入城の手続きも済んだようで、フェオルの声が小窓から聞こえる。


「てつづきが終わりました。城内へ入りますぅ」


 馬車が再び動き出す。大きな門を抜けると色鮮やかな草木が茂る庭園が城の入り口まで広がっていた。馬車が止まる。いよいよ到着したようだ。


「アーヴェント様、到着いたしました」


「ご苦労だった、フェオル。馬車の手配は任せていいか」


「おまかせください」


 小窓が開き、フェオルが返事をする。先にラストが一礼して馬車を下りる。次にアーヴェントが一度アナスタシアに微笑みかけてタラップを踏み、降りていく。アナスタシアもそれに続こうとしたその時だ。何かの視線を感じた。


(この感じ……以前にも……)


 そう思いながら小窓に目を向けると、フェオルの背負っているぬいぐるみと目があった。


(!?)


 ガシャン―と小窓が閉じる。思い切ってアナスタシアが小窓をそっと開けると眠った可愛いぬいぐるみの姿が見えた。


(……?)


 何か不思議な物を見てしまった、そんな顔をアナスタシアが浮かべていると先に降りたアーヴェントが車内に顔を覗かせる。


「アナスタシア、どうかしたか?」


「あ……いえ。なんでもありません」


 アーヴェントを待たせてはいけないと思ったアナスタシアは今起きたことを話す機会を失う。気のせいかもしれないと自分に言い聞かせていた。


「そうか。頭をぶつけないようにな。さあ、行こうか」


 そう言ってアーヴェントは右手をアナスタシアに差し出す。


「ありがとうございます」


 アナスタシアは差し出された手に自らの右手を重ねるとぎゅっと握られ馬車の外に優しく引かれる。ゆっくりとタラップを踏み、アナスタシアは馬車を降りる。見上げるとシェイド王国の旗が城の屋根の上でなびいているのが見えた。


「アーヴェント、アナスタシア、よく来てくれたな。ラストもご苦労だった」


 城の入り口へと続く階段をゆっくりとライナーが降りてくる。リズベットも一緒だ。ラストは深い一礼をしてみせる。


「ライナー、招待してくれたこと感謝する」


「何を言ってるんだ。先に招待してくれたのはそちらだろ? 気にしなくていいさ」


 そうか、とアーヴェントが口にする。ライナーも嬉しそうな表情を浮かべていた。


「ライナー様、この度はご招待頂き誠にありがとうございます」


 アナスタシアもまた感謝の言葉をカーテシーと共に口にする。するとリズベットが駆け寄り、アナスタシアの腕を優しく掴みながら口を開いた。


「硬い挨拶はなしですわよ、アナスタシア。さあ、お城の中を案内しますわ」


「は、はい」


 リズベットに連れられてアナスタシアが階段を先に進んでいく。それをアーヴェントとライナーが見守っていた。後ろにはラストがそっと付き添う。


「リズベットがアナスタシアを気にいってくれたようで良かったよ」


「はは。リズの奴、お前達が来るのを今か今かと落ち着きのない様子で待っていたんだ。アナスタシアのことを相当気にいったらしい。年が近いせいもあるだろうがな。まあ、それはオレも同じだが」


「俺の自慢の婚約者だからな」


「はいはい。わかってるよ」


 笑い合う二人は先に歩いて行ったリズベットとアナスタシアの後を追うように階段を上がっていく。ラストもそれに続く。城内はとても広い空間が広がっており、柱や壁、床なども見事な造りをしていた。アナスタシアはかつて見たリュミエール城を思い出していた。


(お城の中もとても素敵……どこもかしこも輝いてみえる)


 それからアーヴェントとアナスタシア達は貴賓室に通された。城の使用人達がお茶の準備を整える。ラストも運ばれてきたものを受け取り、アーヴェントとアナスタシアの前に並べてくれた。四人はテーブルを挟み向かい合った形でそれぞれ椅子に腰かけた。テーブルも椅子も綺麗な装飾が施されていた。


「アナスタシアは初めての外出なのでしょう? お疲れではなくて?」


 リズベットがアナスタシアのことを気遣って声を掛ける。


「はい。大丈夫です。馬車の車窓から見えるシェイド王国の景色はどれも素敵でした」


「そう。そう言って頂けるとわたくし達も嬉しいですわ。ね、お兄様」


「そうだな」


 それから四人はお茶を飲みながら、色々な話題で盛り上がっていた。そんな時、貴賓室の扉がノックされ城の使用人が入室しライナーの傍に歩いてくる。そっと軽く耳打ちをすると、ライナーが口を開いた。


「そうか。承知したと、伝えてくれ」


 かしこまりました―そう言うと使用人は貴賓室を後にした。やりとりを見ていたアーヴェントがライナーに尋ねる。


「どうかしたのか?」


「ああ。突然で悪いんだが、父上がアナスタシアに一目会いたいとのことだ」


「王様が私に……?」


面白かったと思って頂けましたら是非、評価・ブクマ宜しくお願いします。

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