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33 一体誰の仕業なのだろうか

 月が綺麗だった夜の翌日、別邸の執務室にアーヴェントの姿があった。椅子に腰かけ、執務机の上に置かれた一通の封筒を険しい顔で見つめていた。それは昨日、自分が不在の時に起こった事件のきっかけとなったものだ。中に入っていた手紙はそこにはない。


「……」


 すると執務室の扉がノックされる。アーヴェントは待ち望んでいたような表情を浮かべ、扉の方を向く。


「入れ」


 アーヴェントが入室を許可する言葉を口にすると、ゆっくりと扉が開きゾルンが執務室に足を踏み入れる。そのままアーヴェントの近くまで歩いてくると、立ち止まり黙ったまま、主人の言葉を待つ。


「調べはついたのか?」


 アーヴェントの言葉を受けたゾルンは白い手袋をつけた右手で執事服の胸のあたりから手紙を取り出し執務机へと置く。その手紙こそ、机に先に置かれていた封筒の中身だ。ゾルンは手紙を置いた後、アーヴェントに報告する。


「はい。お預かりした手紙の筆跡と屋敷の使用人達の筆跡を照らし合わせました。ですが、該当者はおりませんでした」


「やはり……そうなるか」


 ゾルンの答えはアーヴェントの想定の範囲内だったようで、椅子にもたれかかり天井を仰ぐ。


「ドギー男爵は何と?」


 アーヴェントはゾルンの言葉に反応して、姿勢を元に戻しながら机の上に置かれた封筒を右手で取ると裏面に施された封蝋を見つめながら口を開く。


「男爵は使用人がこの手紙を男から受け取ったと聞いただけ、の一点張りだった。あの様子では嘘はついていないだろう。恐らく、受け取った使用人に聞いても手紙を届けたという男のことは何一つわからないだろうな」


 険しい表情のまま、アーヴェントが封筒を持つ手に力を込めていた。ゾルンが一言声を掛け、我に返ったアーヴェントは封筒をそっと机の上に置いた。ちなみに男爵は今回の手紙についての情報を提供するという交渉に乗った為、特例としてアナスタシアや使用人に行った非礼は許されていた。だが、肝心の遅れていた返済はしっかりとグラトンが取り立てにいくということで青ざめた顔を浮かべていたということだ。


「一体誰の仕業なのだろうか……」


 オースティン家の紋章に似せて作られた封蝋、ドギー男爵を屋敷へと招いた手紙、その手紙を届けたという男。何一つ、それに迫る証拠は出てきていない。アーヴェントは作為的な物を感じていた。


「男爵が屋敷に来た時、ラストが別の用事でアナスタシアから離れていたというのも気になる……彼女は余程の事がない限りアナスタシアの傍を離れないはずだ」


 ふむ、とゾルンが顎の辺りに白い手袋をつけた右手を添えながら呟く。


「ラストは何と?」


「別邸で入ったばかりの使用人の娘が商談で手に入れた壺を割ってしまったそうだ。弁償しなければと混乱して泣き出してしまい、収拾がつかなくなったことに加えて壺のこともありメイド長の彼女が呼ばれたらしい」


「確かに、執事長の私も不在でしたので使用人達の判断は間違っていないでしょうな」


 溜め息を吐いた後、アーヴェントは黙って頷いた。


「全てが出来すぎているように俺は感じている。主人である俺と執事長であるお前の不在。その日取りを狙ったかのような男爵の来訪。そしてその時、対応出来たのはアナスタシアだけ……これだけの偶然が重なるとは到底思えんのだがな」


 机に両肘をつけ、両手を重ねるようにしてアーヴェントが呟いた。続けてゾルンに言葉を掛ける。


「ゾルン、この件に関しては調べを続けてくれ」


「かしこまりました」


 再び、アーヴェントは椅子にもたれかかる。


「それにしてもアナスタシアは本当に出来た娘だな。彼女が対応していなければ、もっと大事になっていただろう」


「男爵の対応にあたっていた使用人達もアナスタシア様にはとても感謝しておりました」


 そうか、とアーヴェントは顔に手を乗せたまま答えた。


「アナスタシアには怖い思いをさせてしまったな……」


「何かお言葉はお掛けになったのですか?」


「あ、ああ」


 ゾルンが尋ねると、アーヴェントは昨夜アナスタシアに行ったことを思い出す。自然と顔が熱を持っていく。目元だけは乗せたままの右手で隠していたがゾルンには一目瞭然だった。


「……アーヴェント様は本当に素直な方ですな」


「……ゾルン、勝手に俺の心を見透かした気になるのはやめろ」


「これは失礼いたしました」


 微笑を浮かべながらゾルンは丸眼鏡の位置を直す仕草をする。それを見たアーヴェントはバツの悪い表情を浮かべていた。話題を変えるようにゾルンが言葉を掛ける。


「アナスタシア様は本来ならば芯がお強い方なのですね。屋敷に来た当初はそんな気は感じられませんでしたが」


 ゾルンのその言葉を聞いたアーヴェントは姿勢を元の位置に戻す。


「アナスタシアが今まで置かれていた環境では彼女の真価は埋もれてしまっていたのだろうな。いや、誰も本当の彼女を見ようとしなかっただけか」


 片肘をつき、手のひらに顔を軽く乗せながらアーヴェントが呟く。


「大事にしていかなければなりませんね」


「ああ、そうだな。これからも宜しく頼む」


「心得ております」


 話も一段落して気も楽になったようで、明るい表情を浮かべたアーヴェントが口を開く。


「そうだ、アナスタシアを昼食に誘うかな。朝食は一人で済ませたはずだろうから、寂しがっているやもしれん」


 心を弾ませた少年のような笑顔をアーヴェントは浮かべていた。それを見ていたゾルンが声を掛ける。


「……アーヴェント様、一つ気になることが」


「どうした、ゾルン?」


 まだ何か大事な話があったのかと、再びアーヴェントが真剣な顔になる。


「アナスタシア様にはどのようなお声を掛けて頂けたのか、気になりまして」


「……ゾルン」


 ゾルンは一度咳払いをした後、丸眼鏡を直しながら口を開いた。


「これは申し訳ございませんでした。すぐに昼食の手配を致します」


「まったく……」


 アーヴェントは大きなため息を漏らすのだった。

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