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27 お仕事をしている旦那様の姿も素敵です

 グリフの部屋を後にしたアナスタシアが談話室の前まで戻ってくると、ちょうど談話室の扉が開きアーヴェントが姿を現した。少し焦っているような表情を浮かべていたがアナスタシアの顔を見るとすぐに笑顔に変わる。聞くとあまりにもアナスタシアの帰りが遅かったので、様子を見にいく途中だったのだという。


 アナスタシアも遅くなったことを謝ろうとしたがとりあえず中に入って話をしよう、ということになり二人は談話室の中に戻り椅子に腰掛ける。もちろん、アーヴェントはアナスタシアの隣に座った。


「グリフと話したのか……?!」


 何故遅れてしまったかの説明をアナスタシアがするとアーヴェントは驚いた顔を浮かべる。話を聞いていたゾルンもほぉ、と丸眼鏡を直しながら顎の辺りに手を当てて呟いていた。


(やっぱり勝手に話をしてしまったからお怒りなのかしら……)


「す、すいません。私、勝手に……」


 俯きながら謝罪をしようとしたアナスタシアだったが、アーヴェントの明るい声が耳に入る。


「そうか。あのグリフが部屋に入れてくれたのか……それはとても喜ばしいことだ」


「アーヴェント様?」


(あれ……お怒り……ではない?)


 おどおどしながらアナスタシアはアーヴェントの顔を見つめていた。ふっと笑みを浮かべながら彼が口を開いた。


「案内した時も言ったと思うが、グリフはとても人見知りが激しいんだ。それに話していてわかったと思うが性格もああなので使用人達も敬遠しがちでな。そんなグリフがアナスタシアを部屋に入れて会話までしてくれたというのであれば、アナスタシアのことを気にいってくれたという何よりの証拠になる」


 嬉しそうにアーヴェントは言葉を並べる。正直に言って、グリフがアナスタシアのことを気に入ってくれるか心配していたのだろう。それが杞憂だとわかってほっとしているようにも見えた。


「あ、それで……グリフからこれをアーヴェント様に渡して欲しいと預かってきました」


 思い出したようにアナスタシアがグリフから渡された書類を差し出す。すると再びアーヴェントは驚いた顔を浮かべながら口を開く。


「この書類をグリフから預かったのか?」


「はい。届けて欲しいと言われたので……」


 ゾルンも再びほう、と呟いていた。


「アーヴェント様、どうかされましたか……?」


「いや……グリフは仕事の書類を他人に預けることは滅多にしないんだ。例外はゾルンやラストくらいなものだ。後は処理が終わった時に俺が直接部屋を訪ねて受け取っているんだ」


「そうだったんですか」


「余程、気にいられたんだな。嬉しい驚きだよ」


 そんな会話をしていると談話室の扉がノックされる。横に控えていたゾルンが扉を開けて使用人からの伝言を受ける。扉を閉めた後、アーヴェントの近くまで歩いて来た。


「アーヴェント様、お客様が訪ねてきたそうです」


「今日は商談の予定はなかったはずだな」


「はい。聞いた所によると、急ぎでお話をしたいとのことです」


「わかった。ゾルン、お客様をいつもの部屋に案内していてくれ。すぐに向かう」


「かしこまりました」


 一礼してゾルンが先に談話室を後にする。それを見送った後、アーヴェントがアナスタシアに声を掛ける。いかにも申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「すまない、アナスタシア。急な仕事が入ってしまった」


「いえ、お気になさらずに。どうぞ、お仕事を優先してください」


 ありがとう、と言いながらアーヴェントは笑みを浮かべる。いつもと違った雰囲気を持ったその笑顔にまたアナスタシアはときめいた。そのままアーヴェントは談話室を後にしようと扉に手を掛ける。すると何を思ったか、アナスタシアの方を振り向きながら口を開いた。


「そうだ……アナスタシアさえ良ければ俺の仕事を見学してみないか?」


(アーヴェント様の働くご様子を見られる……?)


「えっ……でもお邪魔になりませんか?」


「あちらも無理を言ってやって来ているんだ。俺の婚約者が同席するくらいは受け入れてくれるだろう。どうだろうか?」


「そ、それなら是非……ご一緒したいです」


 緊張した素振りでアナスタシアが答える。ふふ、と笑いながらアーヴェントがフォローする。


「何も緊張することはないさ。俺の隣で微笑んでくれていればいい」


「わ、わかりました」


 差し出された手を取って、アナスタシアもアーヴェントと共に談話室を後にする。向かうのは一階の奥の部屋。説明にあった商談専用の客室だ。


「お待たせした」


 アーヴェントが扉を開けて中に入りながら口を開く。既にゾルンに案内され椅子に腰かけていた貴族風の男性がぱっと立ち上がり深く礼をする。もちろん魔族であるので瞳孔は細く、耳は尖っていた。


「これは旦那様っ。事前の予定もなく訪ねてきてしまい申し訳ありません」


「それは気にしなくてもいい。話は聞こう。それで一つこちらからもお願いがあるのだが」


「はい。何でもおっしゃってくださいっ」


 開いたままの扉からアナスタシアが姿を見せる。相手もアナスタシアに気付いた様子だ。


「!」


「俺の婚約者のアナスタシアだ。仕事の様子を見学したいということで、同席させても構わないだろうか?」


「もちろん構いません! こちらもご無理を言ってこの場を設けて頂いている身ですから」


(あれ……?)


「そうか。ではアナスタシア、こっちへ来てくれ」

「あ、はい」


 アーヴェントはアナスタシアに目で合図を送り、自分の隣の席に座らせた。次いで依頼人である男性の向かい側に座ったアーヴェントの表情が凛々しいものに変わる。


(これがお仕事をする際のアーヴェント様のお姿なのね……とても毅然としていて凛々しいお顔)


 仕事に臨むアーヴェントの表情を見て、アナスタシアの心臓がトクンと鳴る。


「それでは話を聞かせて頂こうか」


 そうアーヴェントが口にすると、相手の男性が自己紹介をした後に商談の内容を説明し始める。相手は子爵の位を亡くなった父親から継ぎ、残された小さな領地の運営を始めたのだという。しかし、領地を整備しようにも資金が足りず困り果てていた。そこで噂に名高いアーヴェントを頼り、やってきたのだという。


「……というわけなのです」


「なるほど。つまり融資を受けたい、ということだな」


「はい……そうです」


「ゾルン」

「既にご用意しております。こちらです」


 二人が話をしている間にゾルンが資料を用意していた。それをアーヴェントに手渡す。それは魔族の国の貴族に関する資料のようだ。男性が名乗った時の家名を聞いてゾルンが手早く書類の束から検索してくれていたのだ。アーヴェントが真剣な表情を浮かべながら渡された資料に目を通す。


(本当にいつもお話している時とはまた違った雰囲気を出していらっしゃるのね……私、お仕事をしているアーヴェント様に見とれてしまっているわ……)


「……そちらの家に関する資料を見せてもらった。先代のものになるが、一度事業に失敗しているようだな」


「おっしゃる通りです……父が無理に事業を拡大させようとした結果です」


 びくっと身体を震わせながら男性が答える。


 資料に目を通しながらアーヴェントが相手と会話を続ける。その様子をアナスタシアは静かに見つめていた。素人である彼女から見ても今行われている商談は相手にとって厳しいもののようだ。アーヴェントも資料に目を通しながら質問しているが、相手の答えは芳しくない。


「領地運営の資金を融資したとして、何かこちらに利益があるようなことはないのだろうか?」


「そ、それは……」


 男性が言葉を詰まらせる。その時、そっと持ってきた鞄に手を添えるのがアナスタシアの瞳に映った。大事そうに添える手は震えているようにも見えた。アーヴェントはその仕草には気にも留めていなかったようで傍に立つゾルンと目を合わせて息を漏らす。そして最終的な判断を口にする。


「申し訳ないが……今回の融資の話は難しいようだな」


「……! そう、ですよね……」


 諦めたように男性が俯く。鞄に添えた手に力が入っていた。その様子を見つめるアナスタシアの両の瞳にはまだ男性が何か言いたげな様に映っていたのだ。


(何か……まだ言いたいことがあるんじゃないかしら……でも何か理由があって言いあぐねているように私には見える……それにこのお方は……)


「貴重なお時間を頂き、ありがとうございました……」


(……このままだと話が終わってしまう……っ)


 俯いたまま男性が椅子から立ち上がろうとした時、不意にアナスタシアが口を開いた。


「待ってくださいっ……!」


「アナスタシア……?」

「お、奥様……?」


 アーヴェントやゾルンが急に口を開いたアナスタシアの方を見て驚く。驚いた勢いでアナスタシアのことを奥様と呼んだ男性もその場に留まっていた。


「す、すいません。急に大きな声を出してしまって……」


 俯くアナスタシアにアーヴェントが尋ねる。


「……アナスタシア、何か気になることでもあったのか?」


「あの……その鞄の中に何か……お持ちなんじゃないでしょうか?」


「!」


 アナスタシアの言葉を受けて、子爵の男性ははっとした表情を浮かべていた。そして何かを決意した表情を浮かべた後、思い切って口を開いた。


「じ、実は……旦那様に見て頂きたいモノがございます!!」


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