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19 私の膝の上が心地いいみたいです

 昼食を終えると、ナイトは満面の笑顔を浮かべながら厨房に帰っていった。それからはアーヴェントに加えてアナスタシアと仲良く話している者にもやきもちをやくようになったというのは有名な話だ。もちろんアナスタシアはそんなことは気が付いていないのだが。


 夕方にはアーヴェントが帰ってくるということを聞いていたアナスタシアはそれまで屋敷の敷地内の散策をしたいとラストにお願いする。気になっている所は屋敷の門から玄関まで広がる庭だった。最初に屋敷の正面にある庭は馬車で素通りしてしまったし、最近は屋敷の中を見てまわっていたため今度は屋敷の外を歩いてみたくなったのだろう。


(今日は朝から天気も良いし、散策日和ね)


「こちら側のお庭もアルガンが造ったモノなの?」


 屋敷正面から門まで広がる敷地内の庭を自由に歩けるようにしっかりと整備された道を歩きながらアナスタシアは一緒についてきてくれているラストに尋ねる。


「はい。元々は別の庭師が手を付けていたのですが、アルガンが来てから今の状態に造り変えたのです。結構な大仕事でしたわ」


「そうだったのね。中庭や庭園も素敵だったけれど、こちらの庭もすごく綺麗……」


(こちらの庭のテーマは何なのかしら……今度アルガンに会ったら聞いてみたいわ)


 馬車に乗っていた時は気づかなかったが、細部にまで造った者の拘りが詰まっていた。ただ単に門から屋敷までを彩るため、だけではなくそこをゆっくりと人の歩幅で歩くことで初めて見えるもの、気づくことが沢山散りばめられているのだ。それに中庭や庭園もそうだったが、咲く花々のなんて綺麗なことか。灌木などの草木も青々として見事に茂っている。そして手入れもよく行き届いていた。


「あ、あそこにはガゼボもあるのね」


 これも気づかなかったが、庭の一角には緑の草の絨毯が敷き詰められており周りの雰囲気にぴったりのガゼボが建てられていた。


「はい。中でお茶を楽しむことも出来ます。今日のような天気の良い日は是非、アーヴェント様をお誘いしてはいかがでしょうか?」


(あのガゼボで……アーヴェント様とお茶を嗜みながらお話をする……)


 ラストの言葉で意識してしまったのか、ぱっと優しく微笑むアーヴェントの顔が頭の中に浮かんでくる。アナスタシアはその場で立ち止まり、ぱたぱたと両手で熱くなってきている顔を冷まそうと必死になっていた。その仕草を見ていたラストも笑みを浮かべていた。


(あら……?)


 顔の熱が引いた所で、アナスタシアはガゼボの辺りに人の気配を感じた。ゆっくりと舗装された道を通ってガゼボに近づき中を覗くが誰もいない。となれば、とガゼボの周りをぐるりとまわる。するとちょうど先ほどまでいた所からは影になっている場所に見知った執事服を着た幼い少年の姿があったのだ。ガゼボの外壁に寄りかかる様に青いナイトハットを被った茶色のクマのぬいぐるみを大切そうに抱きしめながら寝息をかいていた。


「フェオル?」


 アナスタシアの声に反応してフェオルはバッと立ち上がる。


「ごきげんうるわしゅう、ございます。アナスタシア様」


「今……寝ていた?」


「ねておりません」


 このやり取りは屋敷に来た時に馬車の中でゾルンとフェオルで行っていたものだ。それを思い出したアナスタシアは思わず微笑む。


「ふふっ、そうだったのね。ごめんなさい」


「わかって頂けたようでなによりです」


 そんな会話をしているとアナスタシアの後を追ってきたラストがフェオルを見つける。


「あら、フェオル。馬車の手入れをしていたと思ったら、こんな所にいたの?」

「ラスト。馬車のていれはすべて終わりました。今はこのがぜぼの様子を見にきていました」


 あくまで寝ていたとは言わないフェオル。だが、ここで何をしていたかはアナスタシアに尋ねなくてもラストには見当がついていたのだ。ふーん、という表情をラストが浮かべる。対してフェオルはいつも通りの表情でラストの方を見つめていた。


「寝てましたね」

「いえ、ねてません」


 言葉遊びのような言葉の応酬が始まる。その様子を見ていたアナスタシアは思わず吹き出してしまう。


「ふふっ、フェオルは本当に面白い子ね」

「きょうしゅくです」


 ラストと見つめ合う視線を刹那、外してお礼をフェオルは口にする。そのあまりにも自然で器用と言っても過言ではない仕草を見ていたラストがアナスタシアに声をかける。


「甘やかしてはいけませんよ、アナスタシア様。この子はこうやって人の目を盗んでは寝ているんですから」


「ねていません」


 キリッとした表情をしながらフェオルが執事服のズボンのお尻のあたりについた土埃をささっと払う。アナスタシアにもラストにも丸見えだったが、本人は涼しい顔を崩していない。


「もう、本当にフェオルは頑固なんですからっ」

「きょうしゅくです」

「褒めてませんよ」


 その様子を見ていたアナスタシアはこの場を丸く収める方法を考えていた。それが引き金になったのかふと昔掛けられた黒い言葉を思い出す。


―庭のゴミ拾いも満足に出来ないとはな!

―挙句に疲れて眠ってしまっていた? 本当にぐずなんだからっ!


(……ううん。それはもう昔の話よね)


 一瞬、黒いモノがまとわりつこうとしていたが、アナスタシアはそれをそっと払う。そしてあることを思いついた。


「ラスト、今日はね。此処でお茶をフェオルと飲む約束をしていたの。つい忘れていたわ。ね、フェオル?」


「え……あ、はい」


 表情は崩さないが、眠ったクマのぬいぐるみを握る手に力が入っているように見えた。もちろんそんな約束はしていないし、第一アナスタシアが約束を忘れるわけはないとラストにもすぐにわかった。これはフェオルが怒られないようにと、アナスタシアが必死に考えた末の方法だったのだ。


 怖い顔をしていたラストも、アナスタシアにそう言われてはフェオルのことを責めるに責めれなくなった。ここはアナスタシアの意向を汲もうという気持ちになったようで、小さく咳払いをした後、フェオルに声を掛ける。


「もう、フェオルったらそれならそうと早く言ってください」

「きょうしゅくです」


 その様子を見守っていたアナスタシアが自分の話に乗ってくれたラストにお礼の言葉を掛ける。


「ラスト、ありがとう」

「いえ、大切なお約束なら仕方ありませんものね。只今お茶とお菓子をご用意しますわ」


 ふふっ、と二人が微笑み合う。それからアナスタシアはガゼボの中に入る。腰かけようとした時、そっと取り出した大きめのハンカチをアナスタシアの座る場所にフェオルが敷いてくれた。


「ありがとう、フェオル」

「いえいえ。執事としてこれくらいとうぜんです」


 幼くも立派な執事にエスコートされてアナスタシアが腰を下ろす。それを見た後、フェオルも対面の席に腰を下ろす。間もなく、お茶の準備を整えたラストがやってきて昼下がりのお茶会が開かれることになった。話題は屋敷に連れてきてくれた時の馬車の話などだ。フェオルの身の上なども聞きたかったがそれはまた次の機会にしようとアナスタシアは思っていた。


 ガゼボの周りの草が風で揺れる。そろそろ時刻は夕方へと移って来ていた。仕事を終えて帰ってきたアーヴェントがアナスタシアの姿を探しながら庭へと姿を現す。遠くのガゼボに立つラストの姿が見えたのでゆっくりと近づいていく。


「……!」


 アーヴェントに気付いたラストが黙ったまま会釈をする。


「ラスト、こんな所で何を……」


 そこまでアーヴェントが口にすると、ラストが自分の口元に人差し指をそっと置いてお静かに、という素振りをする。思わず口を塞ぎながら、アーヴェントがガゼボの中を覗くとそこにはこちらを見上げて静かに微笑むアナスタシアの姿があった。膝の上にはフェオルが寝息を立てながら横になっていた。もちろん、クマのぬいぐるみは大切に抱いたままだ。


 アナスタシアは小さな声でアーヴェントに言葉を掛ける。


「今日のお茶のお相手をしてもらっていました。だから、大目に見てくださいね」

「すぴぃ……ねむってましぇん」

「……ああ、わかったよ」


 アーヴェントも事態を把握したようで、穏やかな表情を浮かべていた。


 これはとある午後の昼下がりのお話。


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