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105 罪は償うモノです

「ふむ……全てをアナスタシアに委ねろ、と申すのか」


 シリウス王は顎のあたりに手を添えながら呟く。アーヴェントは黙って頷いた。


(アーヴェント様……一体どうして? 私に叔父様達の処罰を決めろだなんて……)


 アーヴェントの行動は打ち合わせには入っていなかった。アナスタシアも困惑した表情と身振りをしていた。その様子をシリウス王も見つめている。視線をアーヴェントに戻すと言葉を口にした。


「頭を上げてくれ、オースティン公爵。そして何故この場での判断をアナスタシアに任せるのか……理由を聞いても良いだろうか?」


「はい、陛下」


 アーヴェントはゆっくりと頭を上げ、立ち上がる。一度アナスタシアを見ると笑顔を浮かべていた。


(アーヴェント様……)


「今回の一件は先代ミューズ家当主であるラスター公爵と夫人の事件が事の発端にあります。ならば、レイヴン達の処罰を決める権利はラスター公爵達の娘であるアナスタシアが適任かと私は考えております」


 ふむ、とアーヴェントの説明を聞いたシリウス王は声を漏らす。


「確かに、オースティン公爵の言う通りかもしれんな……」


 シリウス王の隣に座っているアルトリア王妃も頷いてみせる。


「私もアーヴェントの話を聞いて、考えが変わりました。アナスタシアならば公平な判断をしてくれると私も信じています」


(レオまで……私にそんな重大なことを決めろだなんて……)


 アナスタシアは黙ったまま、首を左右に振ってみせた。そこにアーヴェントが近づいてくる。


「アーヴェント様……私には……」


 困惑した様子のアナスタシアの両手をアーヴェントは優しく握る。温かさが伝わってくる。深紅の両の瞳がアナスタシアを映す。


「俺はお前が一番良い『答え』を示してくれると思っているよ、アナスタシア」


「アーヴェント様……?」


 アーヴェントは頷くと口を開く。


「レオの言う通り、レイヴン達に極刑を言い渡すことは簡単だ……だが、お前はどう思っているのか聞かせて欲しいんだ」


「私が……どう思っているか……」


 シリウス王も二人のやりとりを見守っていた。話の流れがアナスタシアに傾いてきたことを察したレイヴン達が今度はアナスタシアに向かって頭を下げてきた。


「あ、アナスタシア! 今までのことは悪かった! この通りだ! だから、助けてくれぇっ!」


「わ、私もっ! 今まで貴方にひどいことをしてきたことを許して! そしてどうか命だけは助けてっ!!」


(叔父様……叔母様……)


「お父様、お母様……」


 両親の醜い命乞いに流石のフレデリカも引いていた。その姿を見たレイヴンは鬼のような形相でフレデリカを見つめていた。


「何をしているんだ、フレデリカ?! お前も床に手を当てて、アナスタシアに懇願するんだ! 私達が極刑になってもいいのか!?」


「早くして、フレデリカ! それでも私達の娘なの!?」


「そ、そんな……」


 醜いやりとりがアナスタシアの目の前で繰り広げられていた。アナスタシアは心がズキンと痛み、そっと胸元に右手を添えて瞳を閉じた。


(叔父様も叔母様も……この五年間、ずっと私を虐げてきた……そして私の大好きだったお父様とお母様の命を奪った……なのに、今は態度を一変させて私に命乞いをしているのね……)


 アナスタシアは想いを巡らせていた。左手も胸元に添える。その様子をシリウス王やアーヴェント達が見守っていた。


(極刑にすれば……それで終わる……でも、それが私の本当の願い……?)


 その時、瞳を閉じたアナスタシアの脳裏にオースティン家での毎日が思い出される。メイやゾルンをはじめとした七人の使用人達の姿。屋敷で世話をしてくれる他の沢山の使用人達。そしてアーヴェントの姿が浮かぶ。


 そこに『答え』はあったのだ。


 アナスタシアは綺麗な青と赤の瞳をそっと開く。目の前には優しい笑顔を浮かべたアーヴェントの姿があった。深紅の両の瞳と見つめ合う。アーヴェントはただ一度頷いた。アナスタシアもまた頷いてみせる。


 アナスタシアは真っすぐ前を見つめていた。


(私の『願い』は……)


 その綺麗な青と赤の両の瞳がゆっくりと床に頭をつけて懇願するレイヴンとクルエ、フレデリカの方を見つめる。


「恨みがないと言えば、嘘になります……叔父様と叔母様は私のお父様とお母様の命を奪ったのですから。それにこの五年の間に私が受けた数々の仕打ちのこともあります……」


 アナスタシアの脳裏に大好きだった両親の姿、そしてレイヴン達に虐げられてきた五年間の記憶が浮かんできていた。


(お父様とお母様も、この五年という時間も帰ってはこないわ……)


「あ、アナスタシア……」


「ああ……ああ……」


 アナスタシアの口から『恨み』、という言葉を聞いたレイヴン達はもはや絶望のどん底にまで落ちた気分だった。それはもはや救いのないことを実感していた。


「アナスタシア、ごめんなさい! 私が悪かったわ! 謝るわ! いえ、どんなこともするからお父様とお母様を助けて!!」


 顔を涙でぐちゃぐちゃにしたフレデリカが床に跪き、床に頭を思いきり擦り付けながら懇願する。アナスタシアは静かにそれを見つめていた。


(でも……そうじゃない……そうじゃないのよねお父様、お母様)


 アナスタシアは胸の中に込められた温かい『願い』に触れる。すると思い立ったように青と赤の両の瞳をシリウス王へと向けた。


「陛下、今回の処罰……どうか私にお任せ頂けないでしょうか?」


 その言葉にレイヴン達は顔面蒼白で肩を大きく震わせながら床に頭をつけていた。


 シリウス王はアナスタシアの想いのこめられた表情と純真な光が灯る両の瞳を見つめると、口を開く。


「良いだろう。今回のレイヴン達の処罰。アナスタシアに一任しよう」


「ありがとうございます、陛下」


 深い礼をアナスタシアがする。そしてゆっくりと怯え切ったレイヴン達の方へと歩いていく。言葉にならない声が床に響いていた。


「罪は償うモノです……叔父様、叔母様」


「あ、ああ……」

「ひぃ……」


 床に頭を擦り付けたまま、レイヴンとクルエが声を漏らす。フレデリカも震えながらその様子を見上げていた。


「でも……極刑には致しません」


 シリウス王やアーヴェント、レオ達は黙って見守っていた。


『……は?』


 その言葉を聞いた二人は呆けた声を漏らす。そしてアナスタシアの方を見上げた。その顔は青ざめ、やつれ、もはや以前のレイヴン達の姿はどこにもなかった。この僅かな時間で老けた老人、老婆のような顔になっていたのだ。


「た、助けてくれるのか……?」

「ほ、ほんとうに……?」


 だがアナスタシアは首を横に振る。


「?!」


 二人はその意味がよくわからない様子だ。


「私はオースティン家に迎えられて、アーヴェント様をはじめとした皆によくしてもらいました。楽しさも嬉しさも、時には哀しいこともありました。でも、充実した毎日でした」


 胸に手を当てながらアナスタシアが言葉を続ける。


「私がそう感じたのは生きているからです……生きているから人は楽しさや嬉しさ、哀しさを感じるのです……でも、死んでしまったらそれで終わり……何も残るものなどないのです」


 綺麗な光を放つ青と赤の瞳がレイヴン達を見つめる。


「だから叔父様達には生きて、罪を償って貰います……その一生を賭けて……!」


『ひっ……ひぃっ』


 アーヴェント達にはその瞳は美しく華麗に見えた。だが、レイヴン達には眩し過ぎて直視出来ないようだ。心の汚さがそうさせたのだろう。アナスタシアはシリウス王の方に視線を向ける。


「私からは以上です。後はどうか陛下の思うままに……」


 綺麗な礼をアナスタシアはしてみせた。それを見たシリウス王は深く頷いた。


「良いだろう……ではこれより王の命により裁きを言い渡す!」


 その言葉にハンスやフレデリカも身体を震わせていた。レイヴン達にはもう何も反応する力は残ってはいない。ただ頭を床に擦り付けているだけだ。


「レイヴン・ミューズ! 今この時を持って、爵位を返上してもらう! そしてクルエと共に、この国の為に強制労働の身に処す。その一生を持って償うがいい」


 小さい声でレイヴンははい、とだけ呟いた。クルエは声にならない声をあげていた。


「ミューズ家は一旦王家の管理下に置き、おって処置を決めるモノとする」


 シリウス王の話を聞いていたフレデリカが声をあげる。


「へ、陛下!? それじゃあ、わたくしはどうすればいいのですか?!」


 更に並ぶハンスが力なく言葉を口にする。


「ち、父上……お、オレは……?!」


 シリウス王がその二人に視線を移す。


「ハンス、お前は廃嫡とする」


「そ、そんな!!」


 大きなため息を吐きながら言葉が続く。


「お前は自分が愛していると言ったフレデリカと共に、辺境の地で平民として暮らすのだ。フレデリカもこの命に従って貰うぞ」


「そ……そんな……わたくしが平民に……」


「お、オレが平民……う、うそだ……うそだ!」


(ハンス……フレデリカ……)


「衛兵、この者達を連れていけ!」


 シリウス王の命によってレイヴン達は王の間から連行されていった。最後まで声にならない声を漏らしていた。


「長きに渡るこの国に蔓延る闇も消えた……そしてアナスタシア、よくぞ決断した」


「いえ、私は自分の想うことを口にしただけです」


「憎しみを越えた先に見える景色、そうそう辿り着ける場所ではない……オースティン家での暮らしがお前をその場所まで辿り着かせたのだな。……なるほど、お前は良い夫を持ったようだな」


 シリウス王はその時はじめて穏やかな表情に戻る。


「お褒めに預かり光栄です、陛下」


 アーヴェントは深い礼をしてみせる。刹那、深紅の両の瞳がアナスタシアを見つめていた。


 それを見聞きしたアナスタシアは顔を真っ赤に染めていた。必死に両手で顔を覆い、言葉を呟く。


「へ、陛下……私達はまだ婚約の身です……」


「はっはっは。そうであったな」


レオやアルトリアも笑みを浮かべていた。


長く両国に、そしてアナスタシアの胸の中にあったしがらみは全て此処に解き放たれたのだった。

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