アニバーサリー
『先程、俳優の龍ヶ崎翔琉さんが無事にハリウッド映画の撮影を終えて、日本へと帰国しました』
早朝の情報番組が、あの男の帰国を騒がしく報道していた。
唯一の早朝勤務帯アルバイトである高遠颯斗は、まだ続くそのニュースを最後まで見届けることなくバックヤードのテレビを急いだ気持ちで消す。
「よし、大丈夫だ」
ほんの少しの髪の乱れを軽く手で直し、バックヤードの片隅に置かれた姿見に映る自分へ声を掛ける。
フロアへ出る前、必ず身だしなみをチェックしろと店長に口酸っぱく教わってから、いつも颯斗はこうしてバックヤードの鏡でくまなく全身を確認していた。
もう一度大丈夫だよな、と確認し直して、緊張で微かに震える手でバックヤードとホールを繋げているドアを開ける。
何故か今日は、ひどくドキドキしていた。
早朝は五時から八時まで、三時間限定。
有識者であるセレブのみが出入りできる六本木にある高級カフェで、颯斗はバイトをしている。
超高額の時給を高校生にも提示してくれるこの良心的なカフェは、セレブ相手に接客するため、求められる接遇の水準が非常に高い。
「おはようございます。今までお休みをいただき、本当にありがとうございました」
始業開始十分前。いつもよりフロアに早く出た颯斗は、既に仕込みの準備を行っていたキッチンスタッフや三十代半ばくらいと思しき店長など、出勤スタッフ全員へ届くように大きな声で挨拶した。
少しでも生活費の足しにしたくて、早朝割り増しの時給になるこの時間帯に、無理言って週五でのバイトを入れさせてもらっているのは颯斗のわがままだ。
だというのに今回、大学受験に専念するために、一ヵ月だけ長期休暇をもらっていた。先日、無事に第一志望校へ合格したことを確認し、今朝復帰を果たしたのである。
先ほどのドキドキの理由は、きっと久しぶりだからに違いない。
「高遠、待ってたよ。大学合格おめでとう」
まずはじめに、店長が笑顔で出迎えてくれた。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げると、次いでその場にいたスタッフ全員から祝福の声と盛大な拍手が贈られた。
働き始めた頃からずっと思っていたが、このカフェはとても温かい人たちばかりである。
「そう言えば、三ヵ月ぶりに龍ヶ崎様が日本へ帰国したようだな」
メニュー表の準備をしていた店長から、この三ヵ月、忘れたくても忘れられないあの男の話題を振られた。
「あ……そうですね」
あの朝のやりとりした通り、本当に三ヵ月で帰国したのだ。
具体的な約束などしていなかったが、強引な口調で「待っていろ」と言ったあの言葉が颯斗の胸をざわつかせる。
「龍ヶ崎様は、またこのカフェに来てくれるかな」
店長からの問いかけに、颯斗は何とも言えない表情を浮かべていた。