8日目
早見視点の話になります。
「ただいま~」
誰もいない部屋に向かってそういってみる。
一人暮らしを始めたのは、ほんの半年前のことだ。
着替えて化粧を落とすと、ソファーに座って一息つく。
昨日の打ち合わせを思い出すと、今でも顔がにやけてくる。
何といっても一時は出せばベストセラー間違いなしと言われていた人だ。
普通に自分と会話していたことが信じられない。
本棚を見ると先生の小説が並んでいる。学生のころから何度も読んでいるせいかかなりボロボロの本が多い。特に『一人になる準備』はよく持ち歩いていたせいで、カバーが破れかけている。
今度新しく買いなおそうかなと考える。どうせなら、新しく買った本を持って、先生にサインをねだってみようか。流石にそれはまずいよね。バレたらまた編集長のカミナリが飛んでくる。
初めて会った憧れの先生は、想像通り繊細そうな人だった。
編集長から先生の担当になるよう言われてからは、嬉しさと怖さが交互にやってきて情緒不安定になっていたけど、今は次の打ち合わせに向けて、自分がやらなければいけないことがはっきりしているので大分ましだ。
少しは先生の力になれているのだろうか。
ここにあるような小説をまた書いてほしい。先生の小説をまた読みたい。
何かヒントになるようなことはないかと思いつき、私はこれまでの小説に目を通していった。
やっぱりいいなと思いながら、どうしても気になっていたことがふと口からでていた。
「先生、どうして書けなくなったんだろう。」