11日目
編集長視点の話になります。
「いらっしゃいませ」
40前半くらいの板前が出迎えてくれる。
「今日の20時から予約してたと思うんだけど。」
「はい、伺ってます。いつもありがとうございます。奥の部屋へどうぞ。」
そういって個室に通してくれる。
襖を開けると、女性が一人、手酌で始めている。
「やぁ、遅かったじゃないか」
「これでも時間通り来ましたよ、そちらはもうリタイアして、時間が有り余っているとおもいますが、こちらはまだ現役なもので。」
「サラリーマンは辛いねぇ」
自らあいつの師匠と名乗ってるこの女性は、見た目は30代だが、実年齢は俺の年を優に超えている。
「それで、その忙しいサラリーマンを呼び出して何の用ですか?」
「いや、たまには人と酒が飲みたいと思っただけ、あいつは下戸だしね。」
「あ、ビールください」案内してくれた女中さんに注文を入れて、向かいに腰を下ろす。
「それだけですか?」
「あとは、あいつの新作、どこまで本気で書かせようと思ってるのか。少し気になったんだよ。」探るように、上目遣いで聞いてくる。顔は笑っているが、目は全然笑ってない。
「そんなに心配しなくても、きちんとサポートするつもりですよ。これでもあいつのことは友人だと思ってる。公私混同するつもりはないですが、あいつにとって最善を見極めることはできるつもりです。」
「だったらいいけどね。」注いであった酒を一気に煽ってそう言った。
「書こうとすることは悪いことじゃないでしょう?」
「もちろんそうだよ。でもあいつは、二年前に書こうとして書けなかった。今度も書けないと、引退を考えるだろう。あいつには、私の老後を楽しませるために、もっともっと書いてもらわないといけないんだよ。」
「素直に心配だといってあげれば、あいつも喜ぶと思いますよ。」
「あいつが一緒に酒を飲んでくれればね。流石に素面でそんなことは言えない。」
「作家にとっては、そういう言葉が一番の励みになる。気が向いたらでいいんでおねがいします。」
「死ぬ前には言っとくよ。」投げやりにそういうと、また酒を注ぎ始めた。
「ちょっと、一人で酔って気持ちよくならないでください。すぐ追いつくので、ペース落としてもらえます?」
「貴方より先につぶれるほど弱くないよ。さっさと追いついて。」
ちょうどその時、頼んだビールが届いた。それをもらうと、追加の酒と、適当につまみを注文する。
「書いてもらいますよ。あいつの本で、俺のボーナスの上乗せをしてもらわないといけないんで。」
「そういうところは信用してる。ただ、本人にも満足できる仕事をさせてあげて欲しい。今回は大丈夫なの?」
「それはなんとも。ただ、俺があいつの担当まがいのことができるのは今回が最後なんで。雑誌が始まると、そっちに忙殺されるでしょうから。こんな風に一人の作家を面倒見ることはできなくなる。」
「だから3か月で新作を書けと?」
「あいつならできると思ってます。多分ね。」
そういうと、彼女は少し笑って、空いたグラスにビールを注いてきた。
どうやら保護者の許しは得られたようだ。