10日目
焼けた肉のいい香りが漂ってくる。
嗅いでいるだけで口の中に唾液がたまってくる。
「かんぱーい」
浮かれた声でグラスを掲げてきたのは編集長サマだ。
わざとらしくにやけているので、こちらが少し引いてしまう。
「おい、どうして僕は、お前と二人でステーキを食ってるんだ」
「お前が来たからだろう?」
「そうじゃなくて」
「懐石料理やキャバクラなんかより、こういう方が好きだろう?」
「めんどくさい、誤魔化すな。」
正直に言うと、それほど不機嫌というわけではない。なにせ、今日はこいつの奢りなのだ。けれど、こいつの意図がわからないのは、後々怖すぎる。
「そう警戒するな。」
こちらが睨んでいると、そう切り出してきた。
「まぁ、今日はお詫びみたいなもんだ。半ば強引に読み切りを引き受けてもらったようなもんだ。」
なるほど、こいつなりに思うところはあったようだ。
自分の罪悪感を解消するために僕に肉を奢る。これは何の遠慮もいらないのではなかろうか。もう少し高い肉でも良かったかもしれない。
「まぁ、弊社としては有るべき様式にのっとって依頼させていただいたつもりですが。」
「わかったよ。お心遣い感謝いたしますよ。」
言いながら、肉を口に運ぶ。美味い!。最高級とまではいかないが、それでも食事に使うのはためらってしまうお値段の肉だ。よく味わって食べよう。
「進捗のほうはどうなんだ?」
ホクホクで肉をつついていると、ふと思い出したかのような表情で聞いてきた。
嫌なことを聞く。
「食事中に仕事の話はしない主義だ。飯がまずくなる。」
「ということは、前途多難なのか。」
「勝手に決めるな。順調だよ。今のところ。。。」
「………」
何もかも悟ったような表情で黙るのは止めていただきたい。せめて何か言ってくれ。
「そういえば、早見さんはどうしてるんだ?」
沈黙に耐えきれず、話を変える。
「なんだ、誘った方が良かったか?」
「違う、その…、いろいろと気を使ってくれてるみたいだしな。」
「報告は受けてる。仲良くやっているようでよかったよ。」
からかうように言ってくるが、ここで否定するとこいつが面白がるだけなのは知っている。
「おかげさまで。彼女は何で僕の担当になったんだ?」
「言ってなかったか。希望者が彼女しかいなかったんだ。」
「………」
聞かなければよかった。
「冗談だ、もともと希望者なんて募っていない。誰かベテランについてもらうか、いっそ俺が担当しようか迷ってたんだ。そうしたら彼女がやりたいと言ってきた。」
「お前の冗談は笑えないんだよ」
「それにお前は、声が可愛い子には、優しいだろう?」
思いもよらない突っ込みについ目をそらしてしまう。それを狙って早見さんを選んだのか?
「今のも冗談だ。」
こいつ、いつか刺されるんじゃないだろうか。
口で何を言っても勝てないことを悟った僕は、目の前の肉を食べ始めた。