汚らわしいと蔑まれた首輪令嬢が、隣国の狂犬皇子と幸せになる話
「こんな奴が我が妻に!?犬の様な汚らわしい首輪令嬢が!貴様の様な女が我が一族になることは高貴な血を穢す以外の何者でも無い!」
私の元婚約者は扉を蹴り破るかと思うくらい勢いよく部屋から出て行きます。
20回も同じ様な言葉で罵られれば、私に向けられるその言葉には慣れてしまいました。
首輪令嬢と揶揄されるのは私の首にぐるりと一筋黒い痣があるからです。
どこでついたのか、それともつけられたのかはわかりませんが、唯一覚えているのは5歳の頃、私の住むユニル王国に隣国のナザレ共和国の王様と皇子が訪れていた時のこと。
晩餐会に招待された私はそこで警備の隙を突いた帝国の手の者に誘拐されました。
それは私だけでなく、当然共和国の皇子もです。
後になってわかったのは王国内にスパイがいて、そのスパイが私を王女と勘違いして私はさらわれたと言うことでした。
つまり人違い、酷いものです。
そうして私は王子と攫われましたが、共和国と王国の怒りは尋常ではないものでした。
攫われた翌日には私達は無事保護されました。
無事だと言っても、私の首には痣ができたのはその時。
私も記憶はありませんが、きっと私達を攫った者が暴れる私を大人しくする為につけたのでしょう。
名誉の負傷、ですが女としては不名誉。
父は亡き母の分まで何とか私の伴侶を見つけようとしているようですが私自身は最近では諦めもつき、1人で生きてゆく準備をしています。
少し家から離れた場所に少しボロですが小川が流れ、森に囲まれた雰囲気の良い小屋があったので買い、毎日掃除をしながらこれからの生活を考え楽しんでいます。
こんな身勝手な私の行動を許してくれる父には感謝です。
だからこそ本当は孫の顔を見せてあげたかったのですが、きっと叶わないでしょう。
「済まなかった、今度こそはルーフェを正しく見てくれる者だと思ったのだが……私の見立てが甘かった」
「大丈夫ですお父様、ですが少し疲れてしまったので部屋で休んでいてもよろしいですか?」
「ああもちろんだ、何があれば呼んでくれ」
◇ ◇ ◇ ◇
少しだけ部屋で休み外に出ます。
疲れていたけれど、抜け出しての小屋の掃除と修理は欠かせません。
──おい、お忍びで狂犬皇子が来てるらしいぜ
──確か盗賊を追って来たとかだが、流石狂犬だな
──噂だろ?皇子がそんな来る訳がねぇよ
そんな道の途中噂が耳に入ります。
狂犬皇子、それは私と共に攫われたハスグ皇子の別称です。
皇子は誘拐されたその後、興味の無かったはずの武術や剣術を極め、1人で100人以上もの兵士を倒す実力だそうです。
ですが遠慮なしに敵味方構わず暴れ回ることから、狂犬皇子なんて呼ばれ方をしている人もいます。
攫われたことで自分の身は自分で守ろうと考えたのでしょう、私にその時の記憶はありませんので推測ですが……
そんなことを考えていると小屋に着きました。
いつもの様に掃除や雨漏り、開墾なんてことまでしています。
自給自足くらい出来なければ1人で暮らすとは言えませんから。
ですが、その日はいつもと違いました。
「こんな所で何をしているのかな?お嬢さん」
……迂闊でした。
王国の領土だからと1人で来たのは間違いでした。
盗賊もあくまで噂、それに万が一でもこんな所には来ないと楽観していました。
「最近ご無沙汰だ、お前達もそうだろう?」
盗賊は3人、逃げることも当然戦うことも無理。
ここで辱められて死ぬのならば、いっそ自分で……
農耕用の手に持つ鎌をじっと見つめ決意します。
「おい!こいつを押さえつけろ!!死ぬ気だ!!」
私が首に鎌を当てて思い切り斬ろうとしますが、寸前で取り上げられます。
「さぁて、お楽しみだなぁ!!」
私の首に手がかけられる瞬間、盗賊の1人が急に倒れ動かなくなります。
森からゆっくりと歩いて出てきたのは白髪に褐色の肌、そして灰色の瞳の男性。
「何をしている、貴様達」
それを私は見たことがあります。
「てめぇ……皇子がこんな所までご苦労なことだなぁ!!」
「王が民を守るのは当然だ、それが他の国の民でもな……」
ハスグ皇子と目が合いますが、あちらは何も覚えていないようですぐに盗賊と向かい合います。
「待て待て!こいつがどうなってもいいってのか、あぁ!?」
首筋にナイフを当てられて身動きが取れなくなる私。
……本当に情け無いです、私のせいで皇子に迷惑をかけているんですから。
「そんな卑怯な真似しか出来ないとは、とことん救いようが……無い…………おい、貴様……今すぐその汚らわしい手をその女性から離せ」
何か、急に様子が変わりました。
私のこと、いや私の首の痣を見て豹変したような……
「どうした皇子様がよぉ!?そんなにこの女が大事なの──」
その瞬間、盗賊がまたがくりと倒れ動かなくなります。
その胸には灰色のナイフ。
「貴様を殺すことなどすぐだ。だがな、そいつには返り血を浴びせたく無いんだよ……わかるよな?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!」
盗賊は一目散に逃げ、そしてハスグ皇子がすぐに私の元に駆け寄って来ます。
「大丈夫か!?怪我は!首に傷は無いか!苦しくなかったか?怖かったよな?というかあいつらに変なことされなかったか!?」
「あ、え、はい、大丈夫です。すみません、こちらこそ1人でこんな所で盗賊に捕まってしまって」
「本当だ!!お前がいなくなったら俺はどうしようかと……」
今は狂犬と言う雰囲気ではなく、仔犬の様に俯いて、涙を流している様に見えた。
「あの、私のことを覚えてらっしゃるのですか?」
「何を言って……え、まさかお前、俺のことを覚えてないのか?」
「いえ当然覚えています!私が5歳の時に誘拐された時に一緒にいたハスグ皇子、ですよね?」
「そうだ!ハスグだ!ああ良かった、あの時から会わないようにしていたから心配していたが、もう安心だ。あの時の約束はようやく果たせるからな」
「……会わないように?約束?」
一体何のことでしょう。
そんな私の様子を察したのか、明るかったハスグ皇子の表情が曇ります。
「まさか……約束を忘れたのか?お前が俺を助けてくれたあの時、その首の傷に誓った約束を」
「私が助けた?ハスグ皇子を?」
首の傷はその時できたもの?全く覚えていません。
「いやそうか、覚えていないのも当然か。だが約束は約束、それは果たして貰うぞ……俺の伴侶となる、その約束をな」
◇ ◇ ◇ ◇
私とハスグ皇子の結婚式は盛大に執り行われました。
父も亡き母も喜んでくれたと思います。
「ルーフェ!小屋の雨漏りは直したぞ!次はどうする?」
「ありがとうございます!次は畑を耕したいので手伝ってくれませんか?力仕事は任せていいですか?」
「勿論だ、すぐ終わらせたら飯だな!」
「そうですね、ああそういえば庭のナスが必要でした、取りに行かないと……」
私は共和国の王族になりましたが、住む場所は王国の小屋です。
王族と言っても共和国はハスグ皇子の他に何人も後継者がいたので、私達が辺境の地でのんびり過ごす余裕があったと言う訳です。
「俺が採りに行く、ルーフェは安静にしていてくれ。お腹の中の息子の為にもな」
まさか見せる事なんて一生出来ないと思っていた孫を見せる事が出来るなんて、本当に親孝行ができて良かったです。
「……今更だかすまなかった、その首の痣、俺を守る為に……」
私にキスをした時に目に入ったのかハスグはあやまります。
全く覚えていませんが、首の痣はハスグを助ける為に私が負った名誉の負傷だったようです。
そしてハスグは私を守れるくらい強くなって一緒になるという約束をした……らしいです。
当時の私はおてんばで、確かにそれくらいのことはやりかねませんでしたから。
「気にしていませんよ、だって今こうして一緒になる事が出来たのですから。それよりハスグはいいのですか?狂犬なんて呼ばれて」
「俺は狂犬って呼ばれて嬉しかった、その……ルーフェと一緒になれる気がしたからな」
と、満面の笑みで答えてくれました。
首輪と狂犬、これ以上ないくらいにお似合いだと思ってます。
それに……私の前では少し大人しく可愛くなる所も。
「さぁ、もう少しですよ?頑張りましょう!」
「ああ、自慢の料理、期待してるぞ?」
首輪と狂犬、これからはずっと一緒です。
どうでしたでしょうか?是非ご評価お願いします!