第八章 別れへのカウントダウン
私の気分は安定していた。
私は優しい気分で過ごせた。
私は卓也に今の奥様との出会いの話を
して欲しいと望んだ。
卓也は、そんなにいい話はないよ
と最初は拒んでいた。
私の要求に根負けして
卓也は遠い昔を思い出すような目をしながら
話し始めてくれた。
相手は学生時代に付き合った同学年の音大生。
楽しかった学生生活。一緒に過ごした日々。
あっという間に卒業の時期。
卒業を機に別れ、彼女は神戸へ帰った。
別れて知ったかけがえのない存在。
1年後に自分の気持ちを伝えた長い手紙。
すぐに同じ気持ちだったという長い返信。
東京と神戸の遠距離恋愛の始まり。
シンデレラエクスプレス。最終列車。
ホームで別れを惜しむ恋人たち。
卒業して2年後には結婚。
周囲からの祝福。
卓也の長~い話を聞いて私は「大恋愛だな」と思った。
それぞれのエピソードに私は少し嫉妬した。
私はそんな恋愛を経験したことがなかったから。
悲しいなとも思った。
そんな大恋愛で永遠の愛を誓った二人なのに・・・・。
永遠ってないんだな~と思った。
卓也から家庭の愚痴や悪口は聞いたことがなかったけど、
やっぱり
今は奥さんとの間に少し隙間ができているんだろうなと思う。
そうじゃなければ私と付き合っていないだろうし・・・。
私は奥さんの写真を見せて欲しくなった。
卓也は拒んだ。
私は旦那と娘の携帯の画像を見せて、もう一度お願いした。
卓也は観念して携帯を開いた。
私は卓也と同じ年齢ということから
なんとなく丸いお母さんタイプの女性を想像していた。
画像はスパンコール刺繡されたロングドレスの女性だった。
ドレスが似合う、華やかでスタイルの良い知的な美しい女性だった。
私はこんな素敵なドレスを着たことがなかった。
何~この写真・・・?私は驚いて思考停止していた。
シャンソンでステージに立った時の写真だと聞かされた。
私はいつものお茶目なジョークも
言えずに、その写真を見つめていた。
女優のような気品だな~と思った。
一緒に母親似の若い綺麗な女性が写っていた。
卓也にも似ていた。
こんな写真を見なければ良かったと後悔した。
奥さんの姿や笑顔が脳裏に焼き付いてしまった。
私は卓也と出会った瞬間に
別れの時までのカウントダウンは始まった。と思う。
少しずつお互いを理解して昇りつめてきた。
今は、幸せな絶頂期だと思う。
カウント10から始まって今はカウント5ぐらい。
後は、もう落ちていくだけ。
そしてカウント0で終了。
不倫って言葉は好きじゃなかった。
既婚者だって恋をすることはあると思う。
不倫と言った瞬間に、薄汚い関係に成り下がる。
相手を想い、力になりたいと思う。
相手の幸せを願う。
そんな既婚者同士の恋愛は存在すると思う。
若い時に勢いで結婚して
そのまま一生、もう誰とも恋をしてはいけないって
その方がおかしな話と思う。
卓也に出会ってそう思う。
今の家庭を壊すつもりはない。
家事も子育てもする。
仕事もする。
私はもう少し
卓也と一緒の時間を過ごしたかった。
カウントダウンが進み
残された時間は少ない事はわかっていた。