出会い
20XX年の日本の上空で…
「通行手形見せていただけます?」
翼を生やした若い天使は、しわひとつない紙と、銀貨5枚を窓口に差し出した。
「はい、けっこう」
手形にきらびやかな印が押され、それを頭上を飛び交う白鳩の一羽がくわえ、あっという間に見えなくなってしまった。
「ちゃんと保管してますんで、確認したかったらいつでも言ってくださいよ」
「分かりました」
さっきまで押し黙っていた天使は、やっとほっとした。
「1番ゲートに進んでください」
天使が黄色い線の内側で待っていると、開閉係の年老いた妖精たちが、
「あなたはもしや、あの方のご子息」「おいたわしや…」と、声を掛けてきた。
天使は(モーロク老人ども)と思ったが、開けてくれ、とだけ言った。物々しい扉があき、風がさっと流れ込む。
「いってらっしゃいまし」
若い天使は、下へ下へと降りていった。
「では、次回の面会はあさってということで…」
「よろしくお願いします」僕は軽く挨拶をして病院を出る。古ぼけた緑色の自転車にまたがり、街の反対側、寂れた方へと向かう。僕の家はほんとに寂れたところにある。おばあちゃんは先祖代々の家だ、と言って動こうとしない。倒れた時も、近所の安田さんに軽トラを出してもらった。街のアパートにでも引っ越せば、色々便利なんだけど。でも動物たちがなぁ。
そうこう考えているうちに、やっと山道の入り口についた。僕は、その日少し違和感を覚えていた。この時間なら、いつもは餌付けされたスズメやらハクセキレイが寄ってくるのに、今日はぜんぜん居ない。どういうことだろう?と、その時、近くでカラスのガァガァいう声と、けたたましい翼の音が聞こえた。それと一緒に、うっすらと人の声が聞こえた。
誰かがカラスに襲われている!
声の方に近づいていくと、若い兄ちゃんがくくり罠(※1)に足をとられていて、その周りを十数羽のカラスが取り囲んで大騒ぎをしていた。その人は不思議な服を着ていた。まるで大聖堂の壁画から抜けて出てきたようないでたちだった。
「ありがとう、助けてくれて」その人は、長い服の裾についた枯れ葉を払いながら言った。僕はいいえと返して、じゃあと先を急ごうとした。
「あ、待ってくれ、道を聞きたいんだ」その変人は胸元から地図を取り出した。その地図は、ーちらっと見ただけだったがーとてもきちんとしていて、そのうえ手書きだった。しかし奇妙なことに、見たこともない言葉で書かれていた。
「この家なんだが」その指が指し示したのは、紛れもなく、僕の家だった!この人は、僕の家になんの用なんだろうか?僕はしばらく言葉につまってしまった。
「それ、僕の家…」
その人は、驚いた顔をしたが、すぐ僕に向き直ると、
「君が幸太郎君か。会えて嬉しいよ」僕の手を握った。
僕は、握手をした瞬間に、なんとも言えない温かみのようなものをかんじた。昔、母さんに感じたあの感覚だった。
「俺は君の…そう、親戚なんだ」とその人は言って、少しぎこちなく微笑んだ。
「親戚?」僕にもおばあちゃん以外に親戚がいたんだ!僕はすっかり嬉しくなってしまった。
「おばあちゃんが入院したというのを聞いてな」
「そう、ところでその変な服はなんなの?」
「急に遠慮がなくなったな」
「気になったから」
「おいおい話すから、まず家に案内してくれ」
僕は自転車を押して歩き始めた。ここから、僕の生活はまったく新しいものになった。
「そういえば、なんて名前?」
「ジョコビッチ。ジョコでいいぞ」
僕が思わず、テニス得意?と聞くと、ジョコは顎に手を当てて少し迷って、数合わせ程度ならと答えた。あまり上手くはないんだな、と僕は思った。
※1 動物の通り道に仕掛ける罠。動物が中に脚を入れるとワイヤーが締まり、抜けられなくなる仕組み。