第六話
『……なるほど、それで俺に助けを求めたってわけか』
「はい……」
スマホから響く、酒井の呆れ声。
『ホント、お前ってたまに行動力すげぇよな。普段着も持ってないオタクがオフ会開くって……馬鹿じゃん』
「おっしゃる通りです……」
普段近所のコンビニまでが行動範囲である俺は、学校以外では中学の頃のジャージを着ている。というか着れる服それしかないし、ジャージ動きやすいし……。
そんなこんなで新しい服を買う気も起きず、家にあるのはジャージ二着といつかお母さんが買ってきた謎にアジアンな感じの服。
オシャンな感じの人なら着こなせるだろうが、少なくともジャージからステップアップする最初の一着目としては不適切だろう。
こんな状況でオフ会に誘ったのだから、馬鹿としか言いようがない。
『しかし、俺にできることってなにかあるのか? 明日お前が服買えば済む話だろ』
「俺が一人で服買えると思う?」
『思うわけねーじゃん』
「そういうことだよ」
一人で服買うとか、そんなのできたら今頃陰キャになってない。一生できる気しないわ。
せめて酒井が着いてきてくれれば、まだなんとかなりそうなんだけど……。
『なるほど、お前が言わんとしてることはわかった。俺とお前の仲だ、協力しよう……と言いたいところなんだが……。ちょうど明日バイト入ってるんだよな……』
「げ、マジか……」
くっ……頼みの綱だった酒井が駄目なら、もうジャージでオフ会に参加するしかないのか……?
「わかった……。無理言って悪かった──」
『まあ待てよ。確かに俺は無理だ。……俺はな』
***
次の日。俺は待ち合わせ場所である東駅前広場へと足を運んだ。
ええっと、確かここら辺だったはず──
「おーい、クロにぃ!」
よかった、向こうが見つけてくれたみたいだ。
声が聞こえた方へ振り向くと、女の子が手を振りながら小走りでこちらへ近づいてくるのが見えた。
どうしてこんな状況になったかというと。
※※※
「美羽ちゃんを? お前の代わりに?」
美羽ちゃんは酒井の一個下の妹だ。
俺とも面識があり、酒井の家へ遊びに行った時はよく一緒に遊んでいる。
小学生の頃からの付き合いで、俺が現在緊張せずに普通に話せる唯一の異性だ。
普通に話せる唯一の同性も酒井だけど。
……酒井家がいなかったら俺、今頃どうなってたんだろう。
『おう。さすがにお前をジャージでオフ会に行かせるのだけはなんとかしたいからな。そんなやつを友達って思いたくないし』
……まあ確かに。
「って言っても、まだ美羽ちゃんに聞いてないだろ? 美羽ちゃんにも明日用事あるかもしれないじゃん」
『んー……。多分大丈夫だろ。まあ聞いてみるわ。おーい、美羽! ……いやすまんすまん、ちょっと頼みがあってな。お前明日暇だろ? 少し兄ちゃんの手伝いしてくれない? ……えっ、用事あるのか? ……どうしても駄目?』
通話からは酒井の声しか聞こえない。どうやら美羽ちゃんに伝えているようだけど……。なんか駄目っぽい。
『そうか……。わかった、悪かったな急に呼んで。……すまん黒木場、駄目みたいだ……ってどうした美羽。……ああ、そういえば言ってなかったな。明日黒木場と一緒に服買いに行ってほしかったんだけど、まあお前が無理ならしょうがない──えっ? やっぱ行くの? そ、そうか、まあ助かるよ。……そういうわけで黒木場、行けるみたいだぞ』
※※※
……と、こういうことである。
「やあ美羽ちゃん。久しぶり」
「うん、久しぶり! ってクロにぃ、なんかすごい服着てるね……」
「恥ずかしいからあんまり見ないでくれ……」
そう、何を隠そう今の俺はあのアジアンな服に身を包んでいる。
いざ家を出ようと思った時に俺は気づいてしまった。
ジャージで服を買いに行くことが、ものすごく恥ずかしいということに。
服を買いに行く服がないとはまさにこのこと。
ホントにこんな状況に陥るとは思わなかった……。少し感動すら覚えたね……。
それで、さすがにジャージで行くよりはこの服で行った方がダメージが少ないと思って、この服を着たんだけど……。
案の定、奇抜すぎて似合ってない。ここに来るまでの電車の乗客の目線が痛かった。
「あはは、確かにその服だと新しい服欲しくなるよね。まあでも、今日は私に任せてよ。クロにぃにピッタリの服、選んであげるね!」
胸を張って笑顔で元気よく告げる美羽ちゃん。
な、なんて頼もしいんだ……。酒井が来るよりもよっぽど良かったかもしれんな……。
「よろしくお願いします、美羽先生!」
「よろしくお願いされました!」
こうして俺は、年下の先生に連れられてアパレルショップへ向かうのだった。