第十話
「あの……。クロノスさんの好きな女性のタイプって、どういう人ですか……?」
「す、好きな女性のタイプ……?」
ふぉっくすさんが伏見副会長だと気づいてから十数分。
さっきからふぉっくすさんは、なぜか俺の好きな女性のタイプだとか、恋人はいるのかだとか、恋愛に関する話ばかり振ってきていた。
ただでさえふぉっくすさんが副会長だったってことに動揺しているのに、こんな話題だともう身が持たない。
恋バナとかしたことないし。
おそらくふぉっくすさん自身も、普段学校で高嶺の花と周りから思われているせいで、そういった恋バナをしたことないから俺に話しているんだろうけど……。
絶対人選ミスだと思う……。
「あっ、言いたくないとかでしたら、無理に言わなくても大丈夫ですよ。……ただ、クロノスさんがどんな人を好きになるのか、気になっちゃって……」
少し身をすくめながら申し訳なさそうに、それでいて期待するような上目遣いで話すふぉっくすさん。
なっ、なんて破壊力だ……。
これがアニメとかだったら可愛すぎて死ぬオタクめっちゃいるだろうな……。
……さすがにここまで来てなにも答えないというわけにはいかないだろう。
といっても、好きな女性のタイプ……。
普段女性なんて美羽ちゃんくらいしか話さないからなぁ……。
美羽ちゃんとも、仲のいい兄妹みたいな間柄だし。
仕方ない、好きなラノベのヒロインでも思い浮かべて答えるか……。
「うーん、そうだなぁ。普段はなんでもできる憧れの存在みたいな人なんだけど、実は裏では周りにあまり言えない趣味を隠してる、みたいな人とか……?」
俺は転セカのヒロインの一人である、カナデを思い浮かべて答える。
普段は主人公に憧れられるほど、かっこよくて完璧なんだけど、実はお菓子作りとぬいぐるみが大好きという、ギャップ萌えのあるキャラだ。
「そっ、そうですか……。……そうなんだ。……えへへ」
顔を紅潮させて俯きながら返すふぉっくすさん。最後の方声が小さくて聞き取れなかったけど。
まあなんか、よく分からないけど喜んでくれてるみたいだからよかった……。
その後もふぉっくすさんからの質問は続き。
もはや俺の精神は、ボロ雑巾のようにすり減ってしまっていた。
いつバレるか分からない状況に、普段全くといっていいほど話さない話の内容。
まさに地獄である。地獄は死後の世界ではなくオフ会にあったのだ。
それでもなんとかバレずに済んでいるのは、コンタクトにしていたのと、ちゃんと寝癖を直していたからだろう。今となってはお母さんに感謝の念すら覚える。
……いや、そもそも学校での俺を覚えていないという可能性もあるな。というか十中八九そうだと思う。
だとすればそんなに怯えることもなかったのかもしれない。
「それで──っと、もうこんな時間なんですね……。楽しい時間は過ぎるのが早いですね……」
その言葉を聞いて俺も時計を見る。
時刻は既に十八時を回っていた。
十四時前くらいから始めたオフ会だから、もう四時間以上も話してたのか。
確かに時間が過ぎるのが早く感じる。
……後半は地獄だったけど。
「残念ですけど、そろそろお開きですかね……。今日はホントに、ありがとうございました。とっても楽しかったです!」
ふぉっくすさんが、そう話しながら眩しいほど綺麗に微笑む。
それを見るだけで、今日という日を本当に楽しんでくれたことがわかった。
「こちらこそ、すごく楽しかったよ。ありがとうね!」
後半こそかなり疲れてしまう内容ではあったが、それでもこのオフ会はとても楽しかった。
いろいろとあったが、ふぉっくすさんには感謝しかない。
「あっ、そうだ。会計だけど、俺が誘ったんだから俺が全部払うね」
といっても、二人分のドリンクバーとケーキ代だけだけど。
せめてこれくらいは俺が払わないとね。
最初はふぉっくすさんもせめて自分の分は払うと言ってたけど、次第に俺が折れないのを察したのか、諦めてくれたようだ。
「全部で一二〇〇円になります!」
財布からお金を取り出しながら、今日のことを振り返る。
それにしても、最後まで俺のことがバレないでよかった。これで明日からも普通に学校に行ける──。
パサッ。
なにかが財布から落ちる。
俺はそれを拾おうとするが、その前にふぉっくすさんが拾い上げてくれた。
「落としましたよ、クロノ、ス……さん……」
……いや。
拾い上げてしまった。
……俺が落としてしまったのは、高校の学生証だった。




