第一話
「昨日のドラマ見た? 隼樹主演のやつ!」
「あー見た見た! マジかっこよかったよねぇ、ウチもあんな恋したいなー」
「ね! マジでこの学校に隼樹居ればいいのに!」
「今日バイト休みだしどっか寄って帰んない?」
「いいね! カラオケでも行っちゃう?」
「うわ、店長から連絡来てる」
「マジ? なんかやらかしたん?」
「いや、佐藤さんの代わりに今日出てってさ。ダルいなぁ」
あちらこちらから聞こえる会話。
楽しそうに話す声もあれば、恨めしそうに話す声もある。
そんな喧騒な教室の中心で俺は。
「……地獄だ」
この世の終わりみたいな顔でパンを頬張っていた。
「急にどうした黒木場。そんなに俺と飯食うのが嫌か?」
俺の呟きを聞いた対面にいるこいつ── 酒井智也が不満げな顔で訊ねてくる。
「いや、別にそんなことはない。ただちょっと、入る高校間違えたと思って」
「うわ、思ったよりもっと酷い話だった。なんでそう思ったんだよ」
なんでかって?そりゃあ決まってる。
「陽キャしかいないから」
小学校中学校とオタク文化に触れてきた俺は、物の見事にステータスを陰の方向に振り切ってしまった。結果、陽キャを見ただけで身体が拒絶反応を起こすレベルにまで達していた。
「いや別にそんなことないだろ。俺みたいな陰キャいるじゃん」
呆れ顔で酒井が言う。どの口が言ってるんだ。
「言っとくが俺の中じゃお前はギリ陽キャに分類されてるからな」
「えっなんで!?」
「自分の身体、鏡で見たことある?」
酒井とは小学校の頃からのオタク友達だ。
その時は確かにこいつも陰キャだった。でも……。
「その筋肉で陰キャは無理だろ」
そう、彼は三年前に放送されたアニメ『学園ラブコメは筋トレから始まる』、通称ラブトレを見てから変わってしまった。
筋トレに目覚めた彼は元から高かった身長も相まって、どこからどう見ても屈強な男になってしまった。仮に俺が不良だったらこいつに喧嘩はふっかけないだろう。
「へ、偏見が過ぎる……!」
「いやまあ、さすがに半分冗談だけど」
「半分は本気なのか……。まあでも確かに、この学校全体で見ると結構陽キャの割合は多いかもな」
「何年か前まで女子校だったらしいからね。女子校って陽キャ以外いないイメージあるし、そんなとこに来る男も陽キャくらいしかいないだろ」
九割偏見だけど。
元が女子校なだけあって、全校生徒の八割方は女子だ。
じゃあなんで俺がこの学校に居るかと言えば、中学の担任に進路を全て任せていたから。
曰く、俺の学力で頑張ればギリギリ届くのがこの学校だったらしい。
その時は知らなかったが、県内でもかなり上の学校らしく、死ぬ気で受験勉強してホントにギリギリ合格できた。おかげで今テストの順位下から三番目だけど。
頭のいい学校はみんなガリ勉みたいなのしか居ないと思ってたけど、そんなことないんだな。
ちなみに酒井は俺がここを受けると知ってから合わせてきた。
もしかして俺のことが好きなのか……?
だが俺はノーマルだ。お前の気持ちには応えられない。ごめんな……。
「……おいその目をやめろ、すげぇ不愉快なんだが」
俺の目線に気づいた酒井が死ぬほど嫌そうに話してくる。別に俺のことが好きなわけじゃないっぽい。
学校生活での楽しみが皆無な俺が、唯一楽しみにしているのは家に帰ってからの自分の時間だ。ゲームをやったりアニメを見たり漫画や小説を読んだり。
そして今日は今季秋アニメの本命である『狐少女は君とともに』、通称きつきみ三期の第一話が放送された。もちろんリアルタイムで見た。
感想は……よかった。
あまりにもよかった。
一期も二期も良かったが、三期連続で面白くするのは難しい、マンネリ化して失速してしまわないか。そういったハードルを簡単に飛び越え、それどころか今までになく展開にドキドキした。これは今季の覇権間違いなしだ。
……と、この感動を忘れないうちにツイートしとかないと。
『きつきみめっちゃよかった……。ミィがサレンの手を握るとこヤバすぎてバスになるかと思ったわ……。尊い……。今季のアニメも面白そうなのいっぱいで楽しみだ。』
送信っと。
これまでにSNSで何回かバズったこともあり、今ではかなりの数のフォロワーがいる。中には俺のアニメの感想ツイートを楽しみにしてくれたり、参考にして視聴するアニメを決める人もいるらしい。特に何か考えてツイートしてるわけではないが、少し嬉しいものがある。
そんなことを考えていると、早速通知が来た。
『ふぉっくす@祝きつきみ三期&十二巻発売! さんからのリプライがあります。』
『きつきみよかったですよね……! 私もあのシーンで死にそうになっちゃいました……! 今季のクロノスさんの感想も楽しみです!』
ふぉっくすさんからのリプライだ。思えばこの人との付き合いもかなり長い。
初めて出会ったのは丁度きつきみ一期の時だっただろうか。確かきつきみ一期一話の感想ツイートにリプライを送ってくれたんだっけ。
それからよくこうしてリプライを送ってくれる様になった。いつも一番に送ってくれるんだよね。
実はこうやって話すのが結構楽しみだったりする。
ふぉっくすさんやその後に送ってくれた人達にリプライを返し終え、読みかけの漫画をベッドに寝っ転がって読む。思えば数年間こんな生活を続けている。
まあでも仕方ないよね。
ゲームもアニメも漫画も小説もSNSも、こんなにも楽しくて面白いのだから。
次第にまぶたが重くなる。願わくは、こんな生活がこれからもずっと続きますように。