フランス7
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『君だけしか助けられないのに、どうして気付いてくれないんだ?もう時間がないというのに』
誰かがまた私に話しかけてきました。
場所が変わって、どこかの屋敷の一室でしょうか。そこで色の白い細身で長身の青年は、熱を出して寝込んでいるようでした。
元々病で寝込んでいたのに、彼の実家ではなく我が家で療養する様に誘ったのです。あの男の命令でした。彼のを生命の危機に直面させることは分かっていました。でも、あの男の心を彼女に繋ぎ止めるにはこうするしか無かったのです。
彼女はせめてもの罪滅ぼしに彼女の夫を精一杯看病しました。
「ありがとう。……なんだか結婚前に戻ったようだね」
彼女の夫は穏やかな顔で彼女に言いました。
この後何が起こるかも知らずに……。
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久しぶりにまた変な夢をみました。彼女の夫というのが前に見たのと今度はまた違う男の人です。
「誰なのかしら?」
そう思ってしまうくらいリアルで生々しい夢なのです。
私はフランスに残って元王妃として年金をもらいつつ、領地で過ごすか、スコットランド女王としてスコットランドに帰国するか選ぶことになりました。私にとってずっと生活していたフランスは離れがたい土地ですが、スコットランド女王としての責務というものがあります。それにカトリーヌ様はディアーヌ様を追い落としたように、私のこともフランス宮廷から追い落としたいらしく、激しい憎悪を向けてくるのです。不愉快極まりない態度をとられて、女王として黙っているわけにはいきません。
「スコットランドは治めるには難しい土地だ。あの我慢強く賢い姉上でさえ随分手こずったのだよ。フランスでのんびりと育ったお前には重荷だと思うが」
叔父様は心配そうに言いました。
「フランスにずっと居て良いのだよ。領地もあるのだから、不自由することはない。私たちも何かあれば直ぐに力になれる」
叔父様は何度もそう言って私をフランスに留めようとしました。
他にもスコットランドに帰国しようと決めかねていた私に、スコットランドやイングランドのプロテスタントが、沢山嫌がらせをしにきました。
「女の統治者など神に対する冒涜だ。女は男より劣った生き物なのだから」
「今や新教徒が殆どを占めるスコットランドにカトリックの女王など不要だ」
こんな風に不愉快な言葉を私に投げかけて行きました。
神に選ばれし国王に何という侮辱でしょう。許すわけにはいきません。
結局私は13年ぶりにスコットランドに帰国することにしました。フランスに残るよう叔父様には再三説得されたのですが、スコットランド女王であり、フランス王妃であった私が商人の娘であるカトリーヌ様に先を譲る日々はこれ以上送りたくないのです。私は最も高貴な女性であるべき生まれなのですから。
スコットランドに帰国する為、慣例に則ってイングランドに航海の安全を図ってくれるよう、保障を求めたのですが、なんと断られたのです!私がエジンバラ条約に署名していないから、との理由でした。私が正当なイングランド王位継承者であるのを、どうしても否定したいのですね。悪い事をしている自覚がおありなのでしょう。そんな方々に屈する私ではありません。
保障など貰えなくても構わないので、スコットランドに向けて出航しました。ガレー船は昨年知り合ったスコットランド貴族のボスウェル伯が手配して下さいました。背が高く、岩のように屈強で、野性的な容姿をした、如何にも軍人と言った風情の男性です。彼も彼のお父様もお母様と親しくしていたそうで、私にも親切でした。見た事がある様な気がするのは、幼い頃にあった事があるのでしょうか。
叔父様は騎馬行列を用意して私を見送って下さいました。私の幼なじみであり、スコットランド貴族の娘でもある4人のメアリー達も一緒に帰国します。フランスで私に送られた宝石も持って行くことにしました。カトリーヌ様からフランソワ殿下との結婚のお祝いに送られた立派な真珠のネックレスもあるのですが、私は追い出されるのではないのですから、返還する必要もありません。フランスで私と仲良しになった詩人や音楽家も何人かスコットランドについて来てくれることになりました。これでスコットランドでもフランスのような舞踏会を開いて、楽しむこともできるでしょう。フランスで知り合った多くの侯爵や伯爵、詩人や音楽家がお別れの挨拶に来て下さいました。
「さようなら、フランス」
二度とまみえることはないでしょう。私の美しく、楽しい、心の故郷。