誤算2
こうして私はヘンリーに与えた共同統治者としての地位を無効にしました。この後ヘンリーはもう国事に関する会議に呼ばれることはありません。国事の決定に彼の判も必要ありません。ヘンリーは私の配偶者であるというだけ、種馬としての役割だけ残るのです。本当はそれも嫌なのですが、離婚して婚姻を無効にしてしまうわけにはいかなくなってしまっていました。私のお腹にはヘンリーとの赤ちゃんが宿っているのです。婚姻が無効になるとこの赤ちゃんは私生児となってしまい、スコットランドやイングランドの王位継承権が無くなってしまいます。ヘンリーはイングランド王位継承権が高く、種馬としては利用価値があるのですから、利用させてもらいます。ヘンリーは私に暴力をふるった後でも私の体を求めてきましたが、妊娠中で具合が悪いことを口実に全て拒絶することにしました。ヘンリーは私を殴ったりするだけでなく、娼館に顔を出して美しい娼婦を買ったりしていることも知っています。なんて不潔なんでしょう!こんな男に抱かれるなんて!!もう二度とごめんです!!
こうして私は内政についてはフランス時代からの友人で、心を許せるリッチョに相談するように、軍事についてはあまたの功績があるボスウェル伯に相談するようになりました。内政と軍事を支える二人によって再びうまく統治が回るようになってきました。ですが、スコットランド貴族はそれを許しませんでした。
「女王陛下は卑しい外国人の音楽家などを政治に用いていらっしゃるようだが、スコットランドはスコットランドの者にもっと任せていただけませんか?」
「女王陛下、卑しき外国人と食卓を共にしたりしているそうですね……。嘆かわしいことです」
「女王陛下、かの卑しき外国人は自分の知人をスコットランドに呼び寄せて国事に関する会議に参加させているそうですね……スコットランドのことはスコットランド人に任せてくださいませんと」
スコットランド貴族たちは口々にリッチョをののしり、自分たちを用いるように進言してきました。
「だけど、リッチョはとても物知りなのですよ。それにイングランドの買収にも応じなかった。私にとても忠実な召使なのです。使いやすいものを使うのはあたりまえでないでしょうか?」
私は何か言われるたびにこんな風に追い返していました。スコットランド貴族はあまりにも簡単にイングランドの買収に応じて国事をゆがめてしまうので、どうしようもありません。リッチョをやっかむのなら、リッチョと同じくらい忠実で使える人物であることを見せてもらえないと困ります。例えばこの隣にいるボスウェル伯のように。
「お前たちは女王陛下に向かって何を言っているんだ。不敬ではないか。」
ボスウェル伯が低い声で言いました。何とも言えない迫力があって、好きなことを言っていたスコットランド貴族たちは黙り込みました。スコットランド貴族たちは不満がありつつも、引き下がることにしたようです。歴戦の猛者であるボスウェル伯、お義兄様を放逐した私の勇ましさを思い起こせば、勝手な行動はできないのでしょう。
スコットランド貴族たちは新教徒が殆どだったので、カトリックであるリッチョは目障りでしようがないようでした。また、イングランドも謀略を仕掛け、私の支配に反抗的な貴族をひそかに資金や情報を与えて支援しているようでした。イングランドに追放された状態のお義兄様もかつての人脈を使って工作活動をしているようでした。
こんな風に安定しているようで、不穏な空気が渦巻く日々がしばらく続いていました。